第5話 『考えないといけないこと』

 マイルーム。

 Vではないリスナーや登録者が一〇〇〇人を超えていない人でも、プライベートな空間として使える機能。


 バトルの参加者は特典として購入できるアイテムが増えたり、他のVを招くこともできるようになる。いっしょに歌ったり映画やアニメを見たり、わたしもすごく楽しみにしていた。


「おらっ! 次はタンスのカラバリをコンプだっ!」

「ル、ルーちゃん~。ちょっと休憩を」

「ダメだ! ルームの内装は、解放して二十四時間以内に各種カタログを見るだけでマニーがもらえるんだよ! さっさとウィンドウ開けっ!」

「ひいぃぃぃぃ!」


 そこでしごかれることになるなんて、想像もしていなかった。


 ユキノさんと別れたあと、わたしはルーちゃん直伝のスパルタ指導に汗を流すことになった。

 内容のほとんどは、効率よく初回ボーナスを回ってマニーを貯め、限定のアイテムや新人値引きのサービスを受けるという作業だった。


 大したことないと甘く見ていたけど、二日目になっても濃密な時間は続いている。


「……よぉし! これでもらえるマニーはほとんどもらったな! いやぁ、配信以外の動画があれば、実績をマニーに変換できたんだけどなぁ。一個もないから気合い入れちまったよ!」


 初回限定で安く買えたベッドに横たわるとなりで、ルーちゃんは達成感に溢れた笑みを浮かべた。


「よくがんばったじゃんか。褒めてやるぜ!」

「あ、ありがとうございまふ」


 八重歯がキュートな笑顔には癒しの効果があるようだ。


「さてと……なぁ、ひかる。お前、ちゃんと配信は切ってあるよな?」

「えっ? う、うん。ルーちゃんに言われてたから、今日は朝からお休みってことにしてるけど」

「よし。じゃあ、自分のチャンネル見てみろ」


 言われるがままにウィンドウを開く。

 言われてみれば、昨日から忙しすぎてろくに自分のチャンネルを見ていない。


「えーっと『桜色ひかるのサクラサクチャンネル』このヘッダーのイラスト気に入ってるんだよねぇ。登録者数は」


 自分の目を疑った口が、衝撃で言葉を失った。


「がんばって言ってみ?」

「……チャンネル登録者数五二〇〇人」


 昨日まで一二〇〇人くらいだったのに!


