その大恥はやむを得ない事情から

「何しとるのだおぬしは?」

「ぷっ! ぷしゅしゅ。 アディーおめでとう! 幸せに暮らすのよ!」

「えっと、アディール? で、いいんだよね?」

 

 エンハたちは真顔で、顎が外れているかのようにぽかんと口を開けていた。

 ハナビに限っては涙を浮かべながら腹を抱えている。

 

「おい、笑うんじゃねえハナビ。 これには深い事情があるんだ。 おい、そんな目で俺を見るな。 やめろ!」

 

 顔を真っ赤にしながら文句を言い続けるアディール。

 

「あまり話をしないでください。 肋骨に響くかもしれません。 約束を反故にするのならかまいませんが」

「………ぐっ!」

 

 眉一つ動かさずに語りかけてくるララーナの言葉を聞き、アディールは不服そうな顔で口をつぐんだ。

 

「あ、あのビリビリ小僧が………てなづけられておる!」

「ちょ! エンハさん! アディールをあんまり刺激しないでください!」

 

 慌ててエンハを黙らせようとするガイスだったが、アディールは鋭い視線でエンハを睨みつけていた。

 しかしララーナの言いつけ通り、特に何も言葉を発しない。

 

「ぷっ! ぷしゅしゅ! 普通、逆でしょ? なんであんた、一目惚れした子にお姫様抱っこされてんのよ! これ………この絵面、誰得なの? ぷーっしゅっしゅっしゅっしゅ!」

 

 アディールは般若面でハナビを睨んでいるが、その光景はまさに滑稽であった。

 なんせララーナにお姫様抱っこされたアディールが、両手を胸の前にちょこんとつけたまま、ピクリとも動かずに鬼の形相をしている。

 先ほどの口論の末、ララーナが出した条件はこうだった。

 

「私があなたを病院まで運びます。 それまで動かない、傷が悪化しないよう気をつける。 これさえ守ってくれれば、あなたの傷が治るまで………私は迷宮に行くのを控えます」

 

 アディールは頭を抱えながらこの条件を飲んだ。

 しかし条件を飲んだ瞬間、ララーナはアディールの右脇に首を捩じ込み、膝の裏をすくい上げるように持ち上げ、軽々とお姫様抱っこをした。

 思わずやめろと必死に叫ぶアディール。 しかしアディールは割と冷静であったため約束を守っており、お姫様抱っこされた姿勢からピクリとも動かなかった。

 

 こうして早朝の街を、赤面したまま運ばれて行くアディール。 唯一の救いは、早朝だったため街には誰もいなかった事だ。

 しかし今、病院に着いた二人は、サラカの看病をしていたエンハたちとばっちり遭遇してしまい、大爆笑されながら散々からかわれている。

 唯一動かせる口だけで必死に抵抗したアディールだが、最終的に私語も禁じられてしまったのだ。

 

 だがアディールはめげない。

 エンハとハナビを鋭い視線で睨みながら口をぱくぱく動かした。

 

「ふっ! あやつ、私語を禁じられたから口パクでメッセージを送ってきおったぞ!」

「え〜、なになにー? て・め・え・ら・後で・覚え………ぷっ、ぷしゅしゅ。 後で覚えてやがれって。 あんな体勢で言われても、ぷーっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅ!」

 

 ハナビの笑い声が病院中に響き渡る中、ようやく回復術師がララーナの元に到着し、アディールはベットに移された。

 

「あらあら! 今日はとんでもない大物を拾ってきたわね?」

「お久しぶりです、ビークイットさん」

 

 ララーナは声をかけてきた回復術師、ビークイットに相変わらず抑揚のない話し方でペコリと頭を下げた。

 膝の辺りまで伸びた空色の髪を緩い三つ編みで纏めており、母性溢れる人当たりの良さそうな顔立ち。 そして豊満なバストと引き締まったウエスト。

 回復術師用の大きめの白衣を羽織っているにも関わらず、凹凸のはっきりした体のラインが妙に色っぽさをかもし出している。

 

「なんだ、知り合いなのか?」

「ええ、この子ね。 少しでも怪我してる人見ると問答無用で連行して来ちゃうの。 困ったものよね?」

 

 ビークイットは頬に手を添えながら口を窄める。

 その絶妙に色気のある仕草をみて、エンハは呆れたような顔をした。

 

「年を考えろ年を!」

「わたくしはまだ三十路入りたてほやほやよ? あなたこそそんなジジくさい喋り方をどうにかしなさい?」

 

 急に鋭い視線を交わすビークイットとエンハを見て、ガイスはこっそりとアディールのベット脇に移動して耳打ちをする。

 

「あの二人って仲悪いの?」

「あ? ガイス、空気読め。 男ってのはな、好きな女には意地悪したくなるもんなんだよ」

 

 悪人面でニヤつくアディール。

 

「おいビリビリ小僧。 おぬし、まる焦げにされたいようだのう?」

「さて、今日はどんなオペをしてあげようかしら?」

 

 刀の鍔を親指で押し、刀から物騒な音を鳴らすエンハと、白衣の胸ポケットから数本のメスを取り出し、指の間に挟んでキラリと光らせるビークイット。

 二人の姿を見て、ガイスとアディールは青ざめながら後ずさった。

 

「ぼ、僕は何も言ってません!」

「ガイス! 俺を売る気か!」

 

 その後………病院内に、アディールの甲高い悲鳴が響いた。


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