第12話 『目指す頂』
「それじゃあ、みんな! おつひかるー!」
「おつおつルー!」
「お疲れ様でした」
最後にルーちゃんの「真面目かっ!」というツッコミが入り、一日かけたコラボ配信は大盛況で幕を閉じた。
「うっひょおおおおおおお! スパチャの額すげぇことになったな! おい、ひかる。歌枠やるんだから、金は均等に分けろよ?」
「も、もちろんだよ。でも、みんな本当にお疲れさま。カタナちゃんもありがとう」
「いえ。私は普段、他のVの方のような配信はしませんので。新鮮で楽しかったです」
お茶のエフェクトで一息つきながら、カタナちゃんは穏やかに答えた。
お金に目がくらんだルーちゃんとは大違いだ。
「この調子なら、登録者数もかなりいい線いくな。ってことは……ワンチャン、今月末で目指せるんじゃないか?」
「なにを?」
「頂上戦だよ! 各ランクで毎月、上位一〇人でやってんだろ!」
月末の頂上戦。
集計終了時点で一〇位までのVがランダム戦を行う定期イベント。組み合わせは抽選で決まって、勝ったVにはマニーや公式アイテムなど特典がつく。
「ルーキーから一個上のブロンズランクに上がるだけなら、一〇〇位以内に入ればいい。でも、頂上戦で勝つのとはうま味が違うのよ」
「どういうことですか?」
人のベッドにドカッと腰かけ、ルーちゃんは鼻を鳴らした。
「順位ボーナスは全員にあるけど、頂上戦の勝者とは無課金と課金勢くらい違うんだ。なにより、ブロンズランクでの初期順位が上がるんだよ。ふたりとも、今のランキングは?」
言われるがままに自分のウィンドウを操作していく。
「私は二五位ですね。ひかる殿に敗れましたので」
「そっか! ご、ごめんね?」
「いえっ、勝負の世界はそういうものです」
「で、ひかるは?」
「えっと……一〇二位!」
昨日まで圏外だったのに!
「そりゃあ二連続で、どデカいジャイアントキリングしてっからな。ちなみにルーは五八位……まだ締め切りには二週間以上ある……勝率はこんくらいで……」
なにやらぶつぶつ呟きながら、ルーちゃんは素早く電卓を叩き始めた。
「……よしっ! 海月剣姫は言うまでもねぇけど、ひかるもなんとか一〇位に食い込めるかもしれねぇぞ!」
「ほ、ほんと?」
頂上戦はランキング問わず、高い人気を誇るイベントだ。
アリーナでバトルをするなら一度は目指したいと言われるほど、Vにとっては名誉なことなのだ。
「あぁ。ルーの計算ならギリギリいけるはずだ。ここまで来たら、ルーキー突破まで面倒見てやるよ」
「ルーちゃああああああん!」
もう、なんなのイケメンメスガキ子犬少女はっ!
「いきなり抱きつくなっ! きゃっ! 尻尾はやめろぉ!」
「あの……厚かましいお願いなのは承知で、私もよろしいですか?」
控えめに手を上げたカタナちゃんが、まっすぐな視線を向けている。
「ダメだ! 触らせねぇよ!」
「いえ、そちらではなく。私も面倒を見てほしいといいますか」
カタナちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らし、細い指でほっぺを掻いた。
「あ? お前は今まで通り勝ってれば大丈夫だろうよ」
「ランキングはそうですが、今回のコラボ配信でVとしての未熟さを痛感しまして。もっとたくさんの人に私を知ってもらうため、ルー殿にご教授をお願いしたいのです」
丁寧に下げられた青い髪を、金色の瞳がじっと見つめた。
「具体的には?」
「Vとしての立ち回りや、配信へのアドバイスをいただきたい。その……Vの友達がおらず、コラボも今回が初めてでしたので」
「ルーにメリットは?」
「私が持つバトルの技術をお教えします。それ以外にもできることがあれば」
「……よし、いいだろう」
だんだん大きくなる尻尾の振りが、ルーちゃんの頭の中を表していた。
というか、もう悪い笑顔が溢れ出ちゃってる。
「じゃあ明日から、ワンワン・ルー様のVテイナー強化月間開始だぁ! まさかこんな状況になるなんて……面白くなってきやがった!」
餌を前にした子犬みたいにヨダレを垂らして、ルーちゃんはぐふふと笑った。
「ひかる殿」
苦笑いを浮かべていると、涼やかな声が微笑みかけてくれた。
「改めて、これからよろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ! いっしょにがんばろうね!」
笑い返して、差し出された手を握る。
白くてきれいな手。
あんなに激しく剣を振るうなんて思えない、女の子の手。
デザインされたイラストだから、それは当たり前だ。
なのに、どうしてだろう。
握り合ったこの手を、無性に離したくなかった。
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