第44話 『わたしたちの未来3』ーひかる視点ー

「ついについに! 桜色ひかるの光線が二人を捉えました! スキルの重ねがけで攻撃力は超上昇中! 同時の被弾なら、コレで決まったか!?」


 サンちゃんの興奮した声。

 確かに勝利の可能性は十分にある。


「……いや」


 続いたユキノさんの低い声。

 タイミングを同じくして、魔力光線とはべつの光が辺りを照らした。


「エンゲージ・パフォーマンス」

 

 呼吸の浅いモブ子ちゃんの手を握って、ケミカル・ビーカーが笑っている。


「シシシシシ! 間一髪間に合ったぁー」

「おのれ……」


 カタナちゃんが睨みつけるけど、パフォーマンスの無敵状態には手を出せない。


「もう許さないからな。絶対に引退させてやる」


 吐き捨てた言葉は、Vのモデルの奥から聞こえた気がした。


「おらっ、起きろモブ子。いつものやるぞ」

「は、はい」


 パフォーマンス開始のカウントダウンが迫る。

 二人は向かい合い、抱き合い、作り出した白濁のスライムを浴びた。


「スライムを使ったただのマッサージ」

「んっ、あっ、うンンンッ!」


 にしては音と声が卑猥すぎだ。

 手がおっぱいとかお尻とか触ってるし、完全にアダルトを意識してる。


 いつかルーちゃんも、センシティブなパフォーマンスは一番数字を稼げるって言っていた。だけどこれはどう見ても規約違反ギリギリ。さらにバトルで興奮してるのか、見た目も音もどんどん過激さを増していく。

 

 わたしも相手が死神じゃなかったら、きっと興奮して見てたと思う。

 でも今は、バトルに対してすごく頭がクリアだ。


「ひかる殿」


 カタナちゃんも同じみたい。

 いつもなら照れて顔を背けてるのに、今は澄んだ微笑みを見せてくれる。


「うん。わたしたちも」


 守るだけじゃない、いっしょに戦う仲間の手。

 確かめ合うように指をからめて、喜びを込めて握って、同時に叫んだ。


「「エンゲージ・パフォーマンス!」」


 まるで胸の高鳴りみたいな熱い光に包まれた。

 わたしたちが見せるのは、すべてのはじまり。

 手のひらから伝わる大切な歌。


「……十年前、私はこの人に命を助けられました。この歌はそのときに教えてもらったもの。お姉さんを小さい頃から勇気づけて、私の人生をも照らしてくれました」


 カタナちゃんのまっすぐな声は、本当に強くてきれいだ。


「……わたしは過去、顔と心に傷を負いました。自分のやったことに後悔はありません。でも、傷が原因でたくさん苦しんだ。いつからか、人が怖くてたまらなくなりました」


 それに比べてわたしの声は、まだちょっとだけ震えてる。

 けれど怖くはない。

 みんながくれる愛情が、心を落ち着かせてくれるから。


「でも、だからこそ今があります。人が持つ本当の弱さを知ったわたしが、Vテイナー桜色ひかるがここにいます! この歌は、わたしとみんなの未来を照らす光です!」


 始めよう。あの夜を乗り越えたわたしたちの、最高のパフォーマンスを!


「きいてください。『つよく抱きしめて』」


 流れる旋律に合わせて、胸いっぱいの空気と想いを口にした。


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 つよく抱きしめて 進め!


 いつからまっくろな影が

 わたしの毎日に 生まれたんだろう?

 深い海にも届く

 大きく優しいアイ ともに世界へ


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 闇の中 見えない明日

 顔上げた 小さなつぼみを

 つよく抱きしめて 進め! 


 この世界できみと出会って

 この歌をうたえるというキセキ

 けっして一人じゃないから

 そばにいる光をみつけて

 つよく抱きしめて


 色褪せた 地図をつかんで

 前を向こう 歩き出すんだ

 だれかのため その手伸ばした

 きみはいま 素敵なヒーロー


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 闇の中 見えない明日

 顔上げた 小さなつぼみを


 つよく抱きしめて 未来へ! 



