第2話 『バトルライブ・スタート!』

 小柄な女の子が噛みつくように睨んでいた。

 今度は垂れた犬耳少女で両手足と胸、下半身が白い毛に覆われていて、フワフワの尻尾も見えた。

 

『だれ?』

『新人狩りじゃね?』

『なんかキレてない?』


 いきなりの事態にコメントは困惑気味だ。

 でも、わたしは鎮まりかけた興奮が再び熱を帯び始めていた。


「ケモミミ系子犬Vのワンワン・ルーちゃん! 今年デビューの新人の中でもクオリティ高いメスガキ属性で、ファンネームは群れたち! どうしよう、またモフモフが目の前に」

「触らせねぇよ! まぁ、ルーのことを知ってるのは褒めてやる。けどな!」


 人差し指の肉球と爪が鋭く伸びた。


「ユキノお姉さまとイチャつきやがったのは許さねぇ!」


 鼻息荒くウィンドウを操作したかと思うと、わたしの画面に《挑戦者!》の文字が点滅した。


「受けろよ! ルーがアリーナ・バトルの洗礼を与えてやる!」

『ただの嫉妬で草』

『新人狩りで草』

『せっかくのスタートに性格終わってるやつが絡んでて草』

「うるさい! どっちの味方だお前ら!」


 あちらのコメントは大草原みたいだけど、どうしたらいいだろう。


「もし万が一ルーが負けたら、お前のアリーナ活動を手伝ってやる。最初はガセ情報に騙されたり、効率悪いことして伸び悩むんだよ。悪い話じゃないだろ?」

『受けなくてよくない?』

『初戦としては相手が悪い』

『ひかるちゃん逃げてー!』


 みんなは慎重で否定的な意見が多い。

 たしかに冷静に考えれば戦う理由なんてない。

 でも、どうしてだろう。

 こんなに胸がドキドキするのは。

 ウィンドウの点滅から目が離せなくなっちゃってるのは!


「ごめん、みんな。わたし戦ってみたい!」


 言い終わると同時に、わたしは挑戦を受けるアイコンをタッチしていた。


「いい度胸だ。嫌いじゃないぜ」


 子犬とは思えない好戦的で高圧的な笑み。

 小さな顔に浮かんだそれが、今から始まる戦いの激しさを物語っていた。


「「バトルライブ・スタート!」」


 周囲がバトルステージに作り変わり、全身が金色の光に包まれていく。

 耳元でAIの淡々とした音声が聞こえた。


 データ照合……桜色ひかる。

 チャンネル登録者数・一二〇四人。HPに変換されます。

 雑談配信、最高グッド数・三九。

 最高ナイスコメント数・二二。

 最高スパチャ額・一〇二〇〇。ステータスに変換されます。


「えっと、合計が力・防御・素早さに振り分けられるから……防御を多めにしようかな」


 メインウェポン選択。

 ゲーム配信、歌配信、実写配信の中から変換する実績を選べます。どちらにしますか?


「ゲームが物理武器、歌が魔法系、実写はやってないから関係ないか」


 初めてだと一番悩むのがこの武器選択らしい。

 けれど、わたしはここに来る前から決めていた。


「みんなといっしょに盛り上がった、アニソン配信!」


 歌配信が選択されました。

 最高グッド数・八一。

 最高ナイスコメント数・三〇。

 最高スパチャ額・二〇一〇〇。タイプ《ワンド》が選択されました。

 読み込み完了……実装開始。

 

 本当に夢みたい。

 小さい頃、まだ世界が輝いて見えていたあの頃。

 憧れていた画面の向こうのヒーローみたいに。

 わたしに、力が満ちていく。


「夢と元気を届ける桜の妖精! みんな、こんひかる! 桜色ひかるです!」

『がんばれ!』

『やるなら絶対勝つんだ!』

『下・剋・上!』


 お決まりの挨拶を叫ぶと、盛り上がるスタンプと心強い言葉が飛んだ。

 けれどもそれは、相手も同じ。


「言うこと聞かなきゃ噛んじゃうぞ! ルーがワンワン・ルー様だぁ!」

『ちくしょうかわいい!』

『わがままも許しちゃうから困る』

『しかたねぇ、応援してやるか』


 近未来の都市はいつの間にか、無機質な四角い障害物が並んだ場所になっていた。空に大きく《ベース・バトルステージ》の文字が浮かんでいる。となりのカウントダウンは三〇秒を皮切りに減り続けていた。


