第21話 『ブロンズの世界』
まだ頭がぽわぽわしている。
頂上戦から二日が経ったのに、まだ余韻が心地いい。じんわりとわたしをダメにしてるのがわかる。深夜の記念配信も大盛り上がりだったし、あの戦いが夢だったんじゃないかと少しだけ不安にすら思う。
「でも、現実なんだよなぁ」
自分のステータスを見ると、名前の上に『ブロンズ』の文字が煌めいている。
なによりも強く、わたしがルーキーランクから抜け出したことを教えてくれていた。
「キュイ!」
高くかわいい鳴き声で、ハッと現実に帰ってきた。
そうだ、今はブロンズランク初のアリーナバトルを始めようとしてるんだ。
気を引き締めよう、どんな相手だろうと勝つんだ。
《バトル・スタート!》
「はああああああっ!」
先手必勝、まずはこの攻撃を当てる。
「キュウ〜」
初戦は絶対に勝利を。
「キュイキュイキュイ!」
相手が、だれ、でも。
「キュキュキュ〜!」
「ダメだかわいい!」
無理だぁ!
あんな無垢な子に攻撃するなんてわたしにはできない!
モフモフで丸々で真っ白なアザラシの赤ちゃんなんて、庇護欲の対象でしかない!
「キュッ! 逃げなきゃ! キュキュッ!」
「はうぅ!」
おっそい! ぜんぜん逃げれてない!
お腹でぽよぽよ跳ねるなんて、絶対転がったほうが速い!
『ひかるちゃん、しっかり!』
『相手はブロンズランクの先輩なんだから! かわいいけど!』
『膝から崩れ落ちてる場合じゃねぇ!』
そんなこと言われても、かわいいは正義だよ。
「キュピーン」
「え?」
振り返ったアザラシの目が光った。
彼女の武器はカタナちゃんと同じ特殊武器の水。レベルⅣの《水流》だけど、いったいどう使うのだろう?
なんて思っていた時期がわたしにもありました。
「キュキュー!」
「きゃあ!」
大蛇みたいにうねりながら、何本もの水柱が突っ込んできた。
下手な打撃武器よりも強力な衝撃が、骨の芯まで貫いてくる。
「このっ!」
でも、わたしだって負けてない。
こっちも反撃をするんだ!
「キュッキュキュー!」
「え?」
狙うべき標的は、水流に乗って縦横無尽に森の中を飛び回っていた。
これじゃあ狙いが定まらない!
「な、ならパフォー」
「ダメキュー」
「うぐっ」
お腹にちょっと洒落にならない一撃が入った。
そのまま真っ直ぐに引きずられて、流れる川の中に入ってしまった。
「ごばばば!」
「キュキュキュキュキュキュ!」
こっちはろくに身動きもできないのに、向こうは関係ないらしい。
そうか、アザラシだからか。なんか昔川に現れたこともあるらしいし、淡水とか関係ないのかな?
水流の威力は衰えるどころか増している。自分の強みを活かし、ステージを利用し、パフォーマンスの隙を与えず相手を翻弄する。
これが水使いの戦い方。
これがブロンズランクの洗礼!
「トドメだキュー!」
「きゃああああああ!」
最後に見たのは、凛々しく眉毛を立てたモフモフの塊だった。
「――――なにしてんだ馬鹿っ!」
バトルに負けてベースエリアに戻ると、待ち構えていたルーちゃんに怒鳴られた。
「初戦が大事だって言っただろうが! なに完封負けしてんだよ! 期待の新人って注目浴びて、めちゃくちゃ同接伸びてたんだぞ!」
「だ、だってかわいくて」
なにも隠さずに言うなら、敗因はそれだ。
「もういい。たしかに、ひかるはモフモフに弱かった。ルーのこともめちゃくちゃにしたし……でもカタナ! なんでお前まで負けてんだよ!」
わたしも意外だった。
剣術の達人で自他ともに認める実力者のカタナちゃんが、となりで同じようにしょんぼりと正座しているのだ。
「無理です。あんな……あんなかわいい子を斬るだなんて」
震える指の先には、どんぐりを抱えたリスさんが照れ笑いを浮かべていた。
「そ、そういうルーちゃんはどうだったの!」
「勝ったよ。先輩だろうが、ふわふわだろうが関係ねぇ。ボッコボッコにしてやった」
鼻息荒い子犬少女の背後では茶色いうさぎさんがガタガタと震え、子猫に慰めてもらっていた。
「はははっ、いい経験ができたみたいだね。こんワオン、みんな!」
凛々しくて懐かしい声が、風のように現れた。
わたしもすぐに顔を上げたけど、ルーちゃんの反応はだれよりも早かった。
「ユキノさん!」
「ユキノお姉さま!」
「ユキノ殿」
わたしたち三人は、頂上戦の翌日にブロンズランク昇格の記念配信をしていた。
そのとき、初戦をどうするかという話題になったとき、ルーちゃんへユキノさんからメッセージが送られてきた。
内容は対戦相手の紹介。
今目の前にいる、一見無害なフワモフの動物系Vテイナーのみなさんだった。
「ひかるちゃんとカタナちゃんには相手が悪かったかな? でも、ブロンズランクのバトルは体感できただろう?」
真っ白な毛並みが、雪原のようにきらきらと美しい。
ルーちゃんほどではないけど、ついうっとりしてしまう。
「正直、想像以上でした。まさかアップデートでここまで変わるとは」
イケボとイケメンっぷりに酔いしれていたわたしたちに代わり、カタナちゃんが真面目に答えてくれた。
「そうだね。基本的なバトルのみだったルーキーランクと違い、ブロンズランクからはバトルアリーナ独自の要素が強まっていく。今回増えたのは飛行とユニークスキルだ」
鋭い爪が二本、ぴんと伸ばされた。
「飛行はすべてのVが、戦闘中に空を飛ぶことができるようになるシステムだ。かなり難しかっただろう? これに慣れることが最優先だね」
「はい。うまく飛べませんでしたし、多次元的な戦いに翻弄されました。空飛ぶリスがあんなに強いとは」
「あ、あの! ユニークスキルっていうのは!」
我に返って手を上げた。
ユキノさんのバトル講座なんて貴重な機会、ぼーっと過ごすわけにはいかない!
「たとえば、ひかるちゃんが対戦したゴマフ・モフモフの水中適正。水の中でも自由に動ける。カタナちゃんの
「Vのキャラ設定や世界観が反映されるんですよね?」
「そうだね。強力なスキルを狙って戦闘特化設定のVもいるけど、AIがランダムに決めるから、望んだスキルが手に入るとは限らない。アタシも白狼の女戦士だけど、最初はネイルのカラーバリエーションが増えるだけのスキルもあったよ」
ふっと笑って見せてくれた両手は、わたしたちのイメージカラーにデコレーションされていた。
「ルー以外の二人はスキルの特性をよくわかってなかったみたいだから、ステータスをよく読んで経験を積むことだね。ブロンズランクはルーキーとは別次元。初心に返ってがんばるんだよ」
「はいっ!」
「こらこら、ユキノさん。終わる雰囲気出されちゃ困るキュイ」
わたしと戦ったゴマフさんが、ユキノさんの足をヒレでペシペシと叩いた。
「ごめんごめん。せっかくきみたち、アニ〇ズ《あにまるず》に来てもらったんだもんね」
「そうキュイ! ここからは、ぼくたちがブロンズランクの新しいシステム、チームについて説明するキュイ!」
アザラシ、リス、うさぎ、子猫の四匹が同時に胸を張った。
かわいい。あの天国に包まれたい。
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