その大喧嘩は友情の証

 夜中の正門付近で、物騒な破壊音と若者同士の怒鳴り声が響き渡る。

 正門の前では、膝から崩れ落ちて頭を抱える門番が、ボロボロと泣いていた。

 

「ど、どうすれば………どうすればいいんだよぉぉぉ!」

 

 目の前に広がる捲れ上がったレンガやボロボロに破壊された土壁を見て、叫びながら頭を掻きむしる。

 

「五聖守護者同士の喧嘩なんて、とめられるわけないだろぉぉぉ! こ、怖すぎて足が動かねェェェェェ!」

 

 三十路くらいの年齢にも関わらず、赤子のように泣き叫ぶ門番。

 彼の目の前では超高速の攻防が繰り広げられていた。

 

 アディールの強さは、その圧倒的な速さだ。

 全身に赤色光の稲妻を走らせながら、サラカに音速並みの速さで連続打撃を与えて行く。

 肘打ちから裏拳、膝蹴りから前蹴り、回転しての強烈な中断蹴り。

 全ての動作が速すぎて、アディールの体は残像しか見えていない。

 

「これが、刻印を宿した守護者たちの、頂点に君臨する実力なのかァァァァァ!」

 

 刻印とは、生まれたと同時に体のどこかにタトゥーのようなアザがある者だ。

 そのアザには複数の種類があり、刻印の形によりその呼び方が違う。

 

 アディールの場合は雷聖の刻印と呼称する。

 この世界の伝承にある七聖美德と呼ばれる七体いた聖霊の内、雷の力を司る聖霊の刻印が左の腰骨辺りに刻印されている。

 

「ったく! 速すぎて攻撃が全く見えねぇ!」

「てめぇはシブテェんだよ! クソが!」

 

 アディールの連続打撃が一旦止み、お互い距離をとる。

 驚くことに、肩で息をするアディールに対し、連続打撃を受けていたはずのサラカは疲れた様子もなく、全身に多少の打撲痕しか残っていない。

 堂々と立つサラカの体には、薄ぼんやりと輝くオーラが纏われていた。

 

「終わりか? アディール」

 

 サラカの問いかけに対し、舌打ちで返事をするアディール。

 なにもアディールの攻撃が弱いわけではない。

 確かに五聖守護者の中で最も火力が低いと言われているアディールだが、彼の打撃は守護者でもまともに食らえば普通に骨折するレベルだ。

 

 それを一秒間に十五発のペースで食らい続けたサラカの被害は、打撲痕だけで済むはずはない。

 五聖守護者の中で、唯一の回復術師であるサラカは光聖の刻印を宿している。

 回復術師にもかかわらず、サラカは前衛で本領を発揮するゴリゴリの武闘派だ。

 光の力は反射と吸収、発光、強化など複数に分類され、強力な能力を持つ者の中には、時間や空間を操るものもいる。

 

 サラカの得意とする力は吸収だ。

 体の周りに纏ったオーラは、全ての攻撃に耐性を持ち、衝撃を吸収して威力を緩和させる効果がある。

 ただ、サラカの被害が打撲痕だけで済んだのは、もう一つの能力と関係がある。

 

「夜中だからなぁ? 見えねぇんだろ? もうそこ、俺のテリトリーだぜ?」

 

 ハッと目を見開き、慌てて後ろに下がろうとするアディール。

 サラカは太ももにつけていた皮のバックから、流れるような仕草で二本のクナイを取り出し、アディールの方に投げた。

 

 しかし、投げられたクナイはアディールには当たらず、後方の地面に突き刺さる。

 サラカが投げた飛び道具は、さきほど投げたクナイ以外にも、千本やナイフなどさまざまな種類がある。

 その無数の飛び道具が、二人の周辺を囲うようにして地面に刺さっていた。

 投げたクナイが外れたのを確認したサラカが、何もないところを指で弾く。

 その瞬間、アディールは不自然な体勢のままぴたりと固まった。

 

「ちっ! ………クッソガァァ!」

 

 全身を震わせているが、不自然な体勢のまま全く動くことができないアディール。

 

「あとはお前が寝ちまうまで、このまま魔力を吸い尽くしてやるよ。 ったく、ボコスカ殴りやがって、めっちゃ痛ぇじゃねぇか!」

 

