その出会いは運命の分岐点
ガイスは不機嫌になってしまったアディールをなだめながら、中心部に堂々とそびえ立つ巨木へと向かう。
これがこの街のトメリコの樹、セイアドロ。 根元に立つとその巨大さが痛いほどわかる。
目の前に立っているだけで圧迫感を感じ、ただ見上げるだけでは樹の全貌が見えない。
アディールたちは、この巨木の下に建てられた石造の建築物に入って行く。
これがノルンの聖水を管理する守護者たちの本拠地。 そのまま守護者の砦と呼ばれている。
ガイスが懐からガラス製の瓶を取り出すと、幻想的な光を放つ液体が瓶の中で揺れる。
瓶の中に入っているのがノルンの聖水。 量は三百ミリリットルにも満たないが、瓶の中に入っているにも関わらず、神々しいオーラが溢れ出ている。
この光が美しく輝けば輝くほど、ノルンの聖水の品質は高くなる。
二人がこの聖水を取りに行った迷宮は、高難易度と言われる八等級。
等級は全部で十種類だ。
ガイスが取り出した瓶を見た周囲の守護者たちはざわめきだす。
入り口に待機していたアディールは、ざわめき出す守護者たちを見渡し眉を吊り上げた。
不快な視線がガイスに集まり始め、アディールは思わず一歩踏み出そうとする。
しかし、ちょうど建物内がざわついたタイミングで、入り口から一人の少女が入ってきた。
その少女は、嫌でも目がいってしまうほどの美しさだった。
入り口に立っていたアディールは、すれ違いざまに少女を凝視してしまう。
腰の辺りまで伸びた絹のように美しい藤色の髪は、少しクセがあり緩いカールのようになっている。
宝石のようにキラキラした双眸は深海のように青い、吸い込まれそうなほど魅力的だ。
その美しい容姿とは裏腹に、巨大な大鎌を担いでおり、上半身は紺色の重鎧で包まれ、唯一露出しているのは程よい肉付きの太ももくらいだ。
体型と武装が釣り合っていない、少女の細いシルエットでは背負っている大鎌を振り回している姿が想像もつかないほどに異様な姿だ。
不釣り合いの武装と美しすぎる外見、その上表情は固く、人形と見間違えられてもおかしくはない。
禍々しい武器を持っているにも関わらず、有り余る美しさに目を奪われ、ごくりと喉を鳴らすアディール。
しかし少女が歩く先にいた守護者たちは、彼女を避けるように道を開ける。
ポッカリと空いた通路を俯いたまま進んでいく少女は、胸元から瓶を取り出した。
瓶の中の聖水は、うっすらと光を放つ程度で神聖さはほんの少ししか感じられない。
「なんだ、あの程度の光だと、二〜三等級じゃねえか」
ぼそりとつぶやくアディール。
三等級は旅人になりたての新米が向かう迷宮だ、つまり普通の旅人なら容易にクリアできるレベル。
ちょうど奉納を済ませて戻ってきたガイスが、アディールの視線の先を追い、眉間にシワを寄せた。
「あれは、死を呼ぶ少女【イラ・アルマウト】じゃないか。 ………アディール! 奉納も済ませたし、早くここを離れよ?」
ガイスの表情を見たアディールは、真剣な目つきに変わる。
「なんだ? そのくだらねえあだ名は」
アディールは再度少女に視線を戻した。
隣でガイスが『しまった!』っとでもいいそうな顔をしているが、すでにアディールの目には俯いた少女しか映っていない。
「ガイス、
「か、彼女とパーティーを組んだ人たちは………一ヶ月以内にみんな命を落とすんだ。 生き残った人は一人もいない。 だからみんなは彼女をそう呼んでる」
明後日の方向に視線を向けながら、渋々口を開くガイス。
「くっだらねぇ。 その中に俺より強いヤツはいなかったんだろ?」
その一言を吐き捨て、ずかずかと少女の方へ歩き出すアディール。
ガイスは慌てて止めようとするが、伸ばした手を力なく下げてしまう。
「おい! そこの女!」
少女に歩み寄るアディールを見て、外野の守護者たちは慌てて二人から離れていく。
しかし声をかけられた少女は、一瞬アディールに視線を送った後、何事もなかったかのようにその場を後にしようとする。
アディールは離れようとする少女の肩をがっしりと掴んだ。
「聞こえてんだろ? シカトすんなよ」
小さな肩を掴まれた少女は、一切表情を崩さないままゆっくりと顔を上げた。
「私に、近づかない方がいいですよ?」
「そう言うなよ、少し話ししようぜ? おれはアディール。 五聖守護者のアディール・バラエイドだ! お前は?」
五聖守護者とは、この街に住む守護者の中でも最強であると共に、街に繁栄や変革をもたらした五人の守護者につけられた異名である。
アディールは十七歳の若さで十等級の迷宮を攻略し、他にも数々の偉業を成し遂げ、五聖守護者に数えられるようになったのだ。
少女は自信満々に自己紹介を始めるアディールの顔をチラリを見上げ、わざとらしく視線を外す。
「ララーナです。 私は特に話すことありません。 失礼します」
掴まれていた肩を振り払い、無理やり離れようとするララーナ。
しかしアディールはそんな彼女の行く手を阻むように立ち塞がった。
「俺の話は終わってねえ、勝手に帰んなよ」
ララーナは一切表情を変えないまま立ち止まり、行く手を阻むアディールを正面から見据えた。
歩みを止めたことを確認したアディールは、満足そうに鼻を鳴らす。
「おまえ、明日は俺と一緒に迷宮に行かねえか?」
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