 歌いながら笑って、踊りながら泣きそうになって、いろんなものがこみ上げた。

 けれど、わたしの全部を使ってやり切った。

 これもVテイナーにとってのバトルだから。

 戦って、魅せて、夢と元気を届けるのが桜色ひかるだから!


「カタナちゃん……」

「ひかる殿……」


 二人とも息が上がってる。

 でもすごく気持ちがいい。しばらくやってなかったのに、歌も踊りも今までで一番上手くできた。


「ふふっ」

「はははっ」


 思わず同時に笑顔がこぼれた。

 嗚呼、やっぱりVテイナーって楽しい!


「ハッ! そんな古いアニメの歌うたって自己満足か? パフォーマンスはニーズに応えてなんぼなんだよ!」


 水を差す口の悪さにも、今の心には傷ひとつつかない。


 ケミカル・ビーカー、ゴブ・モブ子ペア。エンゲージ・パフォーマンス結果。


 グッド数・八一二一。ナイスコメント数・四八五五。スパチャ総額・二〇〇二〇〇。

 合計・二一三一七六。

 エンゲージ・スペシャルスキル解放 《病愛機関銃ヤンデレマシンガン


「シシシシシ! すげぇ! こんな金額見たことない! バトル前に登録者減ったお前たちじゃ、これを超えることはできないだろぉー!」


 二人の前におどろおどろしいデザインの、大型機関銃が現れた。

 銃弾を放ち、わたしたちを飲み込みそうな銃口はまっすぐこちらを向いている。

 

 もう一度手を握りあった。

 不安も恐怖も感じない。ただ根拠のない自信と理由のいらない信頼が、わたしたちの未来から感じられた。


 桜色ひかる、海月カタナペア。エンゲージ・パフォーマンス結果。


 グッド数・二一五〇三一。ナイスコメント数・一九九五二。スパチャ総額・二〇四八〇〇。

 合計・四三九七八三。

 エンゲージ・スペシャルスキル解放 《水精霊ウンディーネ・入刀ソード


「……は?」


 死神が言葉を失った。

 きっと意味がわからないんだろう。スパチャ金額はそこまで変わらないのに、他の反応がまるで違う現実が。

 でも、わたしには理解できた。流れてきたコメントの中に答えがあったから。


『カラフル・ミラクルの絆、舐めんなよ!』

『わたくしたちの分までやってくださいまし!』


「ルーちゃん……ルナちゃん」


 涙が勝手に流れてきた。

 二人だけじゃない。カラフル・ミラクルを応援してくれたみんなが、この力をくれたんだ。


「いきましょう!」

「うんっ!」


 繋いだ手から、桜色の水が溢れ出した。

 振り上げるとそれは大きな剣の形になって、気持ちのいい水しぶきを散らしてくれた。


「まだだよ! キュウソネコカミ、発動!」


 サクラサクチャンネルの登録者は、引退騒動のせいでかなり減ってしまった。

 でもそのおかげで、パートナーと合計するとわからないけど、ケミカル・ビーカーの登録者数の半分以下になっていた。


 だから、このスキルの発動条件を満たしている!


《エンゲージスキル、キュウソネコカミ 発動。エンゲージ・スペシャルスキルの数値が倍増……八七九五六六。水精霊の入刀から水魔神すいまじん祝詞剣のりとけんに進化します》


