第4話 『初戦を終えて』
甘いささやきとは真逆。混乱したままの叫びがこだました。
ただ無我夢中で、自分でもなにを言ったのかわかっていなかった。
『マジ?』
『エッッッッ』
『はいギャップ萌え!』
一瞬の間があったかと思ったら、大量のコメントが視界を覆った。
「あああああの! い、今のは嘘ってわけじゃないんですけど、わ、忘れてくださいぃ!」
「おいおいおい! そんなの証明できないだろうが!」
同じくらい慌てた様子でルーちゃんが吠えた。
『たしかに。でもだからこそ捗る』
『こんな純粋そうな子が言うから価値が生まれるのだよ』
『シュレディンガーの全裸』
「このエロ馬鹿どもぉ!」
コメントの隙間から地面を蹴飛ばす足が見えた。
直後、結果を知らせるアナウンスが響き渡った。
桜色ひかる、パフォーマンス結果。
グッド数・一一二。
ナイスコメント数・九八。
スパチャ総額・八〇五〇〇。
合計・八〇七一〇。
スペシャルスキル解放 《
一分間で得た応援が余すことなく降り注ぐ。
やがてゆっくりと杖に伝わって、大きなマジックボールを生み出した。
「すごい……みなさん、ありがとうございます!」
まるで、わたしの髪と同じ色の太陽があるみたい。
「ありえない……ルーがこんな新人に」
泣きそうになっているのか、震えた叫びが飛んできた。
「まだ終わってない! ねぇ、群れたち! ルーのこと応援してよ!」
『もちろん!』
『なんだかんだ言っても、おれたちはルー様の味方だよ』
『魔法よりも速く走ればワンチャンある!』
周囲に浮かぶコメントに背中を押されるように、子犬が牙を剥いた。
『これで決めよう!』
『応援してる!』
『ひかるちゃんに勝利を!』
でもそれは、わたしだって同じだ。
「はああああああああああああああっ!」
「やああああああああああああああっ!」
駆け出したルーちゃんに向けて杖を振り下ろす。
最大の魔法が一直線に襲いかかった。
「きゃああああああああああああん!」
斬りかかった爪に触れると同時に大爆発が起きた。
眩い閃光のあと、現れたのは倒れたルーちゃん。
そしてYОU WIN の文字だった。
勝者、桜色ひかる!
「わたしが、勝った?」
自分の目と耳が信じられなかった。
けれど喜びがお腹の底から込み上げてきて、現実がだんだんと染みわたっていった。
「やっったー!」
思わず飛び跳ねた。
まさか初戦を、しかもワンワン・ルーちゃんを相手に勝てるなんて!
『おめでとう!』
『うおおおおお! すごい!』
『今日はお祝いだぁ!』
「ありがとう! みんなのおかげだよ!」
コメントも今までで一番のお祭り騒ぎだ。
バトルステージからベースエリアに景色が変わっていく。再び現れた近未来の街で、わたしは大勢の人から拍手を受けることになった。
「初勝利おめでとう! すごいね、きみ!」
「見てたよ! ワンワン・ルーに勝つなんてやるじゃん。今度コラボしようよ」
「次は私とやらない?」
「えっと、あの」
直接目を見て言われると恥ずかしい。
それにここにいる人たちは、全員がVテイナー。よく見ると応援してた顔もあって、緊張と興奮で呼吸が荒くなる。
「どけどけどけぇ!」
ひとごみの中から高い声がした。
個性豊かなVたちをかき分けてきたのは、たった今バトルを終えた犬耳少女だった。衣装の破れや傷は元通りに治っているけど、目からは涙が流れている。
「よく聞け新人! ルーはお前より弱いなんて認めないからな! あんなラッキーパンチ、何回も出るわけじゃ」
「でも、今回の負けは素直に認めないとね?」
涼し気な声は優しくも厳しさを感じられた。
手を叩くユキノさんに、周りの人たちは自然と道を開けた。
「ユ、ユキノさん!」
「お姉さま!」
ルーちゃんの目がハートになって、尻尾がぶんぶんと振られた。
「ふたりともお疲れ様。そして、ひかるちゃんは初勝利おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
「ルー。きみの実力はアタシだって認めてるよ。けど、これ以上は負け犬の遠吠えになってしまう。ちゃんと対戦相手に敬意を払わないとね。仮にも牙団員だったのなら、負けたあともカッコいい振る舞いをしてほしいな」
「は、はいぃ」
大きな手が垂れ耳を優しく撫でた。
そうか、ルーちゃんは元々ユキノさんのリスナーさんだったんだ。
「……今回は負けた。途中の戦い方もすごかったし」
咳払いをして向き合った表情は、バトル中では見ることがなかった愛らしさがある。
というか、上目遣いの破壊力がヤバい!
「ひかるは強い。ルーが認めてやる」
「あ、ありが……って名前呼んでくれたぁ!」
「きゃうん! いきなり抱きつくな! あっコラ、耳をモフモフするなぁ!」
「うんうん。バトルが終われば、みんな同じVなんだ。仲良しが一番だよ」
わたしたちの様子を眺めて、ユキノさんは満足げに笑った。
「じゃあ、アタシはコラボの準備があるから。ルーはちゃんと約束を守るんだよ? また会おうね、ふたりとも」
「はいっ!」
「コラボ絶対見に行きますお姉さま!」
優雅に振られた手と尻尾に頭を下げ、ユキノさんを見送った。
「よしっ! お姉さまに言われたし、ワンワン・ルーに二言はねぇ! ひかるのアリーナ活動、手伝ってやるよ!」
「ほ、本当? ありがとう、ルーちゃん!」
「でも、その前に」
小さな呟きのあと、フレンド申請が送られてきた。
ウキウキで承認すると、間髪入れずに秘匿チャットの画面が開いた。
「本当に裸なのか証明しろ」
慌ててルーちゃんを見ると、圧のある視線が向けられていた。
これは有耶無耶じゃ許されそうにない。実写配信用のカメラはないから、恥ずかしいけどいろいろ隠した写真を送信した。
「こ、これでどうにか」
「……負けたぁ」
なぜかルーちゃんは、さっきよりも涙目になってしまった。
思いもよらないアクシデントが続いたけれど。
わたしのバトルアリーナ生活は、ここから始まる!
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