バトルアリーナV!~戦って魅せるヴァーチャルたち!~

末野ユウ

第一章 桜色ひかる

第1話 『アリーナ・デビュー!』

 ようこそ! バトルアリーナVの世界へ!

 最新の仮想空間技術と豊富なコンテンツが、あなたの生活をより充実させてくれるでしょう!

 自分だけのマイルームを作ったり、美しい世界でユーザーと交流したり。

 アリーナマニーを利用すれば、ステキなアイテムや現実のお買い物もできちゃいます!

 そして、なにより。


 個性豊かなVrtual Entertainer 《ヴァーチャル・エンタテイナー》たちが、あなたとの出会いを待っています!

 雑談フリートークで笑い合い、歌配信ソング・ライブに酔いしれ、同じゲームで盛り上がることもあるでしょう。

 ですが、一番の見どころはやっぱりアリーナ・バトル!

 みんなの応援を力に変え、彼らは白熱したバトルを魅せてくれます!

 さぁ、準備はいいですか?

 あなたの人生を最高にする最高の世界へ。

 レッツ・ゴー!


 ――――


 目が回りそうだったロード画面は虹色に輝き、イメージキャラクターの声はしつこいくらいの反響を残していった。

 まばたきをしているうちに、景色は変わりにぎやかな音が満ちていく。


「ついに……ついにっ!」


 胸の底が震える。声にならない声が、田舎の空の鳥みたいに飛んだ。


「みんな、こんひかるー! わたし、桜色さくらいろひかるっ! ついにアリーナデビューの日を迎えました!」


 顔の前に浮かんだウィンドウに、心からの笑顔を向けた。


『おめでとう!』

『こんひかるー! ついにこの日が!』

『マジで嬉しそうなのかわいい』


 小さな花火のように、お祝いの言葉が次々に生まれていく。

 見慣れたハンドルネームとアイコンたちが、ちょっとだけ漂っていた不安をかき消してくれた。


「メン職人さんありがとう! 犬より猫派さんこんひかる、いっしょに楽しもうね! サクラモチさん、だって本当に嬉しいんだもん! かわいいありがとう!」


 コメントを返して大きく深呼吸をした。そうでもしないと興奮が抑えられない。


「えっと、ここはベースエリアだから近未来都市のイメージなんだって! 周りの人たち、みんなVテイナーの人なんだよ? うわぁ~ヨダレ出そう」


 まぁ、ちゃんと抑えられてるかは定かじゃないけど。


『自分もVなのにVオタ発揮してて草』

『そのサーバーはVの人じゃないと入れないんだよねぇ』

『はやくエントリーしよう!』


 読み上げたコメントでハッと我に返った。

 咳払いをして、画面の向こうをまっすぐ見つめる。


「さくらメイトのみんな、今日の特別配信に来てくれて本当にありがとう。先日登録者一〇〇〇人を突破して、ようやくバトル参加の条件を満たしました。本当に……諦めないでよかった」


 おさげに結った桜色の髪が四角いウィンドウで揺れている。

 瞳がキラキラ輝いて、時折花びらのエフェクトが舞う。


 夢と元気を届ける桜の妖精、桜色ひかる。

 大好きなわたしの姿だ。


「これからもっともっとみんなを元気にしてみせます! だから、この記念すべき日をいっしょにお祝いしてください!」


 浮かぶスタンプと力強くて優しい言葉がわたしを包んでくれた。

 そっと触れると、くすぐったそうに小さく震えた。


「みんなありがとう! よぉし、さっそくエントリーだっ!」


 画面を操作し、アリーナ側に自分の情報を読み込んでもらう。あとは了承のアイコンを押すだけ。

 の、はずだったんだけど。


「えぇぇぇぇぇぇ! 登録者が九九九人になってる!」


 朝見たときは、たしかにちょうど一〇〇〇人だったのに!


『うわマジだ』

『だれだよ垢BANされたの!』

『ちょっとお母さんに登録頼める人いない?』


 リスナーも混乱しちゃって、このままだと配信どころじゃなくなっちゃう。


「どどどどうしよう! とりあえずSNSで拡散を」

「やぁ。困ってるみたいだけど、どうしたの?」


 背後から、というよりほとんど頭の上から声をかけられた。


「は、はい! 実は今日からアリーナデビューの予定だったんですけど、登録者が足りなくなっちゃって」


 振り返ると雪のように白いモフモフが優しく見下ろしていた。

 ……わたしはこのモフモフを知っている。

 この瞳と牙と爪と尻尾とおっぱいとビキニアーマーを知っている!


「ももももしかして、オオカミ・ユキノさんですか? チャンネル登録者一五〇〇〇〇人。昨年のデビュー以来、獣人系Vの中でもトップクラスの人気と勢いを持つ、オオカミ・ユキノさんですか!」

「おっ、知ってくれてるんだ。そう、アタシが白狼の女戦士オオカミ・ユキノさ。こんワオンッ!」


 何度も見た挨拶と合わせて、イヌ科のイケメンお姉さまがウインクまで飛ばしてくれた。


「はうぅ!」

『うおおおおお! めっちゃ大物じゃん!』

『すげぇ!』

『ヤバい鳥肌立った!』

「そのノリでいいの? きみたちの推し倒れたよ?」


 あまりの衝撃にダウンしたわたしに代わって、リスナー対応までしてくれるなんて。

 まさに神、オオカミ様っ!


「あ、あの、わたし桜色ひかるといいます!」

「ひかるちゃんね。これからよろしく……っと、これでいいかな」


 ユキノさんは自分のウィンドウを操作すると、キラリと光る牙を見せて笑った。


「なにが……って一〇〇〇人になってる! も、もしかして」

「うん、登録しといたよ。ごめんね、きみは前からアタシのチャンネルを登録してくれてたみたいなのに」

「い、いえいえ! べつにそんな」


 あぁ、申し訳なさそうに垂れる耳がかわいい。


「本当にありがとうございます。成り行きとはいえ、わたしみたいな底辺Vの配信に出てもらっちゃいましたし」

「こういうふらっと始まるコラボも、アリーナの醍醐味だよ。これからリスナー……さくらメイトだね。みんなとたくさん楽しんで」


 分厚くも柔らかい肉球が頭をぽんぽんと叩いてくれた。

 ゆったりと尻尾が揺れ、獣の雄々しさとヒトの美しさを兼ね備えた背中が向けられる。


「それと、きみと戦えるときを楽しみにしてるよ」


 思わず身震いした。本物の肉食獣に睨まれたうさぎの気持ちがよくわかった。

 遠ざかる雲の上の存在に頭を下げ、記念すべき瞬間の仕切り直しだ。


「いくよ、みんな!」


 ウィンドウが派手に輝き、プロフィールが変化していく。

 戦績・メインライブ・コラボ歴などの項目が追加され、名前の上に《ルーキー》の文字が現れた。


「やったー! これでバトル資格ゲットだよ!」

『おめでとう!』

『どうなるかと思ったけどよかった!』

『アリーナ―!』


 気持ちを共有して、同じテンションで喜んでくれる人がいるのは本当に嬉しい。


「とりあえず、ルーキーランクから抜けるために頑張るね! えっと、最初はなにを」

「おい、そこのお前!」


 アリーナ生活の第一歩を踏み出そうとした瞬間、また背中に声をかけられた。

 今度は少し距離があって、なんだか位置が低い。 


「このワンワン・ルー様と勝負しろっ!」

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