第17話 『捨て身の流れ星』

「……しぶといですわね。あのパピィみたいにちょこまかと」


 なかなかダメージを与えられない状況に、ルナちゃんが手袋の指先を噛んだ。


「だったら一気に決めてやりますわぁ!」


 振られた杖から花弁が舞う。

 花の香りに押し出されるように、防御の蔓もこちらを向いた。


総撃オール魔棘鞭パニッシュ!」


 防御を捨てた総攻撃。容赦ない蔓が地を這い、空を駆け、襲いかかってくる。


「今なら攻撃が当たるかもしれなくてよ? まぁ、できればの話ですけどっ!」


 勝利を確信している余裕の笑み。

 過去のバトルでも、この猛攻で何人もの相手を仕留めている。


 だからこそ。

 わたしはこれを待っていた!


「今だ!」


 止まりそうになった足を動かした。

 恐怖を抑えて、逃げ出したい心の背中を押して。

 わたしは走り出した。


「ガードボールっ!」


 こっちにだって身を守る手段はある。

 迫りくる蔓たちが、光の向こうで手をこまねいた。


「その程度っ! 気休めにしかなりませんわ!」


 ルナちゃんの言う通り、球にはすぐにヒビが入った。

 数秒の内に砕け散り、視界が緑に染まっていく。


 だから、身をかがめて距離を稼いだ。ほんの一瞬だけでよかった。

 ただ、杖を振り上げる時間さえあれば。


「散弾マジックボール・零距離掃射!」


 爆音と爆炎が広がり、目の前に迫っていた蔓は消え去った。

 けれど、次の攻撃が間髪入れずに始まってしまう。


「やあああああっ!」


 今度は地面にマジックボールを放つ。

 棘を体に食い込ませ、絡みつく蔓をブチブチと千切りながら、少しだけ見えた空を目指して飛んだ。

 多少のダメージなんて、気にしてられない。


「空に逃れたからなんだというんです! 逃げ場を失っただけですわ!」


 甲高い声に呼応して、蔓たちがわらわらと伸びてきた。

 ルーちゃんに聞いた通りだ。横や下方向よりも、上に伸びる速度のほうが少しだけ遅い。


「これならどうだぁ!」


 狙うは薔薇の女王。

 杖の先を後ろに向けて、今度は魔力光線!


「いっけぇぇぇぇぇぇ!」


 光の帯を推進力に、ロケットエンジン顔負けのスピードで飛んでいく。


「ガードボールぅ!」


 同じ魔法を使うのに必要なインターバルギリギリで、魔法を切り替えた。

 けれど生まれた速度と勢いはそのまま。


 わたしは今、流れ星になったのだ!


「シューティング・スター・タックル!」


 光の向こうで鈍い衝撃音がした。

 正面から激突したルナちゃんが、ものすごい速さで吹き飛んでいった。


「あばばばばばばばばばぅどぅんばららららららららら!」


 地面を転がり、何度も跳ねて、最後はそびえ立つ山の麓に突っ込んでいった。


「入ったああああああ! なんという機転と応用、そしてど根性! これはルナ・ローズガーデン、かなりのダメージになったのではないでしょうか!」


 ルナちゃんのHPは二六七一〇。

 バトル開始時点で私との差は一目瞭然だった。


 でも、土煙の中に小さく見える数値は一〇五七〇にまで減少している。


『すげぇ! なに今の!』

『捨て身すぎんか?』

『がんばれ! このまま叩き込め!』

「はいっ!」


 撃てるだけのマジックボールを狙い撃つ。

 立ち昇る土煙と崩れる岩。その中に標的はいる。


「こんのおおおおおおお!」


 マジックボールが生い茂る蔓に阻まれた。

 岩を吹っ飛ばし土埃を払って、薔薇を冠する女王が姿を見せた。


 でも、髪は乱れて服もボロボロ。足が震えて、立っているのもやっとなのがわかった。


「あんな野蛮な攻撃で、このわたくしが……いえ、これはわたくしの油断と慢心が招いた事態。認識を改めなければ」


 大きく息を吸い込むと、ルナちゃんは胸を張りわたしと向き合った。


「認めましょう、桜色ひかるさん。貴女は強い。そして、その強さにわたくしは嫉妬していましたわ」


 突然語られた意外な言葉に、つい聞き入ってしまった。


「わたくしはオリジナル・ウェポンを使い一位を死守するあまり、大切なことを忘れてしまっていました。それは壁に挑む心構え。勝ちたいというハングリー精神。ここからは、正真正銘すべてを懸けて。全身全霊でお相手致しますわ」


 なんだろう、一言で言えば面構えが違う。

 ずっと纏っていた強者の余裕みたいなものが消えて、飢えた獣みたいな貪欲さが加わっている。


「お覚悟を!」


 地中から伸びる蔓たちが、地形を変えながら向かってくる。

 横に跳んで躱して、マジックボールで反撃を繰り出した。


「まだまだですわ!」


 さっきよりも攻撃が甘い。魔力光線や散弾も繰り出して、こっちも反撃ができている。


「このままならっ!」

「攻め落とせる、と思いまして?」


 聞こえた声とぶつかった視線に、背筋が凍った。


「貴女は強くて純粋な御方。だからこそ、正直に乗ってくれると思いましたわ。目の前に現れた攻撃のチャンスを、ひとつも見逃さず」


 しまった。まさかわざと反撃させていたっていうの?


「貴女の力は美しい花を咲かせる養分となりました! 死薔薇ローズ吹雪ブリザード!」


 ルナちゃんの背後に何輪もの花が咲き、花弁を散らした。

 次の瞬間、さっきまでとは比べ物にならないスピードで襲いかかってきた。


「きゃあああああっ!」


 一枚一枚が刃物みたいに鋭くて、あっという間に全身を刻まれた。

 目の前が赤く塗り潰され、むっとする薔薇の香りが自由を奪っていく。


「すごおおおおい! ルナ選手、ここで新たな技を繰り出しました! 桜色選手は大丈夫か?」


 なんとか意識はある。でも、体が信じられないくらい重い。

 かすれた視界で見た自分のHPは、残り三〇〇を切っていた。


「さらにっ!」


 地中から伸びた蔓が巻き付いて、十字の姿勢で掲げられた。


「ぅぐっ!」


 口も塞がれて、パフォーマンスを叫ぶこともできない。

 締め付けと刺さる棘が、わずかな身動きも許してはくれなかった。


「貴女の発想と爆発力は、決して侮ることはできません。ゆえに……パフォーマンス!」


 そんなっ、この状況でさらにパフォーマンスなんて!


「念には念を。全身全霊と申し上げたからには、わたくし一切の妥協は致しません!」


 インターバルの間に髪を整え土を払い、傷つきながらも凛とした女王が舞い戻った。


「画面の切り替えを申請致します」


 申し出はすぐに了承されて、ルナちゃんはどこかへ消えてしまった。

 その代わり空に大きなスクリーンが映し出された。


 あれは、現実の世界?


「わたくしのチャンネルでは、頂上戦で今までにないわたくしをお見せすると予告していました。親衛隊のみなさん、お待たせしましたわね」


 画面の中は洋風の広いお部屋。

 まるで、フィクションの中で見るお金持ちのお屋敷だ。


「ご覧いただきますわ。わたくしのす・べ・て」


 映像の隅に置かれたのはVギア。

 フルフェイスマスクで表情の機微を読み取るこの機械は、実写配信の顔バレ防止に使われることが多い。


 それを外したということは。


「ごきげんよう、皆様。わたくしがルナ・ローズガーデンでございますわ」

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