その覚悟は親友のため

 カージランガ大森林に到着したエンハたち。

 大森林の木々は天高く生えており、木漏れ日があっても夜のように薄暗い。 湿った地面にうっそうと生えた草花が、不気味さを引き立たせている。

 

 隆起した木の根や、生い茂った背の高い草に足を取られぬよう慎重に歩みを進めていく二人。

 探索を始めてから数時間がたち、数回の戦闘を終えた二人は木陰に座って休むことになった。

 水筒の水を飲みながら自信なさげの表情をしているガイス。 その姿を遠目に見ていたエンハは困った顔でため息をつく。

 

「うーむ、妙だのう? あの程度の実力でビリビリ小僧がお世辞を言うとは微塵も信じられん。 あやつの腕は素人、いや。 素人以下だのう。 支援されると逆に戦いづらくてしょうがないわい」

「ずっとアディーと迷宮に行ってたから、他の守護者に対する支援が上手くいかないんじゃない?」

 

 小声で話し合うエンハとハナビ。

 ここまでの道中、小型魔獣と遭遇したエンハは近接戦闘でガイスの支援能力を見ようとしていた。

 普段のエンハは近距離と中距離を使い分ける万能型だ。 腰につけた刀を巧みに操り、近づく魔物を片っ端から両断する。

 今回は四等級とかなり難易度も低いため、ハナビの能力も一切使っていない。 純粋な刀の技量のみで魔物たちを斬り払っていたのだ。


 彼の太刀筋は達人の域に達しており、近接戦では勝てるものはいないとまで言われているほどだ。

 そんなエンハが、ガイスの支援を受けて数回戦った後、困った顔で思案を巡らせている。

 

「強いてダメなところを一つだけ挙げるなら、全くタイミングが合わん。 あやつの支援のスタイルだとタイミングが最も重要、にもかかわらず全くもってタイミングが合わん。 あやつはそれがしの動きをちゃんと見ておるのか?」

 

 ダメな部分を指摘するのは容易いが、ガイスの性格上それだとかえって自信を失いさらにパフォーマンスが落ちかねない。

 だからと言ってこのまま戦いづらい支援をさせ続ければ、間違いなくガイスはアディール以外の守護者と連携が取れなくなる。

 

 渋面で腕を組むエンハ。

 ガイスが得意とするのは風属性の支援魔法だ。

 その魔法は近接戦闘をする守護者を援護するのに徹底していて、味方の攻撃や動きに合わせて追風を送る。

 

 攻撃する瞬間に突風で後押しして威力を底上げしたり、回避行動をとった味方を追風で援護し普段よりも早く動かす。

 細かい魔力操作が重要となり、力加減を間違えれば支援を受けた味方は逆に動きづらくなる。

 

 逆を言えば、タイミングさえ合えば支援を受けた味方は恐ろしいほどに強くなる。 その上他の支援魔法とも重ねがけできるのだ。

 通常の支援魔法は、筋肉の動きや血流を魔法で無理やり操って、普段よりも高いパフォーマンスを強制的に引き出す。

 体への負担も大きく、使えば使うほど守護者の寿命は確実に減っていく。 いわゆるドーピングのような物だ。

 

 それに比べてガイスの追風は体への負担が少ない。

 追い風で短距離走をすればタイムが縮まるのと同じで、自分の行動全てが風で後押しされる。

 魔力で身体能力を無理やり底上げしてるわけではないため、追風のタイミングさえ合えば自分が強くなったと勘違いしてもおかしくない。

 

 しかしここまでの戦闘ではエンハとガイスのタイミングは全く合わなかった。 初めて戦ったと言うのももちろんある。

 しかし、タイミングを合わせやすくしようとしたエンハは、動きを単調にしたり、少しゆっくり動いたりもした。 にも関わらず、ガイスの支援は全くタイミングが合っていないのだ。

 

 このまま戦い続けるのは、エンハが相手の魔物にハンデを与えているようなものだ。

 タイミングを合わせるのが難しいと思ったのだろう、ガイスは途中からエンハにかまいたちを纏わせる支援に変えた。

 この支援は風魔法の基本で、エンハの間合いに入った魔物をかまいたちが襲うと言うもの。

 間合いに入ればかまいたちが魔物を切り刻むが、魔物もバカではないため触れた瞬間距離を取られる。

 