 水の勢いが増して天を衝く巨大な剣が現れた。

 日の光を浴びながら、振り下ろされるときを神々しく待っている。


「ハ、ハッ! 他人の力借りたエンゲージなんて、ダサいしデカいだけだ! こっちのほうが速射性能はあるんだ。虫の息のお前たちは、一発でもかすれば終わりなんだよ!」


 かわいそうな人。

 人生になにがあったかは知らないけど、彼女も人を信用できないみたい。

 できればあなたも救いたかった。でもね、関係のない人たちを傷つけちゃダメだよ。


「す、すごい! こんなの初めて見ましたっす!」

「キュウソネコカミ……このイベントで使用するとここまで伸びるのか。この数字はゴールドランクのイベントレベルですよ」


 驚きと興奮と終わらない歓声が聞こえる。

 こんな奇跡の中心にいられるなんて、なんて幸せなんだろう。


 本当に、本当に。 

 命を諦めずに生きてきてよかった。


《……蕾はいずれ冬を越し、美しき花を咲かせる。想いはいずれ形となり、大いなる力へ変わる》


 声は小さな女の子みたいだった。

 頭の中で……ううん、Vギアの中から聞こえる?

 それにこれは、謎だった四つ目のスキルだ。


《今、開花のとき来たれり》


 心に満ちたいろんな想いが、一気に噴き出すような感覚が襲った。

 頭が揺れる、体が軋む。

 けれど、自分に不可能なことなんてないように思えた。

 

《――――スキル開花のプロテクト解除。レアスキル・桜道讃歌おうどうさんか 発現》


「レアスキル!?」

「な、なんですかユキノさん。サンちゃん聞いたことないっすけど」

「バトルアリーナで稀に発現すると言われている、強力なスキルです。アタシが知るかぎり、所持を公言しているのは……レジェンドランク。その中でも四天王と呼ばれるVテイナーたちだけです」


 体から光の粒が飛び散った。

 種みたいに小さいけれど、熱くてとても愛おしい光。

 それらは落ちたそばから立派な木となり花を咲かせ、一瞬で廃墟を満開の桜で満たした。


「きれい……」

「はい……とても」


 戦いの最中だというのに、そろって見惚れてしまった。

 

「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなぁー!! なにがレアスキルだ! とっくにインターバルは終わってんだよ! くらえ!」


 叫び声を追うように、重い射撃音が続いた。


 ――――でも、届かない。

 舞い散る花びらがすべて受け止め、かき消していく。


「…………は?」


 また言葉を失った。

 だったら教えてあげる。

 あなたの悪行がもたらした、わたしの新しい力を。


「桜道讃歌の桜吹雪は、相手の攻撃を自動で防いでくれるの。もう二度と、あなたの攻撃は届かない。だから」


 同時に大きく息を吸って。


「「こ れ で 終 わ り だ あ !」」


 そびえたつ水の大剣を振り下ろした。


「う、うわああああああああ!!」


 悲鳴と機関銃の音が虚しく響いたけど、あっという間に衝撃の中に飲み込まれていった。


 YOU WIN!


 弾けた水を浴びて、踊る桜に包まれて。

 爆発した歓喜の声を聞いて、コメントの嵐を見て。

 二人で泣いて、抱き合って。


 わたしたちは死神に勝利した。

 

――――


作中歌『つよく抱きしめて』


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 つよく抱きしめて 進め!


 いつからまっくろな影が

 わたしの毎日に 生まれたんだろう?

 深い海にも届く

 大きく優しいアイ ともに世界へ


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 闇の中 見えない明日

 顔上げた 小さなつぼみを

 つよく抱きしめて 進め! 


 自分はダメと 嘆いて

 周りのアツい声 聞こえないよ

 冷たい 理不尽な刃

 きみなら跳ね返す 強さあるから


 太陽の 下で笑って

 たまにドジな きみが好きだよ

 まばたきの ような一ページ

 思い出す ことがなくても

 つよく抱きしめて 進め!


 この世界できみと出会って

 この歌をうたえるというキセキ

 けっして一人じゃないから

 そばにいる光をみつけて

 つよく抱きしめて


 色褪せた 地図をつかんで

 前を向こう 歩き出すんだ

 だれかのため その手伸ばした

 きみはいま 素敵なヒーロー


 あこがれの 光目指して

 たいせつな 想いを胸に

 闇の中 見えない明日

 顔上げた 小さなつぼみを


 つよく抱きしめて 未来へ! 



 

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