第18話 『夢と元気を届けるなら』

 金の装飾が施された豪華な椅子。そこへ赤いドレスの女性が腰かけた。


 ルナ・ローズガーデンの中の人。


 スタイル抜群で肌が透き通るようにきれい。

 舞踏会で使う蝶の仮面を飾るように、ドリルとまではいかないけど豊かに巻かれた金髪が揺れている。


「驚きましたか? 驚きましたわよね? わたくし、御覧の通りのお嬢様なんですの。どうです? 皆様の愛するもう一人のわたくしに、ぴったりの魂ではなくて?」


 お決まりの高笑いを披露して本物であることをアピールした。

 ルナちゃんを実写化するならこの人! というくらいにそのまんまだ。


「皆様ご存じのように、ブロンズランクに上がればバトルシステムが大幅にアップデートされます。わたくしも多くの皆様と同じように、本格的にバトルへ注力するつもりですわ!」


 思わず聞き入って、見入ってしまう。

 Vの体を脱いでも、彼女からは人を惹きつける魅力が放たれていた。


「この配信に賛否があるのは百も承知。ですが、これはわたくしの決意表明です。Vテイナーとしての活動に、わたくしは人生を捧げます。一切の妥協をせず、皆様を楽しませ、いつかこの世界の頂点へ! この胸に燃える覚悟を、皆様へ伝えたかったんですの!」


 あぁ、眩しいなぁ。

 なんてきれいで力強い。

 わたしとは大違い、まるで別の生き物だ。


「ルーキーランク頂上戦は夢を掴むための第一歩! 皆様、どうかわたくしに力を! 世界で一番美しい薔薇を、その手で咲かせてくださいませっ!」


 こんな人がいるんだ。

 わたしがお金と時間をかけて作って、電脳世界で一生懸命手に入れてきたものを。

 現実の世界で、こんなにも簡単に掴み取ってしまうなんて。

 ……なんだか格の違いを見せつけられちゃった。


 ――――心の中の桜が、ぜんぶ散っていった。

 

 ルナ・ローズガーデン、パフォーマンス結果。

 グッド数・九九九八。ナイスコメント数・七七四〇。スパチャ総額・一〇二八〇〇。

 合計・一二〇五三八。

 スペシャルスキル解放 《至宝ブリリアント大紅華ローズ


 天に伸びる巨大な蔓。

 その先で優雅に咲き誇る輝く大薔薇。

 さっきの演説を体現したかのようなスペシャルスキルが、わたしを見下ろした。


「なんて美しい」


 こちらに戻ってきたルナちゃんが、うっとりと呟いた。

 重なる花弁の中心に光が集まり敵を狙う。

 こんな小さな虫みたいなわたしでも、全力で潰そうとしている。嬉しくもあり恐ろしい、彼女の性格が反映されていた。


「……なんですの、その目は」


 不意に口を塞いでいた蔓が外された。

 項垂れていると、怒りと不快感が混ざった声が飛んできた。


「なにを諦めていますの? もう打つ手がないとお思いで? ならチャンスをあげますわ。パフォーマンスを使いなさい!」


 思わず顔を上げた。なにを言っているんだろう?

 確実に仕留められるチャンスなのに。


「先ほどまでの貴女なら維持でも拘束を解きませんでした。ですが、なにを勝手に戦意を失っていますの! そんな者に万事を尽くして勝っても、こちらの気分が悪くなるだけですわ!」

「でも、わたしは」

「人に夢と元気を与えるというのなら、今この場で絶望するなっ!」


 響く怒号。気取ったところなんてない、ありのままの感情に殴られた。


「Vも人。傷つきもするし疲れもします。そうやって道半ばで去ってしまった人は大勢いる。ですが、貴女は桜色ひかるなのでしょう! この一ヶ月で貴女に夢を見て、応援して、今日このときを待ちわびていた人間がどれほどいると思いますか!」


 ハッとした先には絶えず更新し続ける言葉たちがいた。


『がんばれ! 負けるな!』

『私たちはひかるの味方です!』

『まだ終わってない! 夢の続きを見せてくれ!』


 どれもこれも、わたしのことを想ってくれている。

 あんなにきれいでかっこいいルナちゃんじゃなくて、こんなわたしを応援してくれている。


「このバトルのあとなら引退も自由です。ですが今はっ! 貴女は頂上戦に残った選ばれしVテイナーっ! 見ているすべての人に夢を届ける義務があります! わずかでもその体に誇りと愛を持っているのなら! 戦いなさいっ、最後まで!」


 そうだ、一体なにをしてるんだ。

 わたしは桜色ひかる。みんなに夢と元気を届ける桜の妖精。

 この名前とVの体に込めた想いを、願いを、希望を、こんな形で終わらせてたまるか!


「――――パフォーマンス!」


 黄金の光が蔓を押しのけ、拘束を解いてくれた。

 けれど、流れる涙は止まってくれなくて、視界が晴れるにはちょっとだけ時間がかかった。


「ありがとう、みんな。ルナちゃん、わたし最後まで諦めない。あなたにもらったチャンスだけど、この力であなたに勝ってみせる」

「……やっと戻りましたわね。ですが、全力を正面から叩き潰してこそ完全勝利。わたくしの華々しい計画が実るのですわ」


 余裕の笑顔が蘇り、どこか満足そうな眼差しが見えた。


「でも、どうすれば……」


 頂上戦のルールでは、パフォーマンスのタイミングがズレた場合、先に出したほうの制限時間は巻き戻る。


 つまり、わたしはなんのアドバンテージもないまま一分間を戦い抜かなければならない。


 事前に考えていたのは、カタナちゃんと歌ったあの歌。すっかり定番になっているけど、ただ歌うだけではルナちゃんのパフォーマンスに敵わない。


「せめて同じ桁まで……ううん、超えてみせるんだ!」


 今さら弱気になんてなれない!

 考えろ、わたしのことを。

 Vとしての歴史を。ここに立っている意味と理由を!


 空に大きく、スタートの文字が点滅した。

 まるで派手なネオンの瞬き。その瞬間、頭の中で小さな蕾が動いた気がした。

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