第45話 『死神の最期』
「くそくそくそくそぉー!」
負けた、負けた、負けた!
絶対に勝てる試合だったのに。一気に有名になれるチャンスだったのに!
「こうなったら二人の個人情報を流してやる! あたしを馬鹿にしたこと後悔しろ! 二度とVテイナーなんてできないようにしてやる!」
PCの前に座ってVギアとの接続を開始した。
これで他のVアカウントでなりすましをしながら、炎上と拡散を同時にできる。
「あ?」
はずだったのに、一〇あったバトルアリーナのアカウントが次々に凍結されいく。
それだけじゃない、PCも挙動がおかしい。
いろんな奴の個人情報を管理してるフォルダにアクセスできない。
「な、なんだよコレ! 天才のあたしが組んだパソコンだぞ?」
「おうおう、慌ててるなぁ」
Vギアから聞こえた声。
知っているぞ、この声。耳につくこの人を舐めた声は、あたしが嫌いなVテイナーだ!
「ワンワン・ルー! なんでお前が!」
「あら、わたくしもいましてよ?」
ルナ・ローズガーデン!
人を見下すポンコツお嬢様まで!
「お前たちがやったのか? なにしやがった!?」
「アカウントのほうは、どう考えて複数持ちの通報だろ。わかんねぇとか底の浅い天才もいたもんだなぁ」
「貴女がVテイナーを脅すときに送ったメール。使い捨てアドレスで海外のサーバーを経由していたみたいですけど、その程度で特定されないと本気で思ってましたの?」
息が苦しい。頭の奥がサアッと冷たくなっていく。
「言っとくけど、ひかるはなにもしてねぇ。ただルーたちが過去にお前にやられた元Vに連絡を取って、当時のメールとか提供してもらっただけだよ。ずっと同じ場所で同じPC使って同じ方法しかやってないとか、馬鹿の一つ覚えな天才もいたもんだな」
「う、うるさい! お前らにそんな芸当できるはずがない!」
逆にこっちから、こいつらの個人情報を抜き取ってやる!
「ルーの交友関係とウチの群れたち舐めんなよ? 不可能じゃないなら、至難の業ぐらいやってのける」
「わたくしがガチお嬢様なの知りませんの? 設備貸し出しと資金提供なんて、ハロウィンのお菓子配りと同じですわ」
くそっ! くそっ! くそっ!
PCが動かない!
せっかく集めた個人情報が消えていく!
「や、やめろ! 今すぐこのウイルスを止めろ!」
「止めるわけねぇだろ。うちのリーダーに……ひかるに手ぇ出しやがって」
「後悔しなさい。骨の髄まで」
鳥肌が立った。
声だけなのに怖すぎる。このままこいつらと話していたらダメだ!
「くそぉー!」
物理的にパソコンとVギアの接続を切った。
残ったアカウントはケミカル・ビーカーだけ。他の適当なVとは違う、あたしの分身。
この子さえいればまだなんとかなる!
「とりあえずあの森に潜んでおこう。新しいPCと防御プログラム組んでから、またログインしなおせば」
霧深い森に人の気配はない。
よしっ、このまま隠れておけば!
「逃がさないよ」
感じたのは獣の臭い。
先の見えない霧の中から、白い獣人が睨んでいた。
「オ、オオカミ・ユキノ……」
「きみにはいろんな疑いがかかっているが、ひとつ確かなルール違反があるんだ。さっきのバトル中、きみの攻撃からウイルスプログラムが検出された。カタナちゃんの個人情報を盗んだね?」
どうにかこいつから逃げないと。
視界から外れた状態でログアウトしないと、居場所を通報される。
「へ、へぇーそうなんだ。ケミカルちゃん知らなかったなぁー」
「とぼけても無駄だよ。確かなルール違反って言っただろう?」
ゆらりと重い影が現れた。
まるで霧が避けているみたいに姿を見せたそれは、エクスキューショナーズソード。たしか中世のヨーロッパで、処刑人の剣と言われた大剣だ。
「な、なんだそれ。あんたの武器はクレイモアだろ。いや、そもそもなんでバトルじゃないのに武器を」
「立会人権限さ。知らないのかい? 中継申請のバトルで不正を働いたVテイナーは、立会人が責任を以て罰するんだ。あぁ、ログアウトしようとしても無駄だよ。この剣が出てきた時点できみはなにも出来ない。これで斬られたVアカウントは、永久に凍結されることになる」
なんだよそれなんだよそれ!
そんなことになってたまるか!
「ま、待ってくれ! そうだ、あんたの活動に協力するよ! バトルアリーナで最強目指してるんだろ? あたしはきっと役に立つ。邪魔な奴らを排除してやるからさ!」
「……世界のみんながご主人様っ。アイドルメイドのミミ・ミリアですっ!」
低い声の女獣人から、別人みたいな萌え声がした。
「覚えてないか? このVテイナーを。お前が死神だと聞いて、アタシは自分から立会人になったんだ!」
牙を剥き出しにした狼が大剣を持って迫ってくる。
怖い怖い怖い怖い!
ケミカルの体は動かないし、Vギアを切ることもできない!
