第19話 『薔薇と桜の決着』

「――――今日まで本当にあっという間でした」


 しんっとした空気が体を通り抜けていく。

 頭の中に、一本の筋が通っているみたいだ。


「わたし、歌は好きだけど歌い手みたいにうまくないです。ゲームも上手じゃないし、実写するなんてとても……今だって心が折れそうになって、ネガティブなことばっかり言って、本当にダメダメで」


 ぐっと拳を握り締める。本当はもっとカッコよく、美しくなりたい。

 けれど、これがわたし。

 これが、みんなが応援してくれた桜色ひかるだ。


「そんなわたしがここまで来れたのは、みんなが支えてくれたから。さくらメイトのみんながいつも背中を押してくれた。バトルのときだけじゃない、Vとしてデビューしてからずっと元気をもらってた!」


 大きくなった声がやまびこになって飛んでいく。


 届け、届けっ!

 気持ちを伝えたい大切な人たちのところへ!


「ルナちゃんみたく自分に自信はないけど、自慢の仲間がいる。ルーちゃんみたいに賢くないけど、引っ張ってくれる人たちがいる。カタナちゃんほど強くないけど、わたしにはみんなが力をくれる!」


 たった一人ではだれの目にも止まらなくても、みんながいっしょなら大勢の足を止めることができる。

 大きな薔薇にも負けない、満開の桜になれるんだ!


「頂点とかっ、だれも見たことのない景色とかっ、わたし一人じゃ無理です! わたしにはみんなが必要だからっ! みんながいないとなにもできないからっ! だからっ!」


 制限時間が、カウントダウンに入った。


「いっしょに行きましょう。わたしたちしか行けない未来に。みんなでこのバトルに勝ちましょう!」


 カウントがゼロになった。

 言いたいことはぜんぶ言えた。もっとやり方があったのかもしれないし、ただ喋るだけなんてパフォーマンスとしては失格かもしれない。


 でも、それでも。


 これが今できる精一杯。反応がどれほど少なくても、わたしは絶対に後悔はしない。集まった力を使って、ランキング一位に勝ってみせるんだ!


 桜色ひかる、パフォーマンス結果。

 グッド数・一〇〇二七。ナイスコメント数・九一二一。スパチャ総額・一〇一二〇〇。

 合計・一二〇三四八。

 スペシャルスキル解放 《神聖魔光グランド・レイ


「なんと結果はほぼ互角ーッ! 桜色選手の一途な想いが奇跡を起こしたー!」


 信じられない力が伝わってくる。

 体中が熱い。燃えるようなこの熱は、心も体も最高に熱くさせてくれる。


『うおおおおおお!』

『感動した! 気持ちが届いた!』

『いっしょに見よう! 勝利の未来!』

「うん……うん! みんなありがとう!」


 眩しいコメントに涙をこらえていると、決壊させる言葉が届いた。


『ぶっ飛ばせぇ! ルーが教えたことを思い出せえええええ!』

『こちらは勝利しました。信じています、ひかる殿!』


 ルーちゃんとカタナちゃんだけじゃない。

 今まで戦ってきたVの人たちから、次々と応援のメッセージが届いた。


「なるほど、それが貴女の力ですのね。たしかに、ほとんどを圧勝していたわたくしには手に入らない強さですわ」


 満足そうに、でもどこか悔しげに。ルナちゃんが笑った。


「ですが数値も残りHPもこちらが上。わたくしの勝利は変わらなくてよ?」

「いいえ!」


 聞き終わると同時に声が飛び出した。


「わたしが勝ちます!」

「……いいですわ。それでこそ、わたくしの相手に相応しいというもの。叩き潰し甲斐がありますわー!」


 二本の杖が向かい合い、凝縮された光が強まる。


「至宝・大紅華!」

「神聖魔光!」


 ぶつかり合った二色の光線。

 空高く咲き誇る薔薇は、攻撃の余光すら自分のライトアップにしてしまっている。

 一方で、地面にふんばるわたしは顔を逸らさないだけで精いっぱい。


 いや、精いっぱいなんて言っちゃダメだ!


「やあああああっ!」


 少しでも前へ。なんとか押し切ってみせる!


「さすがにやりますわね。ですが、負けられないのはわたくしだって同じ! はあああああっ!」


 光と薔薇の香りが強まった。

 わたしの光は押し戻され始め、削られるように小さな欠片を飛び散らせた。 


「くっ……うぅ!」

「一気にいきますわよー!」


 赤い光がどんどん迫ってきて、周りに薄いピンクの光が散らばっていく。


「このままじゃ……」


 考えろわたし。

 どんなに小さくても勝機を探すんだ。

 ルーちゃんとの新人研修を思い出せ!


「あっ」


 頭によぎったのはデビュー戦の一幕。

 バトル終盤、ルーちゃん側に見えたひとつのコメント。


『魔法より速く走ればワンチャンある!』


 この光線をかいくぐって、べつの射線から当てれば。

 でも、そんな芸当わたしに……いやできる、可能性はあるんだ!

 迷っている時間はない、いけっひかる!


「これで終わりですわぁ!」


 瞬間的に威力を増した赤光がすべてを飲み込んだ。

 問答無用の必殺技が地面を穿ち、巨大な穴を開けた。


「おーほっほっほっほ! わたくしの勝」

「まだです!」


 揺れる髪と驚く顔がスローモーションで見えた。


 やったのはシューティング・スター・タックルの応用。

 ルナちゃんの魔法に押し切られる直前。パフォーマンスの光線をイチかバチか後ろに向けた。


 さっきみたいに飛べば、残りのHPでは耐えられないスピードが出る。

 だから、一瞬。一瞬だけ推進力にして、生まれた余力で飛んできた。

 わたしの光が消えて、ルナちゃんの目には完全に倒したように見えたはず。

 おかげで一番の油断が体に満ちている!


 そしてまだ、パフォーマンスの有効時間は残っている!


「至宝……」

「神聖魔光ー!」


 振り向く薔薇は間に合わず、桜色の光がカッと輝いた。

 わたしとみんなの、たくさんの想いが込められた光の帯が伸びていく。

 大地を削り山を穿って、至宝の薔薇と女王を吹き飛ばした。

 辺りを照らしていたパフォーマンスの光が止むと、空に点滅するものが見えた。


 YOU WIN!

 

「頂上戦ラストバトル! 勝者、桜色ひかるー!」

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