その興味は意図せぬ改心

 エンハは涙目で怒りながらガイスと共に病室を出て行った。 ガイスの実力を見るため、迷宮に向かうらしい。

 向かった先は四等級の迷宮【カージランガ大森林】

 この世界での迷宮は、迷宮と言っても洞窟や遺跡のようなものとは限らない。

 自然の力だけで作られた大深林や大渓谷、火山や湿地帯などさまざまな地形を評して迷宮と呼ばれている。

 この大森林には木々の上を飛び回る身軽な魔物や、危険な毒を持った昆虫型の魔物、群れで狩りをする人型の魔物など様々な種類が生息している。


 四等級程度なら実力を見るのにちょうどいいし、距離的にこの街から一番近い迷宮なのだ。

 一人、病室に残ったララーナは、すぐに隣の処置室に向かう。 ララーナが処置室の扉を開くと、中にいたのは治療中のためおとなしく横になっているアディールとサラカ、その二人の様子を見ているビークイットの三人だった。


「あらあら? ララーナちゃん? 今日は迷宮に行かないの?」

「迷宮には行かない約束です。」

「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたわね?」


 ビークイットがチラリとアディールの方に視線を送る。 しかしアディールは顔を赤くしながら布団に潜ってしまう。

 なぜか恥ずかしがっているアディールを見て、呆れてため息をつくビークイット。

 背を向けて寝ていたサラカがのっそりと起き上がり、入口の方に視線を送った。


「ん? 君が噂のララーナちゃんかい? めっちゃ可愛いじゃん! そんなところ立ってないで入ってきなよー!」

「テメェ! 何ちゃっかり名前呼んでんだよ!」

「は? お前が名前で呼べって言ってたんじゃん! 名前呼んだだけで怒るなよ! 俺ぶん殴られ損じゃん!」


 一言発せば喧嘩を始めるアディールとサラカ。


「ララーナちゃん、騒がしくてごめんね? とりあえず中に入ってらっしゃい?」


 ニッコリと微笑みながら手招きをするビークイット。

 彼女の手招きを受け、ララーナは三人の顔を順番に見た後、脇目も振らずアディールのベット脇に移動する。


「お、おい? なんだ? おっおっおっ俺になんか用か?」


 視線を泳がせながら顔を真っ赤にするアディールを見て、サラカとビークイットはニンマリと笑う。


「おいおい! うぶだなぁアディールく〜ん! 隣来られただけで照れちゃうのかよ〜!」

「コラっ! 静かにしなさいサラカ君! わたくしたちは、じっくりと見守ってあげましょう!」


 ビークィットがサラカの肩をポンと叩き、二人は視線を交差させゆっくりと頷いた。


「いや、お前らうるせーから部屋出ててくんねーか?」


 アディールがニンマリしていた二人に、迷惑だと言いたげな視線を向ける。


「無理よ? わたくしは治癒水を調整してるんだから。 わたくしたちのことは気にせずゆっくりと楽しみなさい?」

「俺もどっかの誰かさんのせいで重傷だから動けねー」


 アディールは困り顔でララーナをチラチラ見るが、もちろん無表情のため何を考えているかわからない。

 ララーナはいつの間にかアディールのベット脇に椅子を持ってきていて、ちょこんと座りながらジッとアディールに視線を送っている。


「私、しゃべってもいいですか」

「あ、いや。 俺らなんかに気を使わないで喋りたい時喋れよ?」


 サラカとビークイットがうるさかったせいで、ララーナは喋るタイミングを伺っていたらしい。


「やっさしぃじゃねぇかアディール!」

「いや、お前らがうるさいせいでこいつが気を使ってたんだぞ? 自覚しろバカが!」


 アディールとサラカは再度睨み合い、火花を散らし始める。


「アディールさん。 エンハさんのことを教えて下さい。」


 ララーナの一言を聞き、カッ!っと目を見開き、驚愕の表情をするアディール。


「は? なんで? なんであのジジイなんだ! おまえ、もしかしておじさん好きなのか? お、俺だって髭生やせばもっとダンディーに………」

「アディール君、ララーナちゃんはまだ話の途中だから落ち着きなさい。 って言うかアディール君、動揺し過ぎよ?」


 ビークイットはララーナとの付き合いが長いらしく、抑揚のない話し方からでも何かを感じ取れるらしい。

 指摘されたアディールは、恥ずかしそうな顔で髪の毛をいじり始める。


「悪いな騒がしくして。 それで、その………エンハの何が聞きたいんだ?」

「彼が契約している聖霊が、人型だったんです」


 キョトンとした顔で首を傾げるアディール。


「え? まぁ、見た通りだよな。 それがどうかしたのか?」

「なぜ人型なのか知ってますか」


 少し前のめりになり、問いかけるララーナ。

 普段から無表情な上に話し方にも抑揚がないため、声や表情から彼女が考えていることを予測するのは難しい。

 しかし今回、『人型』と言うワードだけ声のトーンが大きかった事に気づき、アディールは目つきを変えた。


「なるほどな、付き纏われてる悪霊と関係あんだな?」


 アディールの問いかけに、小刻みに頷くララーナ。

 一呼吸置き、アディールはビークイットたちに目配せをする。

 若干眉を歪めるビークイットと、すっとぼけた顔で首を傾げるサラカ。


「ハナビがなぜ人型かを説明すると、あいつの過去話しになっちまう。 あいつに内緒で勝手に教えるわけにはいかねえ。 あいつが帰るまで待ってくれないか?」

「もちろん。 よろしくお願いします」


 ゆっくりと頭を下げるララーナを見て、アディールはニッコリと笑った。


「お前から相談してくれるとは思わなかったぜ? これからもなんかあったら遠慮なく頼ってくれ」

「アディール君ったら、ララーナちゃんに優しいのね?」


 悪戯な笑みを見せるビークイットに、アディールはむすっとした瞳で返した。


「いちいちチャチャいれんなよ。 子供か?」

「あなたの方が子供でしょう? ララーナちゃんには可愛らしい名前があるのに、本人の前では恥ずかしがって呼べないんだから」


 びくりと肩を揺らすアディール。

 ララーナは特に何も言わずにアディールを凝視している。


「ほらほらアディール君? 名前呼んであげなさいよ? ララーナちゃん、待ってるわよ?」

「いやっ、そんなわけねえだろ! お、おい! まだなんか話したいことあんのか? 遠慮せずなんでも聞けよ? お前は少し気を使い過ぎだぜ?」


 挙動不審になっているアディールを横目に見ていたサラカが、呆れたように首を振った。


「おいおいアディール! お前ってやつはほんとにうぶだな! ———その子の名前はララーナだ。 二度と恥ずかしがってお前とか呼ぶんじゃねえ」


 挑発的な笑みを浮かべながら、誰かさんのモノマネをし始めるサラカ。

 ずっと話に入っていけていなかったから構って欲しかったのだろう。

 それを見てビークイットが盛大なため息を吐くと、サラカの腹部にものすごい勢いで枕が飛んできた。


「顔面は勘弁してやったぜ? なんせお前は負け犬の重症人だからなぁ?」

「おもしれぇ、今度は怪我を悪化させないようにするルールで枕投げ対決か。 腕がなるぜ!」


 お互いが枕を振りかぶった瞬間、ビークイットが白衣の胸ポケットからメスを取り出した。

 枕を振りかぶった二人は横目にそれを確認し、何も言わずに正座した。

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