「お前が二年前引退に追い込んだ、アイドルVテイナーのミミ・ミリア! それがオオカミ・ユキノになる前のアタシさ! お前みたいな外道を許せなくて、アタシはこの牙と爪を手に入れたんだ!」
これが殺気、これが復讐心。
震えと涙が止まらない!
「や、やめっ」
「お前に夢を断たれたすべてのVの怨みだ!」
自分が斬られる瞬間を見た。
迫ってめり込んで、体を切断する刃を見た。
そうして目の前がまっくらになって『このアカウントは凍結されています』の文字が赤く浮かび上がった。
「く……くそぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」
ゴミになったVギアを投げ捨てた。
なんなんだよチクショウ! どいつもこいつも邪魔ばっかり!
「どうせあいつら全員、ろくな学歴もない奴らばっかなのに! なんで……社会の連中みたいに……」
最悪な気分で最高にイライラする。
どいつもこいつも天才の邪魔をするな! 足を引っぱるな!
「モブ子ぉぉぉぉ! この役立たず! こっち来い!」
内線を繋いだマイクに向かって思い切り叫んだ。
ペアとして戦ったゴブ・モブ子。正体はあたしの妹だ。
ゲームばっかり上手くなったコミュ障のグズ。モブ子っていうのもあたしが昔から呼んでるあだ名で、本当になにもできない奴だ。
「お前がチンタラ戦ってたから、こんなことになったんだろうがああああ! 世界大会でミスして病んでたお前を助けてやった恩、忘れたんじゃねぇよなああああああ!? さっさと来て土下座しろ! PCのパーツ買うからお前はしばらくモヤシで生きろ!」
さっさと来い!
となりの部屋にいるんだろうが!
「おねえ、ちゃん」
防音室の扉が開いて、か細い声が入ってきた。
「遅い! なにしてんだこの」
ゲーミングチェアで勢いよく回転しながら、どうしようもない妹を怒鳴りつけたはずだった。
でも、飛び出す予定の声は口の中に留まった。
妹の他に、知らない女がいたからだ。
「なっ、だっ、だれっだお前!」
「はじめまして~。あんたがこの子のお姉ちゃん?」
見るからに頭の悪そうな派手な見た目。
いいと言ってないのに部屋に入ってきて、気持ち悪い香水の臭いを漂わせた。
絶対に夜の仕事の女だ。あたしが一番嫌いな人種だ!
「勝手に入るな! 出てけ! なんなんだお前!」
「勝手に入るなって、ここは妹ちゃん名義の家でしょ? 勝手に住み着いて、働きもせずに寄生してるのはそっちでじゃない」
「なっ!」
本当になんなんだこいつ!
「私はね、この子のご主人様」
「……は?」
意味がわからない。
頭を撫でられる妹はとろけた表情で女の腰にしがみついて、あたしなんか見ていなかった。
「三ヶ月前、あんたへのストレスで限界だったこの子は、私のお店に倒れ込むように来たわ。かわいそうに、この若さでエリアマネージャーになるほど優秀なのに、身も心もボロボロだった」
エリアマネージャー? モブ子が?
「知らなかったでしょ? 死神なんて悪趣味なことしてるあんたには」
急に鋭さを増した目に寒気がした。
「な、なんでそれを」
「イベント初戦でひかるちゃんたちと戦った女王様Vテイナー、私なの。妹ちゃんがゴブ・モブ子なのは知ってたから、裏でルーと連絡とってたってわけ」
真っ赤なネイルをキラキラさせて、女はあたしを睨み続けている。
「お、お前! 裏切ったのか!? このあたしを!」
「最初から仲間になったつもりなんてない! 実家でニートしてて追い出されて、いつの間にか勝手に住み着いたんじゃん! 大会でミスしたときだって、おねえちゃんには助けてって言ったけど、死神には頼んでない! そのことを共犯だって脅してきて……」
初めて妹に怒鳴られた。
なんで? なんであたしが責められてるの?
テストの点で勝ったことのないこいつに。Fラン大学卒のこいつに。
あたしより劣ってるはずの人間に。
「リアルのあんたにもお仕置きする手筈になっててさぁ。あ、私とペア組んでたVテイナー、現役の警察官なんだけど」
「え?」
なんて言った?
「妹ちゃんとルーたちが証拠のデータくれたからさ、もう提出済みなわけ。私の頼みだから超特急で令状出すって張り切ってたよ」
頭が真っ白になった。
嘘だ、あたしが犯罪者?
嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ!
「って言っても、それなりに時間はかかるのよ。だから、ね?」
なんなの。これ以上なにがあるってわけ?
なんで鞭なんて持ってるの? その道具たちはなに?
「あんたと違って、家主が好きなだけいていいって言うからさ」
おもむろに脱いだ服の下から、黒光りするボンテージが現れた。
「おまわりさんが来るまで、イヌになる悦びを教えてあげる。まずは悪いことをしたお仕置きからよ」
唯一開いていた扉は、妹によって閉じられた。
転がったVギアから漏れる小さなノイズが、引退させた奴らの叫び声に聞こえて。
四角い部屋にあたしの悲鳴がこだました。
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