第20話 『忘れることのない景色』

『うおおおおおおおおおお!』

『おめだとう! 間違えた、おめでとう!』

『夢と感動をありがとう!』


 コメントが感動と祝福の嵐になって、見たことない勢いで更新されていく。


「あ、ありがとう、みんな。あの、ほんとうにわたしが?」


 なんだか現実味が湧かない。

 混乱のまま転移すると、お腹まで振動する大歓声に出迎えられた。

 わたしを囲んで、他のVのみんなが手を叩いてくれている。


「ひかるー! よくやった! よくやったあああああ!」

「ル、ルーちゃん!」


 飛び出してきたルーちゃんが、勢いよく抱きついてきた。


「おめでとうございます、ひかる殿! ……いかがしましたか?」


 駆け寄ってきたカタナちゃんが、不思議そうに首をかしげた。


「い、いやぁ、なんだかあんまり実感がなくて」

「なるほど。激戦でしたからね、気が抜けても無理はない」

「いやいや、それじゃあ締まらねぇっての! よしっ、ルーも嬉しいから今だけ特別だ! モフモフしていいぞ!」

「い、いいの! あぁ実感が、特別感が湧いてきた。い、いただきますぅ」

「モフるだけだからな! ってあっ、ちょっ、そこは」

「……お邪魔してよろしいかしら?」


 祝福ムードの中に不機嫌な声が混ざった。

 振り返ると、傷の癒えた薔薇の女王が腕を組んで睨んでいた。


「ルナちゃん」

「……完敗ですわ。あんな戦い方、わたくしじゃ思いつきません」

「で、でも、わたしのパフォーマンスは」

「わたくしはあの場で最善の選択をしました。全力の貴女と全力で戦えたこと、誇りに思いますわよ」


 石を叩くヒールが近づいたかと思うと、優雅な抱擁が体を包んだ。


「このわたくしに勝ったのです。もっと自信をお持ちになって?」

「……はい。わたしも、あなたと戦えて光栄でした!」


 甘い薔薇の香りが疲れた体に染みていく。

 バトルには勝ったけど、女王様に器の大きさは敵わないや。


「おいっ、なんでちょっとづつルーから離れていくんだよ」

「貴女みたいなエロパピィといっしょにいたら、ひかるさんが穢れてしまいます。そうですわ、ひかるさん。よろしかったら、このあとお紅茶をいっしょに」

「いーやっ! このあとはルーとのイチャつき配信で金稼ぐんだよ!」

「お待ちを、お二人とも。お気持ちはわかりますが、ひかる殿にはまだやることが残っています」


 夢だった「わたしのために争わないでっ!」に酔っていると、カタナちゃんの冷静な声が現実に引き戻してくれた。


「そうっすよ。サンちゃんに仕事させてくださいっす」


 見ると、ボーイッシュな女の子が立っていた。

 すっかり声に親しみを覚えた、実況のサン・ライトちゃんだ。


「いやーマジで感動したっす! サンちゃん、ひかるさんの大ファンになりましたよ! あ、もちろん頂上戦のみなさんのファンっすよ? そしてそれは、サンちゃんだけじゃないはず。でしょう、みんな!」


 まるで声の大波が迫ってきているよう。

 観客の大歓声がうねりになって、会場を揺らした。


「さぁ! 大いに盛り上がった五月期頂上戦。勝利者の表彰だぁー!」


 サンちゃんが指を鳴らすと足下の石畳がせり上がり、どんどん視線が高くなっていった。

 小さく手を振るルナちゃんの笑顔は、ほんのちょっとだけ悔しさがこぼれていた。


「一戦目勝者、暁明! 二戦目勝者、ワンワン・ルー! 三戦目勝者、ロード・オブ・グロリア! 四戦目勝者、海月カタナ! そして五戦目! 順位の差を覆し、見事勝利を納めたミス・ジャイアントキリングの名はぁ!」


 ひとりひとりに当たっていくスポットライトが、わたしにも向けられた。

 同時に、大勢の視線が集まっていく。


「桜色ひかる!」


 この先どんなことが起こっても。

 わたしはきっと、この光景を忘れることはないだろう。

 この胸に溢れた感情を、流れた涙の熱さを、いつでも思い出すことができる。

 最高の景色が、目の前に広がっていたのだから。

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