その指摘は腹筋大崩壊

 この世界では、ありとあらゆるのもに魔力が込められている。

 有機物無機物関係なく、大地に生える草花にも、装備している衣類や鎧、武器にも微弱な魔力が込められている。

 聖霊や悪霊は、魔力の塊から産まれる自我を持った魔力生命体。

 この二体の違いは、人間に対し友好的か攻撃的かの違いだ。


 基本的に人の姿をしていなく、炎や雷といった属性に沿った元素の結晶体。

 炎、水、雷、風、地、闇、光の七種類ある属性のうち単体で構成されている。

 この世界ではこう言った形状を元素型と称している。


 エンハと共に行動するハナビが人型をしているのは、この世界でもかなり希少なのだ。 エンハのまさかの発言を聞き、硬直するガイスとララーナ。

 しかしエンハは窓の外に視線を送りながら言葉を続けた。


「当時、それがしはまだ九つだった。 姉に連れられ、刀の稽古をつけてもらうために街の外に出ていてな。 そこに悪霊が現れた。 街の近くに現れるなど今まで無かったから予測できるわけがなかった。 にもかかわらず奴は現れ、それがしたちを襲ったのだ」


 窓際へゆっくりと歩きながら、言葉を続けるエンハ。


「それがしは元々この街出身ではない。 ここから遥か東にある【エドガン】と言う村出身でのう。 姉はその街でも一、二を争う守護者であった。 それがしがいなければ、もしかしたら悪霊を倒せていたかもしれん。 しかし奴らは狡猾であった。 それがしを狙って執拗に攻撃を繰り出してきたのだ。 姉はそれがしを守るために立ち回ったせいでうまく戦えなかった」

「その悪霊は人型でしたか」


 遠い目で東の空を眺めているエンハに、ララーナは問いかけた。

 するとエンハは鼻を鳴らしながら振り返り、窓枠に体重を預ける。


「いいや、元素型であったぞ? ゆえにおぬしが人型の悪霊に襲われてると知り、なんとなく気づいたこともあるがのう」


 鋭い目つきでララーナを睨むエンハ。


「ふわぁ、おはよーエンハ。 今何時かしら? って言うかなに? なんか空気重くないかしら! あたしが寝てる間になんかあったの? もしかして頭をかち割られたサラカが、余計バカになっちゃったとか?」

「あやつは元々バカだろうて、それよりも一旦話は終わりにしよう。 ガイス、おぬしの実力を見せてくれると言うておったな、昨日から厄介事が続いておるから疲れとるとは思うが、まぁ少しばかし付き合ってもらうぞ。 ついてまいれ」


 ハナビが目を覚ましたため話を中断し、エンハは颯爽と部屋を去ろうとした。


「待って下さいエンハさん」

「なんだ小娘、話は終わりと言うておろ………」

「鼻毛が出てます」


 ララーナの一言で、病室内になんとも言えない空気が漂う。

 ガイスに関しては『せっかく黙ってたのになんで言うんだ!』と言いたそうな表情で顔を青ざめさせている。


「………のう、ガイスよ。 そういえばおぬし、さっきからそれがしのことをチラチラ見ておったな?」

「あっいえ、そのぉ〜………全然気づいていませんでしたよ?」


 この時、ガイスは心の中で叫んでいた。


 ———言えない! 鼻毛出てるって言おうかどうしようか迷ってたら、エンハさんがなんか余計に機嫌悪くなったから、ビークイットさんの話で誤魔化したなんて! 口が裂けても言えない!


 ダラダラと汗をかき始めるガイスを横目に見ながら、エンハは不自然にならないような動きでララーナに背を向けた。


「そうか、勘違いされないよう言うておくぞ」


 エンハは背を向けた一瞬でさりげなく鼻の下を人差し指で擦り、ゆっくりと振り向く。


「出てるのではない、出しておるのだ!」

「ぷしゅっ! ごめん、笑ってないわよ?」


 赤面しながら堂々と、鼻毛出してました宣言をするエンハ。

 それを聞いて、たまらず吹き出してしまうハナビ。 吹き出してしまったハナビに、ガイスは鋭い視線を送った。


 ガイスは目で訴えているのだ『可哀想だから絶対に笑わないであげて下さい!』

 だが、ガイスとハナビがアイコンタクトを交わしている最中に、ララーナは首を傾げながら呟いてしまった。


「鼻毛を出すと、何かいいことあるのですか」

「くっ、ぷしゅっ! ごめんなさい。 本当に笑ってないわ」


 エンハの鋭い視線を受けたハナビが自分の脇腹をガツガツと殴りながら平静を装う。


「そ、そうか。 小娘にはわからぬか。 これを出していたのは、そう! そう? えーっと。 そう………流行りだ!」


 頭を抱えてしゃがみ込むガイスと、苦しそうな顔でさらに激しくお腹を殴るハナビ。

 ララーナは赤面したままドヤ顔をするエンハに、じっと視線を向ける。


「よく分かりませんが、流行っているからといってマネするのはよくないと思います。 流行りを知らない人から見ると、ただのおバカさんにしか見えませんから」


 容赦のないララーナの指摘を聞いたガイスは、下唇を噛みながら床に膝をついた。

 もうフォローするのは不可能だと察し、全てを諦めてしまったようだ。


「ぷしゅ! ぷっしゅっしゅしゅしゅ! この子! バカよきっと! アディーやサラカとは違うベクトルのバカよ! おかしすぎて、もうお腹痛い!」


 我慢できなかったハナビの腹筋は大崩壊した。

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