その約束は始まりの一歩

「………なぜ、怪我を」

 

 まるで棒読みしているようなトーンでそう呟き、硬い表情のまま首を傾げる。

 

「ララー……… あ、えーっと。 おっおっ、お前を待ってたら、サラカにぶん殴られた。 あいつマジふざけてるよな。 ま、めっちゃいいダチなんだけどよ!」

 

 アディールはララーナの名前を呼ぼうとしたらしいが、赤面しながら『お前』と言い直す。 どうやら面と向かって名前を呼ぶのが恥ずかしかったようだ。

 しかしララーナはそんなこと一切疑問を持たず、話の最中にアディールの下へものすごい勢いで近寄った。

 

「え? ちょっ! なに? なんですか?」

 

 ララーナは、動揺するアディールの手首を勢いよく鷲掴みした。 突然の行動に、さらに動揺するアディール。

 こんな奇行に出ているにも関わらず、ララーナはいまだに無表情のため、アディールは彼女の意図が全く読めず、若干恐怖を感じているのだ。

 

「———脈が早い。 サラカという人に殴られた。 つまり殴られて気絶してしまい、病院に行こうとしたが途中で力尽き、ベンチで横になっていた。 まずい状態かもしれない。 すぐ横になって下さい」

 

 話し方に抑揚がないため、急いでいるのか、必死なのか、はたまたふざけているのか。 全くわからないため、アディールは首を傾げながらポカンと口を開く。

 しかしララーナは素早くベンチの正面に移動し、アディールの胸に優しく手を当てた。

 アディールは突然胸に手を当てられ、顔を真っ赤にする。

 しかし次の瞬間、バタンと音を立てながらアディールが起こしていた上半身は、ベンチに叩きつけられた。

 

「痛ってぇぇぇぇぇ!」

 

 ベンチに叩きつけられた衝撃が肋骨に響き、思わず悲鳴をあげるアディール。

 苦悶の表情をしたアディールを見ても、ララーナは全く動揺した素振りを見せず、仰向けに寝ていたアディールに顔をどんどん近づける。

 突然接近してくるララーナを見て、アディールの顔は蒸気を出しそうなほど真っ赤に染まった。

 

「顔も赤い、何らかの疾患を起こしてる可能性もある」

 

 ぼそりと呟いたララーナは、今度はアディールの口元に耳を近づけていく。 少し体を起こせばくっついてしまうような超至近距離。

 普通に呼吸を続ければ、ララーナの耳にかかってしまう。 思わずアディールは数秒間息を止めた。

 するとララーナは勢いよく身を起こし、何のためらいもなくアディールの後継部と膝の裏に両手を差し込んだ。

 

「呼吸が止まってる。 心肺停止状態。 すぐ病院へ」

 

 声のボリュームが少し大きくなったが、相変わらず無表情な上に、先ほどからずっと棒読みだ。

 何かの冗談かと思い首を傾げていたアディールだが、ララーナは差し込んだ両腕を持ち上げアディールを担ぎ上げようとする。

 まさかの行動に慌てたアディールは、ララーナの腕から転がり落ちるように逃れた。

 

「ちょっ! えっ? 何してんのお前?」

「あなたは現在、心肺停止の危険な状態。 早く病院に連れて行くから動かないで」

 

 アディールは全く表情が変わらないララーナをじっと見た。 なんせ言ってる事が頓珍漢で、訳が分からない。

 その上表情も変わらないし、声音でも全く心境が読めない。

 とりあえずと言った感じで、アディールは思った事を口にすることにした。

 

「お前! もしかしなくてもバカだろ! 心肺停止の意味知ってるか?」

「心臓と呼吸が止まってしまう危険な状態」

「じゃあ普通に俺は心肺停止じゃねぇだろ! 普通に動いてるし、しゃべってるし! そもそもお前、自分で最初に『脈が早い。』とか言ってただろ! 思いっきり心臓動いてんだろうが!」

 

 捲し立てるアディールを、無言でじっと見つめるララーナ。

 

「少し、動揺して判断を誤りました」

「いや、全然動揺してるように見えねぇけど。 ………っつ!」

 

 落ち着いた途端、腹部に激痛が走ったのだろう。 アディールは、顔を引きつらせながら膝をついた。

 その様子を見て再度駆け寄るララーナ。

 

「腹部に痛み。 拾い食いしたんですか」

「するわきゃねぇだろ! バカかお前! ———っつぅ〜! お前、発言がバカすぎてつっこむたび肋が痛むわ!」

 

 大声を出すたびに折れた肋骨に響くのだろう。 アディールは脂汗を大量にかいていた。

 

「肋。 肋骨の骨折。 なぜ早く病院に行かないのですか」

 

