第16話 『幻花・神薔薇』

「今期は大注目のカードとなりました、ルーキーランク頂上戦。まずはランキング第七位、槍と料理は負けないヨ! 中国が生んだ元気印のカンフー娘! 暁明VS第九位、猫に酔いな! 百発百中の弓で簡単にはモフらせない! キャット・アワー!」


 名前を呼ばれた二人が派手な光に包まれて消えた。

 頭上に浮かぶ大きな球体に、バトルステージの様子が映し出されていく。


「第五位、燃えるぜ闘魂アツいぜ人情! 今を生きる昭和の魂! 万丈気炎VS第六位、言うこと聞かなきゃ噛んじゃうぞ! かわいいだけじゃない子犬少女! ワンワン・ルー!」

「んじゃ、先に行くぜ? お前らも負けんなよ!」

「はい」

「ルーちゃんもがんばって!」


 頼もしく親指を立てて、ルーちゃんは光に包まれた。


「第三位、この剣は世界のために! 誇り高き美少年騎士! シャルル・マルルVS第四位、我が闇の覇道を見よ! なんだかクセになる中二病! ロード・オブ・グロリア!」


 緊張はある。でも、この胸の高鳴りは不安や恐怖で鳴ってはいない。


「第二位、さらなる高みへ至るため! 深海からやってきた海月剣姫! 海月カタナVS第八位、銀河の平和はワタシが守る! 戦えみんなのメタルヒーロー! 超銀河警察スターバイン!」

「いってきます」

「うん!」


 カタナちゃんの笑顔に精一杯の元気を返した。

 転移の光が消えると、スポットライトが七色に輝きぐるぐると回り始めた。


「そしてそしてぇ! 本日のメインマッチ! 一位と十位の戦い、されどアリーナ中の注目を集めるこの二人!」


 回転が止まって、目の前が濃い赤色に染められていく。


「今期堂々の第一位! 最も美しいのはわたくし、ゆえに強いのもわたくし! 咲き誇る最強の薔薇! ルナ・ローズガーデン!」


 迷いなんて微塵もない。威風堂々とした眼差しが牙を剥いた。

 けれど、剥き出しの敵意から守ってくれるかのように、桜色の光がわたしを包んでくれた。


「デビュー以来戦った相手はすべて格上! 驚異的なスピードでここまできた! 夢と元気を届ける桜の妖精! 満開に咲け勝利の花道! 桜色ひかる!」


 突き刺すような瞳が不満げに揺れた。

 紹介の言葉の差が気に入らなかったみたいだ。


「お相手致します、桜色ひかるさん……わたくしのすべてを以って」

「はい。わたしも全力でいきます!」


 互いを象徴する色の光が強くなり、バトルステージへ転移していく。


 データ照合……桜色ひかる。

 チャンネル登録者数・二八九六〇人。HPに変換されます。

 雑談配信、最高グッド数・二〇三九八。最高ナイスコメント数・一八七〇一。最高スパチャ額・三三四〇〇。ステータスに変換されます。


 メインウェポン選択。

 ゲーム配信、歌配信、半実写配信の中から変換する実績を選べます。どちらにしますか?

 歌配信が選択されました。

 最高グッド数・二八三三〇。最高ナイスコメント数・二〇一四七。最高スパチャ額・五〇四〇〇。

 タイプ《ワンド》が選択されました。

 読み込み完了……実装開始。


『がんばれ!』

『いっしょに最高の夢を見よう!』

『ルーちゃんの代わりにドリル捻じり切ってやれ!』

 

 みんなにもらった応援がわたしの力になっていく。

 今なら、だれにも負ける気がしない!


《ルーキーランク頂上戦、ルナ・ローズガーデンVS桜色ひかる。頂上戦ルール適用、制限時間無制限。バトルステージ山岳地帯……》


 カウントダウン、ゼロ。


《バトル・スタート!》

「やあっ!」


 先手必勝。レベルⅣのワンドに備わったもうひとつの能力、魔力光線。


 範囲は狭いけど着弾までが速くて、一度当てれば三秒間ダメージを加えられる。動きも止まるから、次の攻撃で一気に削ることもできる。


「甘いですわ」


 短い草の生えた岩肌が割れ、大量の蔓が伸びた。

 まるで壁みたいに密集して、鋭い棘で魔法を相殺してしまった。


「紹介致します。私の愛杖、幻花げんか神薔薇かみばら。その程度の攻撃、ドレスに埃も付きませんことよ?」


 白い手袋に握られているのは、一見だたの赤い薔薇。

 でも、あれこそ彼女の強さの源であり、最も警戒すべき力だ。


「――――オリジナル・ウェポン?」


 組み合わせが決まったあと、ルーちゃんたちに教わったことを思い出す。


「そうだ。普通、使うのは運営側が用意してる武器だろ? だけどあいつは違う。イラストレーターにデザインさせた、あいつだけの武器なんだ」

「彼女の武器は、レベルによって見た目や能力が変わることはありません。その代わり使用した熟練度によって成長するそうです。しかも、どの配信を選択しても同じものが使える。彼女の場合、タイプはひかる殿と同じワンドでしたが」


 ルーちゃんもカタナちゃんも、語る表情は真剣そのものだった。


「あ、ありなのそれ?」

「普通はもっと売れてから依頼したり、事務所のごり押しとかで実装されるもんだ。デザインとバトルモーションの作成とか、時間も金もかかるからよ。でも、あいつはデビュー戦から使ってきやがったんだ。個人勢のくせに、エグイ真似しやがって……ルーをお披露目にしやがってぇぇぇぇ!」

「少なくとも、ルーキーランクで使用しているのはルナ殿だけですね。とにかく、あのワンドが操る魔法はかなりクセがあります。私たちが実際に見た能力と対処法を、できるかぎりお教えしますよ……」



 聞いていた内容と同じ能力。

 攻防一帯の蔓を操り、拘束や障害物を投げたりすることもできる。


「さぁ、踊ってくださいまし!」


 数多の蔓が伸びてくる。


「はやいっ!」


 アーカイブで見た過去のバトルよりも数段動きにキレがある。

 地面を蹴って跳び退き、ルーちゃん仕込みのアクロバティックでなんとか躱す。


「これならどうです? 薔薇網ローズ・ネット!」


 格子状に編まれた蔓が、棘を広げて覆い被さってきた。


「散弾マジックボール!」


 広範囲攻撃で押しのけ、攻撃の手が緩んだ一瞬を狙う。


「いっけぇ!」

「ふんっ」


 また蔓に弾かれてしまった。

 ルナちゃんの周囲には常に緑の壁がある。あの防壁を突破しないかぎり、こちらに勝機はない。


「ほらほらっ、ダンスは始まったばかりでしてよ!」

「くっ!」


 能力や戦闘パターンは聞いていたのと同じ。

 でも、想像通りにはいかないものだ。


 複雑な動きで絶えず襲う薔薇の蔓は、避けるだけ精一杯。なんとか繰り出した反撃も、簡単に防がれてしまう。


「おっとぉ! 桜色ひかる大苦戦! さすがにオリジナル・ウェポン相手にジャイアントキリングは難しいかぁ!」


 響き渡る実況の声が頭を揺らした。


「おーっほっほっほ! ホント逃げてばかりですわねぇ! わたくしも少しは踊ってみたいですわぁ~」


 悔しさが胸にちらつく。

 ルナちゃんの言う通り、まだあの子を一歩も動かしていない。


「まだ……まだ……」


 まだよ、ひかる。

 今はまだ蕾のままでいい。

 じっと待つの、そのときを。

 花咲くときは必ずやってくるのだから。

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