第13話 『ログインの日々』

 今や世界で五万人を超えるVテイナーたちだけど、専業で活動している人は一万人程度と言われている。

 リアルの仕事や学業と両立させている人が多く、アリーナに毎日ログインして四六時中サーバー内にいるとなると、さらに少数派となっていく。


 まぁ、わたしはそんな少ない割合の一人なんですけど。


「てやあっ!」


 マジックボールを躱し、高い声と長い槍が迫ってくる。

 パフォーマンスの力で刃先が何十本にも分裂していて、迫力がすごい。

 でも、不思議と恐怖はなかった。


「ガードボール!」


 杖を胸の前で握ると、丸い光が全身を包んだ。


 コラボ配信で新しくなったわたしのワンドはレベルⅣ《熟練の杖》。

 バリアの能力が加わり、防御面でも優秀な性能を発揮してくれる。


「いやいや、この攻撃は耐えられないデショ!」


 相手のVが叫ぶ。

 たしかにバリアには耐久値が設定されていて、強化された槍なら一瞬で削り切ってしまう。


「もちろん。でも、その前に」


 周囲の壁に亀裂が広がり、大きな揺れが起きた。


 わたしたちが戦うステージは巨大廃墟。

 建物自体に一定のダメージが入ると、崩落するギミックが搭載されている。

 今に至るまで、わたしたちは激しい戦いを繰り広げていた。

 相手は素早い動きで複雑な足場を上手く使い、連撃を繰り出すカンフー少女。わたしの魔法も何度も避けられて、ここまでHPを減らすのに苦労した。


 ……ように見せた。


 外した一部は廃墟そのものを狙った攻撃。そして今、最後のマジックボールが天井を撃ち抜いたのだ。


「これは避けられないでしょ!」


 鋭い槍先が勢いを失った。崩れる天井を青ざめて見上げている。


「きゃあああああああ!」


 瓦礫の音と悲鳴が、バリアの中を反響した。


 勝者、桜色ひかる!


 勝利を告げる声と共に空が晴れて、ベースエリアの砂浜へ戻ってきた。

 悔しがりながらも笑顔の対戦相手と握手を交わして、互いに新しいフレンドになった。次の相手を探す背中を見送っていると、自分の背中に衝撃が走った。


「どぉーん!」

「ル、ルーちゃん! ログインしてたんだ!」


 押し倒された砂の上でいたずらな笑顔がにひひと笑う。


「ひかる殿、お疲れさまでした。これで六連勝ですね」


 揺れる尻尾の向こうから、カタナちゃんが拍手を送ってくれた。


「えへへ、ありがとう。でも、途中で何度か負けちゃったの悔しいなぁ」

「仕方ありません。相手は名うての実力者。特に万丈殿はVギアを新調していましたし、ジャングルステージで弓使いを相手にするのは、だれでも骨が折れることです」

「そうだ。ひかるはランキング上げるために、めちゃくちゃ格上としか戦ってないんだから。多少の負けは織り込み済みなんだよ。気にすんなっ!」


 小さな八重歯がキラリと光って、喜びを伝えてくれた。


「……うん、ありがとう。でも、今回の勝ちはルーちゃんとカタナちゃんのおかげだよ。あのステージで何度も模擬戦してくれたから」

「お礼を言われることではありません。私も、お二人のおかげで腕を上げることができましたから」

「コンスタントなコラボ配信で数字稼げてるから、武器のレベルも上がったしな。そうだ、見ろよひかる! ユキノお姉さまが注目の新人たちって配信で触れてくれたんだよ!」


 砂が纏わりつく感覚もぜんぜん不快じゃない。むしろ、三人で過ごす時間がなによりも楽しい。


 わたしたちはあの日から、頂上戦を目指して協力を開始。

 カタナちゃんにバトルの立ち回りを指導してもらいながら、三人で模擬戦を繰り返した。

 各ステージの特性を覚えつつ、わたしは二人の速さについていけるようになったし、ルーちゃんも新しい戦法を編みだしていった。


 さらに三日に一回コラボをやって仲良し感をアピール。ファンを増やしながら、ステータスや武器のレベルを上げることができた。


『パフォーマンスなしだと四連勝目?』

『マジですごすぎる』

『古参勢おれ、渾身のドヤ顔』

「みんなもありがとう! みんなの応援がないとここまで来れなかったよ」


 さくらメイトのみんなも欠かさず応援してくれてる。

 飛んできたコメントに何度救われたかわからない。


「さてと、ルーたちも続くぞ! 今日でランキング集計最終日。ぜんぶ勝つからよく見とけ!」

「応援よろしくお願いします」

「うん!」


 二人は予定していた対戦相手と連絡を取り、バトルステージへ転移した。

 わたしはマイルームに飛んで、リスナーに混ざって観戦を始めた。


「おっらあああああああ!」


 ルーちゃんは日々の特訓で、よりアクロバティックな戦い方を考案した。


 リアルで経験のあるパルクールの要素を取り入れたらしい。

 本人は「バトルスタイルとして確立するには程遠い」と言っていたけど、獣みたいな突進力と変化のある攻撃は、ランキングが上の相手を翻弄している。


「はあっ!」


 カタナちゃんは相変わらず底知れない強さがある。


 けれど、元々あまりVには詳しくなかったらしい。わたしたちを通してバトルアリーナというサービスを改めて理解できた、Vテイナーという存在をさらに自覚した、なんて言っていた。

 現にコラボでは真面目な性格に加えて、ちょっと天然なところが発見されて新しいファンを増やしている。ウブなところとか意外にかわいいものが好きとか、個人的にはまだまだ魅力が隠されてると思っている。


 けれど、それ以上に眩しい。

 彼女の強さと硬く揺るがない正義感の塊が。

 どうしようもなく羨ましい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る