その挑発は利他の心

 夜中の街にたよりなく光る松明の隣で、見張りの門番があくびをしていた。

 その様子を遠目に見ながらため息をつくアディール。

 

「やべーな。 夜通し待つってことは俺、今日寝れねえじゃねえか」

 

 街の正門から広がる大通りに設置されたベンチに寝転がっていたアディールは、ぼそりと独り言をつぶやく。

 すでに夜中になっているため、いつも人で賑わっている大通りは閑散としている。

 そんな大通りのど真ん中を、ゆっくりと歩いてくる人影があった。

 

 サラサラとした金色の髪を、目にかからないような長さでカットしたマッシュヘアーの青少年。

 背に交差して装着した傷だらけの双剣、肩や腰などを小さな鎧が守っている。

 

 しかし、何より目を奪われるのは身体中に仕込まれた飛び道具。

 ナイフやクナイ、千本や籠手に仕込まれた鉤爪状の武器とワイヤーなど、物騒なアイテムをずらりとぶら下げている。

 その青少年はベンチに寝転がるアディールを見て、眉間にシワをよせた。

 

「おいアディール。 やっと見つけたぞ」

 

 ゆっくりと歩み寄ってくる金髪の青少年に、嫌そうな顔を向けるアディール。

 

「げ、サラカじゃねえかよ。 こんな夜中になんのようだ? またくだらねえ話なら………」

「なんのようだもクソもねえだろ! 聞いたぜ! おまえ、死を呼ぶ少女と迷宮行くらしいな。 正気の沙汰じゃねえ! あいつと一緒に行動するのはやめろ!」

 

 寝転がっているアディールの胸ぐらを掴み、勢いよく顔を寄せるサラカ。

 しかしアディールはサラカの腕を力ずくで振り払い、苛立たしげな瞳で睨み返した。

 

「あいつの名前はララーナだ。 間違えんじゃねえ」

「正義の味方気取りか? 下らねえ! 言っとくが、あいつの噂は本物だぜ? あいつと迷宮に入れば、確実に悪霊に襲われる。 お前、自殺するつもりかよ!」

 

 夜中の街にサラカの怒鳴り声がこだまする中、アディールは面倒臭そうにため息をついた。

 

「なんだてめえ、五聖守護者のくせに悪霊にビビってんのか? 安心しろよ、俺はそんな雑魚じゃねえ」

「口先だけならなんとでも言えるぜ! けど悪霊が出るかもしれねえところに無謀に突っ込むダチを放っておけるかってんだよ! お前どうせ、死を呼ぶ少女に一目惚れでもしたからカッコつけてえだけだろ!」

 

 次の瞬間、アディールはものすごい剣幕でサラカの胸ぐらを掴み上げた。

 

「三度目はねえぞ。 あいつの名前はララーナだ。 二度とその下らねえあだ名をほざくんじゃねえ」

 

 とてつもない殺気がアディールから振り撒かれる。

 その殺気に当てられ、あくびをしていた門番が二人の口論に気がつき、恐怖のあまり腰を抜かした。

 胸を貫く様な鋭い殺気を正面から当てられているにもかかわらず、サラカは足を大きく踏み込み、胸ぐらを掴み上げていたアディールを押し返した。

 

「お前は今から、その下らねえあだ名の通り死ぬかも知れねえんだぞ? 五聖守護者のお前が死を呼ぶ少女のせいで死んだなんて話しが広がれば、もう死を呼ぶ少女はこの街に居られなくなるだろうなぁ? 死を呼ぶ少女が死を呼ぶのなら、お前が呼ぶのは不幸かよ?」

 

 わざとらしく皮肉な笑みを浮かべるサラカの顔面に、突然拳が突き刺さる。

 顔面を歪ませながら勢いよく吹き飛び、遥か後方にあった土壁に激突するサラカ。

 アディールは黙々と上がる土煙を睨みつけながら、全身から赤色光の稲妻をほとばしらせた。

 

「………ぶっ飛ばす」

 

 アディールはその場に残像を残し、一瞬で姿を消した。

 

 ♤

「店主、いつものをくれ」

 

 先ほどの酒場に残っていたエンハは、慣れた口ぶりで店主に声をかける。

 

「あの、エンハさん………さっきの人って?」

「あぁ、吸い取り小僧か? あやつも五聖守護者だぞ?」

 

 エンハの返事を聞き、顔を青ざめさせるガイス。

 

「やっぱり、サラカ・ダウールさんですよね? アディールを探していたみたいですけど………」

「おおかた、あの娘のことを聞きつけてビリビリ小僧を探しておるのだろう。 と言うか、吸い取り小僧はいつもビリビリ小僧をライバル視しててのう。 年も近いゆえ親近感があるのだろうて」

 

 チラチラとカウンターに視線を送りながら、呆れたように肩を窄めるエンハ。

 

「アディールはやっぱり人気者なんですね」

「ビリビリ小僧はな、ああ見えてかなりストイックで、自分の強さには絶対的な自信を持っておるが、自分の成した偉業や功績は一切自慢しようともせんのだ」

 

 背もたれに体重を預けながら腕を組んだエンハは、穏やかな口調で語りかける。

 ガイスは礼儀正しく、体をエンハの方に向け太ももの上に手を置いた。

 

「そのビリビリ小僧が先日言っておったぞ?」

 

 『ビリビリ小僧、最近機嫌がいいのう?』

 『なんでいつもてめえはここにいんだよ』

 二ヶ月前、いつものようにこの酒場で顔を合わせた二人は、カウンターに並んで座りながら話をしていた。

 

 『いつもおぬしはこの酒場に来ておるだろう』

 『ストーカーかよてめえは! ま、いいけどよ』

 

