第43話 『わたしたちの未来2』ーひかる視点ー

 あったかい。体のすみずみから胸の奥まで、太陽の優しさが広がっていくみたいだ。


「おねえ……さん……」


 腕の中で小さな声がした。

 Vの体はわたしより大きい。もしかしたら、リアルの世界でもとっくに身長を抜かしてしまってるのかもしれない。

 けれど今のカタナちゃんは、あの女の子が持っていたかわいらしさ感じさせた。


「ごめんね、ひとりで頑張らせて。もう大丈夫だから」

「で、でも! 今あなたが戦うのは! し、死神にっ」


 強張る体を降して、自然と微笑んだ顔を横に振った。


「なんのためにVテイナーになったのか思い出したの。どん底で笑えたわたしみたいに、だれかを救いたいと思ったから。あの夜みたいに、もう一度自分を好きになりたかったからなの。このまま負けたら、みんなの気持ちを裏切ったら、もう二度と自分を好きになんてなれない」


 そのとき、熱狂するコメントの中に冷たい刃物を見つけた。


『どうなるかわかってんの?』


 コメントに現れた死神は、イラつきを隠そうともしていない。


「今までリアルとVを分けて考えてた。でも、二人とも桜色ひかるで、大切なわたしなの変わらない! だから戦う! わたしとわたしを想ってくれるみんなのために!」


 傷ついて、せっかくのタキシードもボロボロのカタナちゃんの手を、そっと握った。


「いっしょに戦ってくれる? カタナちゃん」

「はい……はい! もちろんです!」


 涙を拭いて向き合った。きっと二人とも泣いてばかりだから、ひどい顔をしてる。

 でも、とっても清々しい。


「……もうお遊びはいいかな? じゃあ、遠慮なく倒させてもらうよぉー!」


 襲いかかる液体と銃弾。

 相手もフラスコとマガジンの回復を待っていたのは、立ち姿を見てわかってた。

 

 だから話す時間も、誓いを結ぶ猶予もあった!


《エンゲージリング発動。パートナーのスキルを共有します》


 エンゲージリングは二人の左薬指にはめることで、お互いが保有するスキルを使うことができるようになる。

 だからわたしたちには今、のスキルが宿ってる。


「いこう!」

「はいっ!」

《エンゲージスキル妖精の羽C 発動》


 わたしの背中に桜色、カタナちゃんには青いの羽が生えた。

 風を切り光を遮る二つの攻撃を躱して、空へ飛んだ。


《エンゲージスキル歴戦の猛者B 発動。逆転の覚醒B 発動》


 今度は体の底から力が溢れてくる。

 わたしたちは八連勝の時点でバトルを止めていた。その状態で、カタナちゃんのスキル『歴戦の猛者』による二人分のステータス上昇。これならダメージが残っている間も十分戦える。


 そして初めて発動した『逆転の覚醒』。

 バトルでHPが一〇〇以下になる状況はほとんどない。でもだからこそ、攻撃力の上がり幅がすさまじい。倍以上の数値が加算された。


「みんな、こんひかる! 夢と元気を届ける桜の妖精! 桜色ひかるですっ!」

「深海からやってきた戦う姫君Vテイナー、海月カタナです!」


 堂々と元気よく、辛さを見せずに名乗り上げた。

 自分のために、みんなのために。

 このバトルで勝利を掴むために!


「きたああああああああああああ! 桜色ひかる復活! ですがHPは残りわずか九〇! 対するケミカル、モブ子ペアは五九六〇! 一発でも当たれば敗北は必至!」

「そのとおりだ! もう負けは決まってるんだよぉー!」


 二人も地面を蹴り、弾幕を張りながら間合いを詰めてきた。

 

 次の行動に必要なのは一瞬の目配せだけ。

 それぞれ左右に飛んで敵の狙いを散らした。


「散弾マジックボール!」


 くらえ、わたしの攻撃!

 耐久力のあるモブ子ちゃんを盾に攻めてきたけど、これなら陣形を崩して回避行動を取るはず!


「なにしてるモブ子ぉー! 連射ならマシンガンのほうが上だろうが! 撃ち返せ!」

「は、はい!」

「混乱しすぎだ。桜ばかり見上げては波に足下をすくわれるぞ?」


 こっちを向いた銃口は、あっという間に頭を垂れた。

 背後から迫ったカタナちゃんが鋭い一撃を入れて、間髪入れずにケミカル・ビーカーにも斬りかかった。


「し、正気か!? てめぇも射線にいただろうが! 散弾のフレンドリーファイア一発で終わるのに、わざわざ攻撃の中を飛んできたのか!?」

「ひかる殿の戦いをどれだけ見てきたと思っている? タイミングさえわかっていれば、最低限の動きで躱せる」


 浮かんだ引きつった笑み。

 わたしの狙いは、そこだ。


「マジックボール!」


 ワンドを両手で握って命中率を上げた。

 それだけじゃない。この手から、いろんな想いを込めて放った。


「ブラック、ブルー! アイアン・リキッド!」


 咄嗟に撒かれた鋼鉄の薬液。

 けれど数秒の均衡ののち、鈍い音を立てて破壊された。


「くそがぁー!」

「やあああああああっ!」


 カタナちゃんと縦横無尽に空を駆けながら、出番を待っていた魔法を解放していく。

 忙しく色を変える薬品も鳴り響く銃声も怖くない。


 わたしは桜色ひかるだから。

 カタナちゃんのヒーローだから!


