第3話 『初めてのパフォーマンス』

「……よし、バレてない。今だっ!」


 スナイパーのように狙いを定めマジックボールを放った。

 完全に反応が遅れた体に、見事命中することができた。


「きゃんっ! んなろぉ! よくもやったな!」

『悲鳴かわいい』

『被ダメ助かる』

『桜色さんもっとお願いします』

「だからどっちの味方だお前ら!」


 今ので三〇〇ダメージ。

 なんだか向こうにも味方がいるみたいだし、距離を保って時間をかければ倒せる!


「いっけぇ!」


 このチャンスを活かさない手はない。とにかく撃ちまくるんだ!


「舐めんなぁ!」


 速い。こっちも動きながら、狙いを読まれないようにしないと。


「ワンワンワンワンッ!」


 威勢のいい声が駆け回り、徐々に距離が近づいてくる。

 散弾はかすってくれているけど、多少のダメージでは止まる気配もない。


「くっ!」


 攻撃しながらでは、どうしても機動力で負けてしまう。

 もう一度距離を取るために、逃げに徹しないと。


「そうくると思ったぜ!」


 わたしが背を向けた瞬間、高らかに声が響いた。

 熱い息遣いと殺気が背中に迫っているのがわかる。


「もらったぁ!」

「ぐっ!」


 背中に衝撃が走った。でも、浅い!


「この距離ならっ!」


 爪撃を受けたおかげで、少しだけ距離が空いた。

 体を回して、ルーちゃんの眉間にしっかりと握った杖を突き付ける。


「っらぁ!」


 あと二秒。あと二秒あればマジックボールを撃てたのに。

 ルーちゃんは攻撃の勢いそのままに回転し、わたしの杖にかかと落としをくらわせた。


「どうだっ! ルーを舐めん」


 声が途中で止まった。

 きっと、堪えきれなかったわたしの笑みを見たんだ。


「もっと上のランク帯でしか見たことのない、捨て身の攻撃っ!」


 ルーちゃんなら防ぐと思った。

 好戦的で身体能力の高い彼女なら、杖を払うか叩き落としてくるのも予測できた。

 だからわたしは杖をしっかり握っていた。

 絶対に落とさず、次に繋げるために!


「散弾マジックボール・零距離掃射!」


 空に向かって思いっきり振り上げた。

 眩しい光は玉の形になるや否や、ほとんどが間近で炸裂した。


「きゃいん!」


 大量の爆竹みたいな音の中で悲鳴が響いた。

 声はみるみるうちに遠のき、正面に立ち並ぶ石柱に激突した。


「やったぁ!」

『うおおおお! ナイス!』

『すげぇ! ひかるちゃん強いっ!』

『ワイは信じてたで!』


 コメントも大盛り上がりっ!


「よぉし! このまま一気に攻めます!」


 アリーナ・バトルは障害物もダメージを与える手段になる。

 ルーちゃんのHPは残り一〇〇〇を切った。今がチャンスだ。


「いっけぇ!」


 狙いを定め、逃げ場がないほどのマジックボールを連射した。


「――――パフォーマンス!」


 叫び終わるや否や、ルーちゃんを金色のバリアが囲んだ。

 襲いかかったマジックボールは瞬く間に霧散し、攻撃が通ることはなかった。


「しまった!」

「認めてやるぜ新人! ルーをここまで追い詰めるなんてよぉ。でも、目立つのはここまでだ」


 不敵に笑う子犬の顔は勝利を確信している。

 丸いバリアはゆっくりと彼女を地上へ降ろした。


「パフォーマンス……戦闘中に一分間だけ視聴者にアピールできるサービスタイム。その間はどんな攻撃も通らない無敵状態」

「それだけじゃねぇ。この一分で得た評価はスペシャルスキルに変換される。つまり、必殺技を創り出せるんだよ!」


 待機時間の終わりが近づくと、ルーちゃんは勢いよく両手を広げた。


「さぁ、盛り上げてくれよ群れたちぃ!」

『待ってましたぁ!』

『ルーさまぁ!』

『準備完了っ!』


 飲み込んだ唾の音がいやに大きい。

 パフォーマンスの内容はVが自由に決められるだけあって、なにをするのか予想ができない。

 スタートの文字が空に光ると、ルーちゃんは大きく深呼吸をした。


「ワンワン・ルーの耳舐めASMR」


 ささやかれた甘い声は全世界に向けて発信された。


「ちゅっ……はぁ……っちゅ……こんなのがいいんだ? ヘンタイ」

『ヘンタイでぇぇぇぇす!』

『あぁ……脳がとろける』

『やっぱワンワン・ルーがナンバーワン』

「くっふぅ! た、たまらん!」


 あぁ、なんと甘美な刺激でしょう。


『ひかるちゃん、しっかり!』

『こっちが夢中になってどうすんの!』

『気持ちはわかる』

「ハッ! そうだった!」


 勝負の最中だというのに身悶えしてしまった。

 同時に一分が経過し、結果を知らせる音声が響いた。


 ワンワン・ルー、パフォーマンス結果。

 グッド数・一〇四。

 ナイスコメント数・六二。

 スパチャ総額・六五四〇〇。

 合計・六五五六六。

 スペシャルスキル解放 《名刀の猛獣》


 ルーちゃんを守っていた光が、今度は肉体と武器に宿っていく。

 鉄の爪が伸び鋭い十本の刀と化した。迸るエネルギーが、小さな体を何倍にも大きく感じさせる。


「へぇ、今までで一番の数値だな。やっぱエロ系が一番稼げるな!」


 おもむろに右手を振ると、五つの斬撃が石柱を切り裂いた。


「なっ」

「じゃ、スペシャルスキルも一分しかねぇからよ。速攻で終わらせてやる」


 正面で聞いていたのに、言葉の終わりは背後で聞こえた。


「あばよ」

「パフォーマンス!」


 本当にギリギリだった。

 彼女の瞳に自分の怯えた顔が見えたけど、なんとか猶予を得ることができた。

 バリアが攻撃を弾き、安全圏に体を押しやっていく。


「やるじゃねぇか」


 必殺の一撃を防がれたにもかかわらず、ルーちゃんはまた不敵に笑った。


「でもお前がパフォーマンスをしてる間、ルーのスペシャルスキルは持続時間の時計が止まる。わかってんのか? 一分後ルーに勝つためには、さっきの数字を超えなきゃなんねぇんだぞ?」


 ルーちゃんの言うとおりだ。

 そもそもの人気から三倍近い差があるのに、短い時間で彼女以上の魅力を出さなきゃいけない。

 そんな爆発力のあるコンテンツが、わたしにあるだろうか。


「ほら、時間だ。楽しませてもらうぜ」


 スタートの大きな文字が点滅してる。もうインターバルが終わったの?


「え、えっと、桜色ひかるです! あの、今日がアリーナデビューで」


 ぐるぐると目が回る。励ましてくれるコメントも、ぜんぜん頭に入ってこない。


 なにをすればいいんだろう。

 残り数十秒でどんなアピールができる?

 歌は得意だけど、時間が短すぎるし勝てるとは思えない。


 もちろん、数字で負けても立ち回りで勝ったバトルはいくつもある。けれど、あのスピード相手じゃ小細工は通用しない。

 真っ向からぶつかるなら、ここは絶対になんとかしないと!


「えっと、あの、だから、今日は特別な日でして」


 ASMRもシチュエーションボイスも、わたしはえっち系なんてしたことない。

 でも、センシティブなものが一番数字を稼げるなら……今のわたしで一番近いものは。


「は、配信に集中したくて! 布の感覚とか邪魔だから! だから今、裸で配信してます!」

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