 そうなれば小さな切り傷を少し与えるぐらい。

 単純だが効果的ではある反面、基本である以上これ以上の見込みはないのだ。 何か応用を加えなければ、八等級を攻略するのは難しい。

 

 エンハとハナビは小難しい顔をしたままガイスにチラリと視線を送る。

 すると水を飲んでいたガイスがゆっくりと立ち上がった。 慌てて平静を保とうとするエンハ。

 

「エンハさん………あの、聞きたいことがあります」

「な、なんだ? 申してみるがよい」

 

 額に汗を浮かべながら声を裏返らせるエンハ。

 

「僕はやっぱり、ダメダメですよね? 自分でも分かるんです、アディールに支援してる時と手応えが全く違う」

 

 悔しそうな顔でキュッと拳を握るガイス。

 その表情を見て、エンハは小さくため息をついた。

 

「ここまで戦った感想を伝えるが、覚悟はいいかのう?」

 

 無言で頷くガイス。

 

「まず、攻撃支援のタイミングが早過ぎるのだ。 全く合わん。 それがしが刀を振ろうとするとおぬしの起こした風に刀が持っていかれる。 そのせいでそれがしはバランスを崩す。 移動する際も追風で支援してくれているようだが、あんなに強い風だと足が追いつかん。 転ばんようにするのが精一杯であった」

「まあ、守護者になって三ヶ月の割にはかなり精密に魔力がねれてるし、さっき見せたかまいたちも、あの威力なら五等級の魔物だって倒せるわ! だから落ち込んじゃダメよ!」

 

 珍しくフォローを入れるハナビを見て、ガイスはゆっくりと視線を下げた。

 

「訓練場でも毎日のように怒鳴られていました。 『タイミングが早すぎる、相手の動きをもっと良くみろ!』って、だから僕は無難なかまいたちを纏わせる支援に変えて無理やり卒業したんです。 ありきたりな支援魔法で、ありきたりな力を使う守護者になるしかなかったんです」

 

 困った顔で視線を泳がせるエンハ。

 ハナビがエンハの耳元で『言い過ぎたのよ! 凹んじゃったじゃない!』と囁いている。

 しかしガイスは視線を下げたまま言葉を続けた。

 

「僕はアディールと冒険に行くようになって、訓練場で怒られていた支援魔法をまた一から練習しました。 アディールが練習に付き合ってくれたから、アディール相手の時だけは上手く行くようになったんです。 けど、このままじゃダメなんだ! このままじゃ、僕を悪く言う守護者たちが言うように、アディールがいないと何にもできない役立たずになってしまう!」

 

 ガイスの言葉に、徐々に力が入っていく。

 変わりたいと思っている気持ちが痛いほど伝わってくる。

 彼の様子を見たエンハは真剣な顔つきに変わり、次の言葉を促した。

 

「僕は昨日、エンハさんに言われてようやく気づいたんです! 他の守護者たちが僕をバカにして、それを聞かないフリしているのは、僕を高く評価してくれているアディールに失礼だって! だから僕は、アディールの評価に自信を持って答えられるように強くなりたい! 強くならなきゃいけないんです! お願いします、ダメなところは全て矯正します。 だから僕を一人前の支援魔術師にしてください!」

 

 必死に頭を下げるガイスを見て、エンハは驚いたような表情でハナビと視線を交差させた。

 目の前で頭を下げているのは、昨日までのダメダメだったガイスだ。 昨日までの彼とは天と地ほどの差がある。

 

 彼はエンハの言葉を真に受け、自分から必死に変わろうと足掻いているのだ。

 エンハは口角を吊り上げ、心底楽しそうな顔で笑った。

 

「よいぞ! その意気やよし! 遠慮はいらぬと言うことであろう? 気づいたことはどんどんダメ出しするゆえ、心を強く持ち続けるのだぞ!」

「よろしくお願いします!」

 

 気迫のこもった返事で答えたガイスは、意気揚々と先を歩いて行ったエンハの背中を追いかけた。

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