「おぉ~、思ったより増えたな」

「な、なんで?」

「そりゃあ、昨日のバトルでバズったんだよ。デビュー戦で格上相手に勝ったんだから。こ・の・ルー様にっ!」


 八つ当たりでほっぺをぐりぐりされるけど、ふわっと撫でる毛がくすぐったい。


「しかもお姉さまとの絡みもあったからな。ルーキーランクでけっこう話題になってるぜ? ま、それはルーもだけどな」


 ルーちゃんはドヤ顔と自分のウィンドウを見せつけてきた。


「登録者数六八九〇! 一応、礼を言っとくぜ」


 嬉しそうな姿は、お気に入りのおもちゃを見せる子犬にしか見えない。


「ルーちゃんもすごい伸びてる!」

「しかもメンバーシップも増えたんだ。あのパフォーマンスみたいなのは、そっちでしかやってないからな。エロ馬鹿どもが金落とす、いい宣伝になったぜ!」

「言い方……」


 とっても口が悪いけど、ルーちゃんの性格は表裏がない。

 いっしょにいて不快に感じることはないし、きっとリスナーさんも魅力として受け入れているんだと思う。


「よし、じゃあ次は作戦会議だな」


 となりにドカッと座ると、ベッドの反発で小さい体がわずかに浮いた。


「作戦?」

「あぁ。ひとまず、次のバトルは挑戦者が来てもまだ受けるな。新人は経験詰みたいって闇雲に戦いまくるけど、そんなの勝率稼ぐ奴らのいいカモになるだけだ」

「わたしもダメ? もっとバトルしたいなぁって思うんだけど」


 かしげた首に、呆れたため息が当たった。


「こんだけ登録者増えてんだ、配信してからじゃないともったいないだろ」


 頭に浮かんだなるほどっ! の言葉がそのまま飛び出した。


「バトルで計算されるのは、実績の中で一番数値のいい配信だ。同じ動画の適用は一年間しかないけど、記録が更新されりゃそっちに切り替わる」

「そっか。雑談を更新すれば、振り分けられるステータスが上がるもんね!」

「武装もそうだ。たとえば歌枠は配信後のコメントも盛り上がりやすいから、いい数値いくんじゃないか? もっと高いレベルのが使えるようになるぞ」


 アリーナデビュー前夜のワクワクが胸に蘇ってきた。

 一〇段階ある武器のレベルは、高ければ高いほど強力になるし技も多くなる。高レベルのワンドなら、本物の魔法少女にだってなりきれるはずだ。


「……夢見てるとこ悪いけどな、真剣に考えなきゃいけねぇこともあるんだぞ」


 飛んできたデコピンをもろに受けてしまい、ベッドに倒れてしまった。


「昨日も言ったけど、あのパフォーマンスは基本的に一回こっきりのラッキーパンチだ。そう何度も使えないし、これからデメリットも受けると思うぜ?」

「デメリット?」


 パフォーマンスの効果にそんなものはなかったはずだけど。


「増えたリスナーの中には絶対にエロ馬鹿もいる。セクハラまがいのコメントが増えるだろうし、裸族のイメージが付きまとうだろうよ。すでに切り取りも出回ってるし」

「えっ!」

「ほれ」


 ウィンドウに送られてきたページを開くと、パフォーマンスの部分が知らない人に切り取られてアップされていた。

 動画についたコメントは『かわいい』といったものもあるけど、性欲がにじみ出ているものも多い。


「だからパフォーマンスは必殺技なんだ。思いつきの過激なやつは下手すりゃデジタルタトゥーになる。かといって普通のことをしても数字は稼げねぇし、二番煎じは飽きられる」

「……どうすれば」


 起き上がれずに天井を見ていると、眩しい黄色い瞳が顔を覗き込んできた。

 

「だから考えるんだよ。ひかるはまだどうにでもなる。とりあえず大事なのは次だ。配信は初見のヘンタイを上手くやり過ごして数字を稼ぐ。パフォーマンスは裸のイメージを払拭させて、自分の持ち味になるようなものをやるんだ」

「えぇっ! そんなの難しすぎるよぉ」


 弾け飛んだ泣き言に、ルーちゃんはあの不敵な笑みを浮かべた。


「ルーに任せろ。お姉さまとルーが認めた女を、こんなとこで腐らせるようなマネはしない」


 ヤバい、この距離で見たらイケメン過ぎて鼻血出そう。


「ん?」


 幸か不幸かルーちゃんのウィンドウに通知が入り、キスを期待する距離が離れた。


「ちょうどいい! ひかるっ、出かけるぞ!」


 フワフワの犬耳少女は勢いよく立ち上がると、流れるようにわたしの手を引いた。


「で、出かけるってどこに?」


 もしかしてデートだろうか。


「注目してたVがバトルするんだ。見逃さないように通知入れてたくらいなんだぞ? きっと、ひかるの参考に……って、なんでヨダレ垂らしてんだよ」


 浮かれかけた気持ちを正し、口を拭いた。


「ルーちゃんがそんなに注目してるなんて、どんな子なの?」


 ウィンドウで転送先を選んでいたルーちゃんは顔を上げ、八重歯を見せた。


「今のルーキーランクで、もっとも最強に近いVだ」


 任意の場所に一瞬で移動する転移の青白い光。

 いつものわたしなら、流れ星に包まれるようなこの光をきれいだと感動していたはず。


 なのに今は。

 耳にした「最強」の言葉が気になって仕方なかった。 

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