第8話 『妖精と子犬のコラボ配信』

「ちょ、ちょっとルーちゃん……近いよ」

「うるさい。ルーに口答えすんな」

「あっ! そこはダメ!」

「ここが弱いんだな?」

「あぁ!」


 体が跳ねて変な声が出た。

 わたしが使っていた女戦士のキャラが倒れ、ルーちゃんの武闘家が高らかに拳を突き上げた。


「ルーの勝ちぃ! これで格ゲーはこっちの白星だ!」


 同じポーズのルーちゃんが、マイルームのベッドで嬉しそうに跳ねた。


「悔しい~! でもレースゲームなら!」


 敗北をバネにコントローラーを握り直すと、優しくて嬉しい言葉の花火が浮かんだ。


『ドンマイドンマイ!』

『レースは強いから大丈夫!』

『わからせてやろう』

「みんなありがとう~」


 思わずクスリとこぼれた笑みに、小さな幸せを感じた。


「ふふんっ、レースもルーが圧勝してやる!」

『ワンワン・ルー! ワンワン・ルー!』

『こうやって油断してからが面白いんだよなぁ』

『オセロでボロ負けしたとは思えないドヤ顔で草』

「おい! 古参の口が悪いぞ!」


 ルーちゃんのコメントも盛り上がってるみたい。


「今のゲームで一勝二敗! 先に三勝したほうが勝ちだから、みんな応援よろしくね!」

「このままの勢いでルーが勝ぁつ! ワンワン・ルーと桜色ひかるの仲直りコラボ配信、最後まで楽しんでくれよな!」


 ふたり並んでくっついて、リスナーへメッセージを送った。


 あの夜。

 ルーちゃんが要求してきたのはわたしとのコラボ配信だった。

 注目が集まり、登録者が増えたタイミングで配信をしたいのはルーちゃんも同じ。戦った二人がコラボをすれば、追加の話題にもなるし同接も伸びるという算段だった。


「一日かけて雑談、ゲーム、歌の三部構成で開催だ。なんでもやるって言ったんだから、サムネはお前が作れよ? 明日までな!」

「えっ、今から?」


 波の音が笑い声に聞こえたのを覚えてる。


「ゲームのチャンネルはルーだけど、雑談と歌はお前のチャンネルでやっていいから」

「いいの? ルーちゃんも雑談でステータス上げるチャンスじゃない?」

「ルーは今からお気持ち配信やるんだよ。そうすりゃ告知にもなるし、同情も買えるし」


 なんて計算高い子犬だろう。


「ルーの配信が終わったらメッセ送るから、ひかるもSNSの告知忘れんなよ! ゲームの内容とか歌う曲は雑談で決めればいいんだから、サムネは文字だけ変えられるやつにしとけ!」

「は、はいぃ~」


 優しいのか厳しいのかわからない子犬娘に指示され、わたしはサムネ作りに勤しみ、朝からコラボ配信を始めたのだった。

 朝からの雑談は見たことない人の数が集まって、ふたりが友達になったことやスパルタ新人研修の話題で盛り上がった。


 でも、けっしていいことばかりじゃない。


『今日も裸? もしかしてふたりとも? みせて?』


 ルーちゃんが言っていた通り、コメントにはセクハラまがいの言葉が少なからず飛んでいた。

 わたしだけならまだしも、ルーちゃんまで巻き込まれるかたちになったから、罪悪感が胸を締め付けた。


「おいっ、気持ち悪いコメントしてる奴! 噛むぞコラっ! おらおらおら、さくらメイトのモデレーター、仕事だぞぉ!」


 わたしの心配をよそに、ルーちゃんは返しに困ったものもバッサリと斬り捨てた。

 しかも健全なリスナーを盛り上げるように話題を振って、一度も変な空気になることはなかった。

 イケメンすぎて好きになっちゃいそうだった。


「ん? なに見てんだよ?」


 ユキノさんに似た犬のキャラを選んだ横顔を、ぼーっと見つめてしまっていた。


「ルーちゃんに会えてよかったなって思って。初めて戦った相手がルーちゃんで、本当によかった」


 幼さの残るほっぺが、みるみるうちに赤らんでいく。


「なっ、なんだよいきなり! べ、べつにお前のためにやってるわけじゃ……ル、ルーにもメリットがあるからさ」


 慌てて視線を逸らしても、尻尾がぶんぶんと振られている。

 かわいい。口が悪くても計算高くても、ルーちゃんはかわいいのだ。


 コメントも『尊い』『ツンデレ助かる』『百合展開キタコレッ!』といった同士たちの想いで埋め尽くされた。


 まぁ、でも。

 勝負は勝負だ。


「スタートダッシュ!」

「ぬわああああ! きったねぇぞ、てめぇ!」


 出遅れたルーちゃんに大差をつけ、レースゲームはわたしが勝利した。

 けれどズルいことをしたからか、続くテトリスではボコボコにされてしまった。


「見たかぁ! ルーの乙女心を弄ぶからこうなる!」

「ま、参りましたぁ~」

『おつおつ』

『面白かったです!』

『バトルのリベンジおめでとう!』


 コメントや同接数はもちろん、わたしに勝ったルーちゃんへのスパチャが見たことのない額へ膨らんだ。


「みんなありがとうな! 夜はひかるのチャンネルで、ルーたちの美声を聴かせてやるぞ!」

「リクエストにお応えしますので、みなさんぜひぜひ遊びにきてください!」

「じゃ、おつおつルー!」

「おつひかる~」


 ゲーム配信は大盛り上がり。今のところ、ルーちゃんの計画は大成功だ。


「あ~疲れた。アリーナカフェに行って休もうぜ?」

「うん、もちろん!」


 アリーナカフェは、アリーナにある文字通りお洒落なカフェだ。

 Vの状態で注文ができて、デリバリーで商品が届く。現実と仮想空間の両方で同じ飲み物を飲めるという、一度は経験してみたかったサービスだ。


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」

「えっ? だって楽しくない? 友達といっしょにお茶とか憧れてたし」

「気持ちはわかるけど、ぼっちを告白してるようなもんだぞ?」


 緩んだ口の失言をたしなめつつ、マイルームから出て街の中を歩いていく。

 明るくにぎやかなこの喧噪が、すでに大好きになっていた。


「なに頼もうかなぁ……初めてだし、ちょっとくらい奮発しても」

「もし、そこのお二人。桜色ひかる殿とワンワン・ルー殿ではありませんか?」


 不意に声をかけられて、同時に足が止まった。

 揃って目をやると、示し合わせたかのように声が出た。


「カタナちゃん!」

「海月剣姫!」


 目の前にいたのは、昨日ハイレベルな戦いを繰り広げていた剣士。

 ルーキーランク最強の一角、海月カタナちゃんだった。


「はい。通称、海月剣姫。深海からやってきた戦う姫君Vテイナー、海月カタナです」


 胸に手をやり丁寧な挨拶をしてくれた。

 きっと定型的なもののはずなのに、飾ることもテンションを上げることもない。


 淡々としかし心を込めて。

 彼女の人となり、Vに込めたキャラクターがよくわかる出会いになった。

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