第6話 『海月剣姫』

 炭酸の泡みたいな光の粒がシュワシュワと弾けて消えていく。

 広がった景色はすり鉢状の客席で、中央には巨大なスクリーンが浮かんでいる。


「ここは?」

「同接数が一万人を超えたバトルを見られる、特設会場だ。自分のウィンドウでもいいけど、迫力を味わうならやっぱここだ」


 慣れているのか、ルーちゃんは集まった人たちの間をぐんぐんと進んでいった。

 まだなんとか通れるけど、観客の数は増え続けている。


「す、すごい人だね」

「ルーキーランクでここの中継が入るなんて、滅多にないからな……おっ、いい場所が空いてた」


 ルーちゃんに促されて、右側の中腹辺りに並び立った。

 そびえるスクリーンは、どの角度から見ても正面に見えるようにプログラムされている。


「始まるぞ」


 まるで示し合わせたかのように、この場の全員が声を飲み込んだ。

 スクリーンで回っていたロード画面が消えると、キャップを被った女の子が拡声器を片手に元気よく飛び出した。


「さぁ、やって参りました! 実に五十六日と五時間一〇分ぶり! ルーキーランク帯バトルの特別中継でございまーす!」


 鼓膜に響く声に、気持ちを盛り上げる歓声が続いた。


「実況はワタシ、バトル・アリーナ実況部の新しい元気印っ! サン・ライトがお送りいたしまーす!」

「いいよなぁ、一万人超えたらこうやって実況が入るんだぜ?」


 ふてくされたように呟くルーちゃんもかわいい。


「さぁ、今回お届けする対戦カードはこちらっ!」


 画面が切り替わり二人のVが映し出された。


「燃えるぜ闘魂アツいぜ人情! 今最も勢いのある男性Vといえばこの漢! 万丈気炎ばんじょうきえん!」


 昭和の漫画に出てきそうな劇画の作風。

 分厚い胸板とサラシを巻いた腹筋を見せつけ、学ランをなびかせる大男が腕を組んでほくそ笑んだ。


「現在脅威の十六連勝! 深海からやってきた戦う姫君! 海月うみづきカタナ!」


 むっとするような圧のあと、対照的な涼やかな風が吹いたようだった。


 ひとつに束ねた青い髪が静かに揺れて、クラゲをモチーフにしたドレスはすごくかわいのに、腰の刀と彼女の瞳は鋭く佇んでいた。


「あの人が」

「そうだ、あだ名は海月剣姫くらげけんき。先月のデビューから連勝続けまくって、ランキング九位になりやがった」


「えぇ! ランキングって、上のランク帯にいくためのバトルランキングのこと?」

「あぁ。でもよ、万丈のダンナは格上の六位。男のVは女に比べて人気が出ねぇって言われてるのに、デビュー以来国内外に根強いファンがいる。それに、連勝前の海月剣姫に一度土をつけてるからな。二人とも実力はルーキーの枠を超えてるよ」