 ララーナは膝をついていたアディールに目線を合わせる。

 アディールは目の前に来たララーナをチラチラと見ながら正門の方に視線を向けた。

 

「行かねぇよ。 お前来るの待ってたんだからよ」

「………なぜ」

 

 若干の間を置いて聞き返してくるララーナ。

 

「さっき、一緒に迷宮行こうって言ったじゃねぇか」

「お断りします」

「いや、お断りするのはお断りだ!」

 

 本人も気づいていないが、アディールも徐々に言葉の使い方を間違えつつある。

 しかしアディールは真剣な瞳でララーナを睨みつけたが、それでもララーナは一切表情を崩さない。

 

「私と迷宮に入ると、悪霊に襲われて死にます。 なので私と行動するのはやめた方がいいと思います」

「そこが問題なんだぜ? お前、悪霊に付き纏われてんだろ?」

 

 アディールの問いかけに、数秒無言になった後コクコクと頷くララーナ。

 

「十中八九、悪霊はお前単体を狙ってる。 狙いも動機も知らねぇが、このまま放置してこの街に悪霊が直接来たらどうする気だ?」

 

 ララーナは、しばらくの間目線だけを泳がせ、たまに口を開いたり閉じたりするが、何も答える事ができなかった。

 その様子を見て、小さく息を吐きながら街に視線を送るアディール。

 

「一般人は間違いなく大量に巻き込まれる。 やむ負えなく戦うことになっても、守護者は大量に犠牲になるだろうな。 そうなったらもう手をつけられねぇ。 そこで、俺の出番なわけだ!」

 

 自信満々な表情で親指を立て、自分を指し示すアディール。

 

「俺がお前に付き纏ってる悪霊をぶっ飛ばしてやる。 どちらにせよ早く対応しなきゃ街も危ねぇし、お前の命だって狙われてるかも知れねぇだろ。 けど中途半端な実力じゃ悪霊には勝てねぇ。 となれば五聖守護者の俺なら、悪霊とだって互角以上に戦えるはずだ!」

 

 黙り込むララーナ。

 何かを考え込んでいるようだが、終始無表情のため何を思ってるのかは全く想像できない。

 

 しかしアディールはこれ以上は何も言わず、じっとララーナを見つめていた。

 数秒間思案を巡らせていたララーナが、ゆっくりと口を開く。

 

「仮に、あなたが悪霊討伐に協力してくれると言っても。 その怪我では戦えるとは思えません。 それに、私は悪霊を直接見ています。 奴らの強さは次元が違う」

「よし、なら今から俺の力を見せてやる。 さ、迷宮行って俺の実力を存分に見ろ! どうするかはお前が俺の戦いぶりを見てから決めればいい!」

 

 アディールは勢いよく立ち上がった。 ララーナに心配をかけないようにするため、微弱な電撃で痛覚を麻痺させている。

 しかし自信満々に立ち上がるアディールを見て、ララーナはゆっくりと首を振った。

 

「嫌です、怪我人を迷宮に連れていくわけにはいきません」

「こんくらいの怪我で大袈裟すぎだろ? なんでそんなに必死なんだよ。 さっきは俺のことなんかちっとも見向きもしなかったじゃねえか」

 

 口を窄めるアディールに、ジリジリとにじりよるララーナ。

 

「小さな怪我でも、あまく見てはいけません。 迷宮では少しの油断が命取り。 私は怪我したあなたを迷宮に連れていくわけにはいかないんです」

 

 ずずいと顔を近づけてくるララーナから、頬を赤らめながら距離をとるアディール。

 ララーナは距離を取ったアディールの腕をがっしりと掴んだ。

 

「あなたが病院に行かない限り、私はここを動くつもりはありません」

「けどお前、俺が病院行ったらまた一人で迷宮行くだろ?」

「守護者の仕事ですから。 この街を守るため、ノルンの聖水をとりに行くのは当たり前です」

 

 後頭部をポリポリと掻くアディール。

 

「考えすぎだろ? 俺だって毎日迷宮行ってるわけじゃねえぞ?」

「あなたと私は迷宮の難易度が違う。 私の等級なら、毎日行っていても足りないくらいです」

 

 お互い譲るつもりがないため、話が進まない。

 無言でしばらく睨み合う二人。

 進まない話し合いに焦ったくなったアディールは、登りはじめた朝日を横目に見ながら眉を歪ませた。

 しかし、そんなタイミングでララーナは、前触れもなく自分の手をポンと打った。

 

「いい事を思いつきました。 あなたと迷宮に行くにあたり、条件をつけさせてもらいます」

「………条件? いいぜ! お前と迷宮行く言質取れんなら、なんだってやってやらぁ!」

 

 アディールは自信満々の表情で条件を聞き、頭を抱えながら悲痛の叫び上げた。

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