「初戦の奴が戦うとき、ステージはここに固定だ。余計なギミックとかはねぇ。いいか、手加減は」

「みんな見て! あんな短い間に登録者が二〇〇人以上も増えてる! ユキノさん効果ヤバいっ!」

「話を聞けぇ!」


 自分のHPに感動していると、甲高い声で吠えられた。


「よく見ろ! ルーは三一〇三人だ! それに武器だってお前のはレベルⅡ、ルーのはレベルⅢだぞ!」


 言われて、自分の持つ魔法の杖を見つめた。

 体操のバトンみたいな白い棒の先端に、ピンク色の宝石が付いている。

 名前の表記は《見習いの杖》でルーちゃんの爪は《鉄の爪》というらしい。籠手と一体化していて、防御力もありそうだ。


「だから勝てるなんて夢は見ないことだな。大人しくルーに八つ当たりされろ!」


 たしかに数値の差は一目瞭然。でも、わたしの闘志はさらに燃えた。


「勝ちます。だって夢と元気を届けるのが、桜色ひかるですから!」


 カウントダウンは残り十秒。


「言うじゃねぇか。泣いてもよしよししてやんねぇぞ」

「負けませんっ!」


 残り五秒。


《ルーキーランク。桜色ひかるVSワンワン・ルー。ノーマルルール適用、制限時間五分……》


 カウントダウン、ゼロ。


《バトル・スタート!》

「はあっ!」


 両手で杖を握って狙いを定める。伊達にVオタをやってはいない。

 バトルアリーナの配信はリスナーとしてずっと見てきたし、基本的な戦い方は頭に入ってる!


「魔法系は中・遠距離! ワンドのマジックボールは、こうして狙えば手振れ軽減になって当てやすく」

「なにを当てやすくなるって?」


 耳元で不敵な声が聞こえた。次の瞬間、十本の爪が体を裂いた。


「きゃあっ!」


 バトルでは痛みを感じない。

 その代わり、減ったHPに合わせて衣装と体に破損や傷が現れる。動きも鈍くなるし、こうして吹き飛びもする。


「両手で三〇〇くらいのダメージか。防御にステ振りしてんな?」


 土煙の向こうで冷静な声が聞こえた。

 この子は子犬なんかじゃない、捕食者だ。


「やあっ!」


 煙から飛び出し、走りながら攻撃を放つ。

 宝石と同じ色の光が飛んで行くが、軽いステップで躱されてしまった。


「へぇ、カタチはできてんじゃんか。でも、本物のバトルはそう甘くないんだよっ!」


 左右のフェイントを入れながら、小さな体が距離を詰めてくる。


「えいっ!」


 でも、わたしだってやられっぱなしじゃない。

 レベルⅡのワンドの攻撃は、モーションによって二種類存在する。

 まっすぐ狙えば威力の高いマジックボール。振り抜けば広範囲用の散弾だ。


「きゃんっ!」


 今度はうまく当てることができた。

 小さな光の玉の中から、かわいい悲鳴が聞こえた。


「く、くそっ! やりやがったな!」


 牙を剥く姿もじっくり見たいけど、欲を出してる場合じゃない。

 散弾は目くらましにもなるから、この隙に隠れないと。


「ルーちゃん、今の攻撃だけで二〇〇近くも減ってる……そっか。力と素早さにステータスを振ってるから、防御力が低いんだ」


 冷たい遮蔽物を背に息を整える。

 いろんな大きさの石柱があるけど、初心者用なだけあって地形そのものは単純だ。


「どうしよう。逃げながらで上手く戦えるかな」


 ほろりと弱音がこぼれてしまった。

 でも、俯きそうになった顔を持ち上げてくれるものがある。


『イケるイケる! がんばれ!』

『足動かして! ヒット&アウェイ!』

『俺たちがついてる!』


 そうだ、わたしはひとりじゃない。

 応援してくれる人たちのためにも、このバトルは絶対に勝ってみせるんだ!


「ありがとう、みんな!」


 前を向いて地面を蹴った。

 ルーちゃんほどではないけれど、わたしだって車を飛び越えるくらいのジャンプ力はある。

 音を立てないようにして、背の高い石柱の上に登った。

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