 思わずため息が出た。

 デビューしたての自分と比べるのは失礼かもしれないけど、二人とも次元が違う。


「っていうか、お前Vオタなのに知らなかったのかよ」

「主にアイドルとか微エロ系の子たちをフォローしてましてぇ」

「まぁ、たしかに二人ともの配信はコアなタイプだし……っと、そろそろか」


 彼女たちの紹介が終わり、映像がバトルステージへ変わった。


「ステージは荒野、ノーマルルールが適用されます! さぁ、ステータスと武器の選択が終わりました!」


 再び二人のアップが映し出され、バトル前の会話が聞こえてくる。


「最近調子がいいみたいじゃのぉ、海月嬢! だがな、それはワシも同じこと。もう一度辛酸を舐めさせてやるわ!」


 怒号と共に拳を突き出し、現代の番長は子どもなら泣いてしまうプレッシャーを放った。


「そうですか」


 返されてのは静かな声。鞘から抜かれる刃の音が、背筋を不気味に撫でた。


「私も負けるつもりはありません。さらなる高みへ至るため、勝たせていただきますっ!」


 カウントダウンがゼロを示す。

 開戦を告げるブザーが鳴り響き、番長と剣士が動き出した。


「どらああああああああああああ!」

「はああああああああああああっ!」


 小細工はなく、真正面からぶつかり合う。

 カタナちゃんの振り下ろしは紙一重で躱され、万丈さんの拳は鍔に防がれた。

 互いの間合いを常に取り合いながら、火花散る激しい攻防が繰り広げられていた。


「す、すごい……」

「あぁ、二人とも実力はルーキーのそれじゃあねぇよ。でもよ、海月剣姫はまた一味違うんだぜ?」


 ニヤリと笑ったルーちゃんから、カタナちゃんのデータが送られてきた。


「見ろ。ダンナのメリケンサックはアリーナの武器だけど、あの刀は元々衣装に描かれてるもんだ。攻撃力は一切ない」

「えっ! じゃあ、カタナちゃんの武器は」


 選択している配信に目をやる。そこには『実写』の文字があった。


「海月剣姫が使ってるのは特殊武器。水を操ってやがるんだ」


 改めて戦いに注目すると、たしかに振るわれる日本刀からはわずかな水滴が飛んでいた。


「で、でもどうやって?」

「普通なら水飛ばして終わりだが、あいつは刀身に纏わせてんのさ。たぶん、マジな刀並みの切れ味があるぜ?」


 背筋がぞくっとした。

 戦闘センスなんてものが、本当に存在するなんて。


「あっ!」


 一進一退の戦いは、砂を巻き上げたカタナちゃんの目くらましで動いた。

 左に回り込んで、素早い横払いを繰り出す。


「甘いわぁ!」


 動きを読んだ万丈さんは、メリケンサックのわずかな部分で刀を受け止めた。

 どっちもありえないことをしてる。


「どっせい!」


 そのまま力で押し込むと、刀身の上から強烈な一撃をくらわせた。


「くっ!」


 顔を歪ませたカタナちゃんに、石みたいな拳が振り下ろされる。

 なんとか後ろに跳び退いたあとには、えぐれた地面が生み出されていた。


「また一段と速くなったのぉ。通信環境が良くなったか?」

「はい。モーション・リンク・システムを導入しました」


 煽るような笑みに、カタナちゃんは律儀に答えた。


「モーション・リンク……たしかVギアでの脳波操作に加えて、実際の動きを読み取るんだっけ?」

「あぁ。剣姫はマジな剣術使いなんだ。実写の配信も、刀の握り方とかやってるからな」


 じゃあ、本当に剣を振り回して戦ってるんだ。

 彼女から感じる圧が、さらに増した気がする。


「参りますっ!」


 カタナちゃんの体が揺れたかと思うと、頭から砂埃が立ち込めた。

 気づいたときには、きれいな剣士は番長の懐に潜り込んでいた。


「パフォーマンスぅ!」


 野太い声と共に金色のバリアが展開された。

 強烈な一撃は弾かれ、カタナちゃんは顔をしかめた。


「お前相手に手は抜けんからのぉ。使わせてもらうぞ」


 ニヤリと笑った万丈さんは、羽織った学ランを捨てて大きく息を吸った。


「万丈応援歌第一ぃッ! 腹から声出せぇ舎弟どもぉ!」


 文字なのに暑苦しさを感じるコメントの嵐が巻き起こり、オリジナルの応援歌が歌われた。

 観客の中にも歌ってる人がいるし、ルーちゃんも小さく口ずさんでいる。


 万丈気炎、パフォーマンス結果。

 グッド数・一三〇。

 ナイスコメント数・一〇二。

 スパチャ総額・八九八〇〇。

 合計・九〇〇三二。

 スペシャルスキル解放 《豪気の拳》


 身に纏った赤黒いオーラは、拳のメリケンサックを中心に燃え上がる。

 まるで物語の赤鬼が立ちはだかってるみたいだ。


「っしゃあ! みんなも気合いが入っとったようじゃのぉ。んじゃあ、覚悟してもらおうかのぉ」


 速さも格段に上がった一撃必殺の拳。

 ただ映像を見ているだけなのに、撃ち出されたパンチはゾッとする恐怖を与えてくる。


 もうパフォーマンスを叫ぶ隙もない。

 勝負は決まったと思った。

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