第7話 『見えたもの、魅せられたもの』
「ふっ!」
けれど、拳は空を切り衝撃波が大地を駆けた。
カタナちゃんは武器を使って受け流し、ギリギリのところで躱していた。
「まだまだぁ!」
ドスの効いた声と共に恐ろしい連打が繰り出されていく。
しかし、当たらない。
オーラが掠る程度でHPの減少は微々たるもの。自信に満ち溢れていた番長の顔は、焦りと驚愕に染め上げられていった。
一方で、剣を操る姫君は。
スカートをひるがえし、ゆらゆらと漂うクラゲのように躱し続けている。
「く……くそがああああああ!」
業を煮やした万丈さんは、渾身の力を込めて拳を振り上げた。
けれど。
タイムアップ! スペシャルスキルは消滅します。
無情にも響いた音声に、纏っていたオーラが攫われていった。
「なっ!」
「――――反撃させていただきます」
波の音に似た静かな声だった。
そして次の瞬間、怒涛の攻めが始まった。
「はあああああああああっ!」
凛とした少女から鋭い一撃が絶え間なく放たれる。
飛び散る水しぶきがキラキラと輝いて、とてもきれいだった。
「ぐおおおおおおおっ!」
番長はガードを固めていたけど、みるみるうちに崩されてしまった。
表示されたHPも、瞬く間に削られていく。
「とどめですっ!」
横薙ぎ一閃。
会心の一太刀をもらった番長は、膝から崩れ落ちた。
勝者、海月カタナ!
会場は爆音に包まれた。いや、巻き起こった歓声がそう聞こえたのだ。
きっと、このバトルを見ていたアリーナの人たちはみんなが同じように興奮し、声を上げているんだろう。
「すごい……」
勝利してなお凛とした佇まいで納刀し、深々と頭を下げるカタナちゃん。
かっこいいと、心から思った。
「だな……まさか、ダンナ相手にもパフォーマンス使わずに勝っちまうなんて。あいつ、これまで一度も使ったことないんだ」
フワフワな犬耳を見つめたあと、やっと聞こえた言葉を飲み込むことができた。
「た、たしかに使ってなかった!」
「気づいてなかったのかよ!」
人の流れにわたしたちも続き、再び転移の光に包まれた。
空はすっかり夜になっていて、ルーちゃんが風を浴びたいからと川沿いの遊歩道を歩くことにした。
「あー火照った体に気持ちいいなぁ! Vギアの小型ファンの風だけど、仮想現実で浴びると全身に風がきてる気がするな!」
「そ、そうだねぇ」
人はまばらで、増え始めた街の光を水面が真似して美しい。
これはやっぱりデートなのでは?
「……息が荒くなってきてるけど、本題に戻るぞ」
厳しい子犬少女にぴしゃりと言われ、慌てて姿勢を正した。
「あの二人の戦いで、なにか思うところはなかったか? 海月剣姫がかわいかったとかはナシだぞ?」
質問の意図はちゃんとわかる。顎に指を当て、鮮烈な記憶を呼び起こした。
「万丈さんのパフォーマンスは、きっとお約束というか定番の歌だったんだよね? リスナーさんが必ず盛り上がれる、アニメの主題歌みたいな」
「海月剣姫は?」
「とにかく素の戦闘力がすごいよね。戦い慣れてるし、水の特性と自分の強みをわかってるっていうか」
ほとんど独り言みたいに答えていると、唐突に石畳の色が変わった。
顔を上げると、目の前には夜の海が広がっていた。
現実の深く濃い漆黒ではなく、海の底から色とりどりの光が輝いている。満点の星空と重なると、まるで宇宙の際に立っているみたいだ。
「さすがVオタだな。しっかり見えてんじゃんか」
わたしの肩くらいしかない小柄な女の子。
なのに、照らされた微笑みは下手な男性Vよりもイケメンだった。
「パフォーマンスはな、テッパンを作ると汎用性が高いんだ。平均値が安定するし、ここ一番でも盛り上がる。そのためには時間がかかるけど、普段の配信で印象付けしなきゃいけねぇ。あんなオリジナルソング作るなら、なおさらだ」
「じゃあその間はどうすれば……あっ」
「そうだ。パフォーマンスなしで戦うんだよ」
今度は、見た目の年相応なイタズラな笑顔が八重歯を見せた。
「そんなぁ! カタナちゃんじゃないんだから!」
「引き延ばせば引き延ばすほど、見てる連中の期待度が増すんだ。焦らしまくって満を持してやると、すっげぇ気持ちいい一発が出るぜ?」
「言い方……」
「まっ、負けちまったら元も子もないけどな。でもよ、Vやってる以上は注目集めてなんぼだろ? 面白みのねぇ安牌ばっか選んでどうするよ?」
ずるい。そんなことを言われたら、進む道が決まっちゃうじゃんか。
そんなことを言われたら、ワクワクが勝手に湧いてきちゃうじゃんか!
「……やっぱり、お前のこと嫌いじゃないぜ」
満足そうに笑ったルーちゃんは、一人で歩き始めてしまった。
「あっ、ちょっと待って」
「これでルーの新人研修は終わりだよ。あとは自分で考えろ」
ひらひらと手を振って小さな背中が遠ざかっていく。
わたしは慌てて駆け出し、後ろから抱きしめた。
「ま、待ってよルーちゃん! まだいっしょにいたいよぉ!」
「は、離せっ! 元々敵同士なんだから当然のことだろうが! もう十分、負けたペナルティ払っただろ!」
すがりつくわたしを引きずって、ルーちゃんは止まろうとしてくれない。
「でもぉ~! 捨てないでぇ~!」
「人聞きが悪いっ! ルーにこれ以上、無報酬で働かせるってのか?」
「だったら報酬払うから! なんでもするからぁ~!」
思えば、なぜか言葉のわりに手を振りほどこうとはしていなかった。
転移もしないし、足取りもゆっくり。
なおかつずっと、ルーちゃんは顔を見せようとはしなかった。
「なんでも?」
やっと振り向いてくれた表情は、溢れる企みに乗っ取られてしまっていた。
「言ったな? なんでもするって言ったな? 言質取ったぞ? 録音もちゃんとしてるからな?」
なんて悪い顔なんだろう。
ケケケケケッ。って笑う人、わたし初めて見たよ。
「よぉし、覚悟しろよ? なに、お前にもメリットがあることだ。悪いようにはしねぇよ」
「や、優しくお願いします……」
現れた暗黒面に、思わず小さくなって震えてしまった。
……あれ?
子犬系ってわたしのほうだっけ?
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