 アディールを拘束していたのは無数の糸だ。

 サラカのなによりも強力な能力は、相手の魔力を吸収できること。

 糸や武器で触れている相手から魔力を吸収する。

 

 他にも自分が他者に与えた分のダメージに比例して魔力を吸収することもできる。

 そして吸収した魔力で纏っているオーラの強度を上げ、さらには自分や味方の傷も癒やし続ける。

 つまり彼の糸が相手に触れている限り、半永久的に魔力を吸い続けるのだ。

 

 周囲に刺さっている飛び道具全てがアディールを拘束するために投げられた罠だった。

 夜中のため飛び道具から伸びている糸は視認しずらい。

 サラカの展開した蜘蛛の巣のような罠に、アディールはまんまと引っかかってしまったのだ。

 

「諦めておうちに帰ってもらうぜ?」

「ふざけんな。 俺はあいつを助けるぜ。 誰になんと言われようともなぁ!」

 

 アディールの真剣な声音を聞き、サラカは下唇を噛みながら拳を振り抜いた。

 動けないアディールの頬に拳がめりこみ、鈍い音が鳴り響く。

 

「まだそんなこと言ってんのか? お前だって悪霊のヤバさ知ってんだろ! 十等級を攻略した守護者ですら敵わねえんだぞ! 今日会ったばっかの女に命かける意味あんのかよ!」

「怖えなら引っ込んでろクソびびりが! しゃしゃり出てくんじゃねえよ!」

 

 サラカは青筋を浮かべながら背中の双剣を鞘ごと取り出し、全力で振り抜く。

 身動きが取れないアディールの腹部に双剣がめりこみ、苦悶の表情を浮かべた。

 しかしアディールは苦しそうな表情のまま、口角だけをわずかに上げる。

 

「悪霊の怖さは痛ぇほど知ってらぁ。 俺の両親は悪霊に殺されたからな」

 

 静かな声音でつぶやくアディールを見て、サラカは小さく息を吐きながら双剣を下ろし、何も言わず続きを促した。

 

「だからこそ、俺らこの街の頂点である五聖守護者が対処するべきなんだろ? あいつといる守護者は悪霊に殺される。 あいつが悪霊に付き纏われてるんだとしたら、この街にもその悪霊がくるかも知れねぇ。 そうなったら、誰がその悪霊をぶっ飛ばすんだよ」

 

 サラカは反論しようと口を開くが、顎を震わせるだけで何も言い返せない。

 

「この街に被害が出る前に俺が悪霊をぶっ飛ばす。 街を守るためにも、あいつの人生を変えるためにも、俺はこんなところで油売ってるわけにはいかねえんだよ!」

 

 アディールの叫びを聞いたサラカは、ゆっくりと目を閉じ深呼吸をした。

 

「可愛いからノリで声かけたわけじゃないんだな?」

「ちげぇよ。 いや、違くねえ。 あいつはめちゃめちゃ可愛いだろ」

「今はそういうおふざけいらねえ」

 

 サラカは真剣な瞳をアディールに向ける。

 

「おまえはこの街のことを思って、あの女………ララーナちゃんを助けようとしてんだな?」

「ああそうだ。 ———まぁ、さっきのくだりは今思いついたんだが………」

 

 自信満々に頷き、ワンテンポ置いてボソリとつぶやくアディール。

 

「は? おまえ今なんつった?」

 

 慌てて聞き返すサラカに対し、アディールは頬をひくつかせながら額から一筋汗を垂らした。

 

「とにかく! あいつを助けるのはこの街を救うためにもなる! だから五聖守護者の俺があいつと同行して悪霊をぶっ飛ばすんだ! 邪魔すんじゃねえ!」

 

 慌てて話を戻すアディールを見て、サラカは大きく息を吐きながら、双剣をしまった。

 そして、アディールを拘束していた糸を解こうと手を伸ばしたが、ぴたりと動きが止まり、顎に手を添えて何かを考え出す。

 訝しげな顔でサラカの様子を伺うアディールに、何かを閃いたような顔で振り向くサラカ。

 

「って事は、俺が悪霊倒しに行ったほうがいいよな?」

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