第9話 『VS最強の剣士』

「な、なにか用ですか?」

「はい。朝の雑談配信を拝見しまして、ご一緒にいらっしゃると思い。今までお二人を探していました」


 次の言葉を紡ぐ前に、カタナちゃんは深々と頭を下げた。


「私と一戦交えてくださいませんか!」


 思わぬ要求を耳にして、時間が止まったかと思った。


「わたしたちですか?」

「一応、理由を聞かせてもらおうか?」


 鋭い目つきのルーちゃんは、威嚇する犬にそっくりだった。


「先日の戦いを拝見して、ぜひ戦ってみたいと思っていました。ルー殿は高い戦略性と戦士に相応しい気概を感じました。慢心さえなければ、勝敗はわからなかったでしょう」


 褒められて嬉しいのか、尻尾が激しめに揺れた。


「ひかる殿は、初戦とは思えぬ機転と度胸。窮地を脱するための運まで、私にはない強さを持っています。故に」


 まっすぐすぎる眼差しが、目の前に突き付けられた。


「戦いたいのです。私はとある目的と強さを追い求めVになりました。この胸の高鳴りはだれにも止められません」


 彼女自身が一本の刀のよう。

 鍛え上げられた鋼の意思が、美しいドレスでは隠しきれていなかった。


「なるほどなぁ。ルーキーランク最強の一角にそこまで言われちゃ、尻尾巻いて逃げられねぇな!」


 あの好戦的な顔が向けられた。ルーちゃんもやる気だ。


「わ、わたしだって負けませんから!」


 そうだ、わたしも遊びのつもりでここにはいない。

 想いの強さなら、だれにも負けない!


「ありがとうございます。では、さっそくよろしいですか?」

「そうだなぁ。せっかくだし、負けたほうがペナルティ払うってことにしないか?」

「いいでしょう。私が負けたら、常識の範囲で言うことを聞きますよ」

「よしっ、乗った!」

「ちょ、ちょっとルーちゃん」


 勝手に話が進んでいく。

 わたしだって当事者なんですけど!


「おい、ひかる。ひかるはまだ歌配信終わってないんだから、先にルーが」

「あっ、もう申請送っちゃった」

「あっ、もう受け入れちゃいました」


 二人の体が金色の光に包まれていく。


「なにしてんだ馬鹿!」


 ルーちゃんの怒鳴り声が聞こえたけど、すでに姿は見えなくなっている。

 ごめん、ルーちゃん。

 もうワクワクが止まんないよ!


「「バトル・ライブ・スタート!」」


 データ照合……桜色ひかる。

 チャンネル登録者数・六三二〇。HPに変換されます。

 雑談配信、最高グッド数・三二三〇。

 最高ナイスコメント数・二〇〇四。

 最高スパチャ額・六五三〇〇。ステータスに変換されます。


「すごい……これならいけるかも!」


 初戦と比べて桁違いの数値。

 みんながくれた力を、はやく試したくてウズウズする。

 ……メインウェポン選択。

 ゲーム配信、歌配信、実写配信の中から変換する実績を選べます。どちらにしますか?

 歌配信が選択されました。

 最高グッド数・一五六。

 最高ナイスコメント数・一〇〇。

 最高スパチャ額・二〇一〇〇。


「やった。アーカイブを見てくれた人が反応してくれてる」

 タイプ《ワンド》が選択されました。

 読み込み完了……実装開始。

 

 今回のステージは草原。障害物はほとんどない。

 相手は近接戦闘なんだから、開幕と同時に距離を取らないと。


「よろしくお願い致します」

「こ、こちらこそ!」


 律儀な挨拶をされ、慌てて頭を下げる。


 でも、相手の情報は見逃さない。

 カタナちゃんのHPは八五〇〇。武器はレベルⅢの《波》。

 抜き放たれた刃に、絶え間なく波紋が起きているのが見て取れた。


「夢と元気を届ける桜の妖精! 桜色ひかるです!」

『なんかすごい人とバトルしてる!』

『すげぇ! がんばれ!』

『おい、ひかる! つまんねぇ負け方したら承知しねぇぞ!』

「あ、ルーちゃん」


 驚きで溢れるコメントの中に、強めの檄を飛ばす子犬少女のアイコンがあった。


「深海からやってきた戦う姫君Vテイナー、海月カタナです。いい戦いにしましょう」


 空気が変わった。

 青々とした草の香りに満ちていたのに、どっと重たい水の匂いが肺に溜まっていく。


《バトル・スタート!》


 わたしより速く、カタナちゃんが走り出した。

 いや、走り出したというより、地面を滑るような滑らかな動きだ。


「はあっ!」


 蒼く澄んだ瞳にわたしの顔が映っている。

 もうワンドで狙いを定めるのも、振り抜くことも間に合わない。


 だからわたしは、そのまま地面を撃った。


「ぐっ!」

「くうっ!」


 炸裂したマジックボールで、わたしもカタナちゃんもダメージを負った。

 そもそものHP量が多い向こうに分があるけど、衝撃を利用してかなりの距離を取ることができた。


「なんとっ! やはり貴女は面白い!」


 剣士の歓びが全身から伝わってくる。

 今のを面白いと言う人に、真正面からぶつかっても勝てるはずがない。

 ここはトリッキーに、相手を翻弄するんだ!


「くらえっ!」


 散弾で弾幕を張って動きを封じながら体力を削り、マジックボールを当てていく。

 この戦い方で半分は削りたい。


「ふっ!」


 一呼吸だった。

 飛び交う散弾を斬り伏せ、マジックボールをかいくぐるまで、たった一呼吸しか必要としなかった。


「そんなっ!」


 足がもつれて狙いがブレる。

 そんな攻撃では彼女を止めることはできない。


水断すいだん!」


 叫ばれた技は、頭上からの一刀。

 受けたときには、ただその事実しかわからなかった。


「こんのぉ!」


 ダメージと負傷のエフェクトがかかる。

 急に体が重たくなって、衣装が破損した箇所の防御力が下がったことがわかる。

 でも、刀を振り下ろしきった今がチャンスだ!

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