「チッ、モブ子! そいつ抑えてろ!」


 空中戦では分が悪いと気づいて、ケミカル・ビーカーは倒壊したビルに隠れた。

 あとを追って、地面に足が着かないギリギリの高さを飛ぶ。すると、荒い息遣いの声が聞こえた。


「……てめぇ本当にわかってんのか? こうしてる間にもウチの仲間が個人情報を」

「あなたに仲間はいない」


 臆することなくキッパリと言える。

 例のアカウントは、わたしが戦い始めてから姿を見せていない。

 すでに個人情報を発信しているなら、今さらこんなことを言ってこないはず。それに、あの森で浮かんだ疑念も忘れてはいない。


「なにを根拠に」

「根拠なんてないよ。でもね、わたしだって対戦相手のことくらい調べる。あなた、モブ子ちゃんも従わせてるでしょ?」


 離れたところで、銃声と剣劇の音が聞こえる。


「二年前。FPSの世界大会でモブ子ちゃんはミスをして、それが原因で一回戦敗退になった。一部のチームメイトや界隈ではかなり叩かれたみたいだね。でも半年もせずに、元チームメイトたちは騒動の責任を取る名目で引退した」

「それがどうした? 自然なことだろ?」

「自然かな? 仲裁に入ってた子や企業所属だったVまで全員引退したのに」


 小さな物音は風によるものだった。

 近くにいるのは確かなはずだけど、声が妙に反響している。


「わざわざバトルしてまで登録者を増やしたいケミカル・ビーカーは、たぶんメインのアカウント。そんな自分といっしょに戦うパートナーとまで歪んだ関係のあなたに、仲間と呼べる人はいないんじゃないかな?」

「……ボム・リキッド」


 低い声と共に周囲の瓦礫が爆発した。

 

「ガードボール!」


 防御が間に合ってダメージはゼロ。

 でも飛んでいたせいで踏ん張りが効かなくて、少し飛ばされてしまった。


「きゃっ!」


 ぶつかったのは壊れた大きな看板。

 そこに貼りついてた白くて半透明のネバネバしたものが、ガードボールの消えた体に絡みついた。


「スライム・リキッド。飛ばす方向も計算して罠を張ってたんだよ、馬鹿が」


 地面のアスファルトを溶かして、怒りと嘲笑が混ざった顔が浮かんできた。

 地下に隠れてたから、罠を仕掛ける隙も与えてしまったんだ。


「仲間なんて天才には必要ないんだよ。Vテイナーなんて、リアルじゃ成績も悪くて才能もないのにイキがってる馬鹿ばっかだろ? 見てる人が不快にならないように、ウチは間引きしてるんだよ!」


 音声に小さなノイズが入ってる。

 たぶん細く伸びたスライムを伝って、周りに聞こえない声で話してるんだ。


「お前もそうだ。人との関りを自分で断ったクセに、Vになって愛されようなんて。みっともねぇ承認欲求と恥知らずな自己愛の塊が作った、ただのデータだろうが! そんなもん、消えちまっても問題ないだろ!」


 さっきまでのわたしなら、震えて泣いて傷ついただろう言葉。

 でも、今は痛みを受け入れられる。

 

 自分にあるものも、ないものも、ぜんぶわかっているから。


「たしかにリアルじゃ、わたしはみっともない人間かもしれない。でも、Vテイナーの世界もれっきとした現実。ただのデータなんかじゃない、血と魂の通ったもう一人の自分! むこうで笑えなくても、こっちで輝けるなら! どっちの自分も救われる! その可能性はみんなにあるべきものだから」


 スライムの冷たい感触が消えるほど体が熱い。


「だからあなたを許さない」


 見下していた視線がブレて、小さな恐怖が垣間見えた。

 でもきっと認めたくないんだろう。頭を振って睨みなおした。


「許さないからなんだってんだ! お前はこのまま消えるんだよ! イエロー・リキッ」

「きゃあああああああああっ!」


 甲高い悲鳴と共に、飛ばされてきたモブ子ちゃんがパートナーに衝突した。


「な、なにしてんだ、このグズ! 海月カタナはどうした!?」

「ここにいる」


 落ち着いたさざ波のような声が、目にも止まらぬ剣技でスライムを断ち切ってくれた。


「ありがとう、カタナちゃん」

「いえ、それほどでも。ご自分でもなんとかできたみたいですし」


 逆手に持ち替えたワンドで奇襲を狙っていたことがバレてる。


「くそっ! 動かねぇならそのまま盾になれ!」


 ぐったりしたモブ子ちゃんの陰に隠れて、ケミカル・ビーカーが吠えた。

 

 よかった。あなたがずっとムカつく悪役でいてくれて。

 おかげで遠慮なく撃てる!


「魔力光線!」


 二人を捉えた閃光は強烈に美しく。

 廃墟の街を桜色に染めた。

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