 アディールは飲み物を口にしながら、どこか嬉しそうな表情でコップのフチをクルクルと指でなぞり始めた。

 

 『一ヶ月前、俺の幼馴染が守護者になったんだがよ。 昔はずっと俺の後ろをついて回る弱虫だったくせに、めっちゃすげえんだ! あいつの支援魔法は天才なんだぜ! 守護者デビューして今日で一ヶ月なんだが、今日は俺と六等級の迷宮を攻略しちまったんだ!』

 

 エンハは驚き、目を見開いた。

 普段は『俺はまだまだ弱い! もっと強くならねえと!』と言いながら難しそうな顔をしているアディールが、初めて年相応の笑みを浮かべている。

 単純に、訓練場時代からアディールの面倒を見ていたエンハですら、嬉しそうな顔で他人を褒めている所を見るのが初めてだったのだ。

 

 『あいつの支援受けながら戦ってると変な錯覚しちまうんだぜ? まるで自分がめちゃめちゃ強くなった様な感覚だ。 俺の蹴りに合わせて突風が脚を押すから威力が上がる。 回避のために横っ飛びしたら、俺が飛ぶ方に合わせて追い風が吹く! 俺はこの街で最速の男って言われてんだぞ! そんな俺の速さに、完璧なタイミングで支援を入れんだ! あいつと一緒に冒険行くのはめっちゃ楽しいんだぜ!』

 『そ、そやつは只者ではないのだろうな。 しかし落ち着けビリビリ小僧、近いぞ』

 

 いつの間にか身を乗り出していたアディールを、エンハは困った顔でなだめた。

 指摘されたアディールは赤面しながら椅子に座り直す。

 

 『しかし、ビリビリ小僧の速さについて行ける猛者がいたとは驚きだ』

 『だろ! でももし、あいつに弱点があるとしたら一つだけだ!

 ——————俺、自分が強くなったって勘違いして無茶しちまう』

 

「ビリビリ小僧め、あんなはっちゃけた笑顔を見たのは初めてだったからのう。 思わず驚いてしまったわい」

「あん時のアディーには若干引いたわ」

 

 ゆっくりとうなづきながら視線を交差させるエンハとハナビ。

 そんなエンハの前に徳利と、お猪口が置かれた。

 エンハはお猪口に飲み物を注ぎながらガイスに視線を向ける。

 

「おぬしは守護者になってまだ三ヶ月だったのう? それであの頑固なガキにあそこまで言わせたのだ。 もっと自信を持たんか」

 

 肩を震わせながら俯くガイスは、ローブの袖で自分の目元を乱暴に拭った。

 

「アディールは、そんなことを言ってくれてたんですね」

「その一ヶ月後はおぬしが不甲斐ないから悩んでおったぞ?」

 

 キョトンとした顔で真っ赤になった瞳を向けるガイス。

 

「おぬしのことを悪くいう輩が増え始めた頃でな。 ビリビリ小僧はおぬしの友人として助けになりたいみたいだが、あやつ自身どうすれば助けになるのかわからんようでな。 『俺が片っ端からぶっ飛ばせば解決だけどよ、それだと意味ねぇだろ? どーすりゃいーんだよぉぉぉ!』と嘆いておった」

 

 アディールのマネが下手すぎたのだろう。

 エンハの肩に座っていたハナビは吹き出していた。

 

「まぁ、ビリビリ小僧はお主の友人として助力し、おぬしが自分に自信を持って、おぬし自身の口から他の守護者共にぎゃふんと言わせたいのだろう。 ビリビリ小僧が力ずくでどうにかしてしまえば、簡単に解決するかもしれんがそれはもはや保護者のようなもの。 おぬしがビリビリ小僧に頼りっぱなしでは、本当におんぶに抱っこになってしまうからのう。 保護者ではなく友人として何かしたいのだろうが、どうすればいいかわからんようだ」

「アディール、僕が知らない間にそんなに悩ませてたのか………」

 

 シュンと肩を落とすガイス。

 

「まあそう気を落とすでない。 それがしがこれからおぬしにいろいろなことを教えてやる。 明日はおぬしの実力を見せてくれんか?」

 

 悪そうな顔で笑うエンハを見て、ガイスはゴクリと息を飲んだ。

 

「ぜひ! お願いします!」

 

 勢いよく頭を下げるガイスを見ながら、エンハはお猪口に注いだ飲み物をカッと飲み干す。

 その姿を見てガイスはキラキラした瞳を向けた。

 

 ———エンハさん、カッコいいな! 見た目もそうだしたたずまいもすごく迫力がある! きっと今飲んでるお酒もすごく強いお酒なんだろうな。 僕も自分に自信をつけるために、勇気を持って挑戦してみようかな!

 

 心の中で決心を固め、大きく頷くガイス。

 

「エンハさん! そのお酒はなんていうお酒なんですか!」

 

 徳利に伸ばしていた手がピタリと止まるエンハ。

 

「は? お酒? なに言ってんのよ、これオレンジジュースよ?」

 

 ハナビが首を傾げながら答えると、エンハは硬直したままダラダラと額から汗を流し始めた。

 

「………………え? なんて?」

 

 キョトンとした顔で聞き返すガイス。

 

「だーかーらー! オレンジジュースよ! オレンジ絞ったジュース! こいつ、酒飲めないくせにカッコつけて、徳利にオレンジジュース入れてもらってんのよ。 店主も優しいわよね? こんなアホな茶番に嫌な顔しないで付き合ってくれるんだから」

「………………は?」

 

 腕を組みながらペラペラと喋るハナビに対し、エンハとガイスは硬直したまま数秒間、微妙な空気が流れ続けた。

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