第33話 『死神』
突然の事態に、私たちは言うまでもなく混乱したし驚いた。
投稿された三分ほどの動画は謝罪ばかり。肝心の理由は語られずこのイベントを最後にVテイナーを引退する旨が語られた。
SNSに貼られた文章も、似たり寄ったりの内容だった。
世間的には小さなネットニュースだが、バトルアリーナではそれなりに大きな反響を呼んだ。深夜に起きたこの事件は、夜明けを待たずに多くの人に知れ渡る。
だから、私たちカラフル・ミラクルは。
だれよりも早く行動を起こした。
「まずはみなさん。こんな時間に集まっていただき、ありがとうございます」
西洋の宮殿を模したチーム・ベース。
ルナ殿の所有物を受け継いだものだが、全員で集まれる広間は四人の趣味を反映させている。
もちろん、ひかる殿も例外ではない。
「ルー殿、ルナ殿。それからカラフル・ミラクルのリスナー有志の皆様。さくらメイトの方々へ、ルナ殿のメンバーシップギフトの配布ありがとうございます」
バトルアリーナでは特定のチャンネルの有料会員、通称メンバー限定サービスに加入する方法としてギフトというものがある。
他のユーザーが一ヶ月分の料金を代わりに支払い、お試しで招待する。言わずもがな金銭面での個人負担が大きくなり、Vテイナーからのお願いや誘導は原則禁止とされている行為。
それを承知で私はお願いした。
結果、多数の有志がさくらメイトの中でも古参と言われる方々や、モラル等に信用の置ける方をルナ殿のメンバー限定配信の場へ招いてくれた。
「招待してくださった方はあとで申し出てくださいまし。わたくしが立て替えますので」
「手続き関係のことは後回しだ。それよりも、あいつどうしちまったんだよ?」
イライラを隠そうともせず、ルー殿が低い声で唸った。
「なにもわかりません。日付が変わる前、今日は二三時くらいまでイベントバトルをしてましたが、変わった様子などはありませんでした。本当に、どうして……」
発表を見てからずっと、胸の奥がズキズキと痛む。
「こちらからの連絡にはメールのみ。それも『ごめん』のバリエーションが多いだけ。取り付く島もありませんわ」
「だから金使ってリスナーも巻き込んで、奇行の理由を探ろうとしてんだ。さくらメイトの人たちよぉ、バトル以外の配信で変なとこなかったか?」
ルー殿の声がかすかに震えている。
にじんだ気持ちに、こちらの心も熱を帯びていく。
「どんなに小さなことでもいいんです。どうかっ」
「彼女を応援してきた、皆様だからこその気づきがあるはずです。他の皆様も気づいたことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
私たち三人では掴む藁もない状態だ。
今は名も顔も知らないリスナーだけが唯一の頼り。もしかしたらいるかもしれない、私の恩人も。
『三日前くらいの歌枠、初めての曲ばっかりだったよな? なんかあるかな?』
『今日は朝ごはん食べなかったって呟いてた……さすがに関係ないか』
『いつものバトルは射撃率が七十六%近接戦闘が二十四%くらいなのに、今日は射撃六十二%近接三十八%だった』
様々な意見が寄せられてくる。
我々も気づきを見逃さぬようひとつひとつを注視していった。
『前から引退を考えてたにしては、年末までの予定表も出してるんだよねぇ』
『突発的ってこと? さすがに引退はスケールデカすぎじゃね?』
『戦った相手とはほとんどフレンドになってたみたい。ますます引退の理由がわからん』
『最後のバトルもカタナちゃんとの連携で圧勝してたのに』
『隠れてばっかの子、速攻で見つけてたもんなぁ。罠は避けるしマジでバトル上手くなってた』
「ストップ! そのへんのコメント!」
浮かんでは次々に流れていくコメントの波を、子犬の爪が止めた。
「カタナ、対戦相手のリスト見せろ」
「は、はい」
対戦履歴を表示し怖い顔のルー殿へ見せた。
「……こいつだけじゃねぇはずだ。前にもどっかに……おい、ルーの群れたちいるだろ?」
『もち』
『呼んだ?』
五秒以内に反応があるのは本当にすごい。
「最後に戦った奴に似た声のVを調べろ。イベントバトルで戦った分でいい。それと過去に、ひかるみたく突然引退したVも」
『報酬は?』
「成人規制枠でシチュボの無料配信。期待以上の持ってきた奴には、十五分の個人通話」
『りょ』
『一〇、いや五分待って』
宣言通りの五分が経った頃、待っていた通知がきた。
『ほい、声紋一致率九〇%以上でまとめた』
『引退者リスト~発表直前から引退までの流れを添えて~』
「おけ、さんきゅ。愛してるぜお前ら」
いや、群れたち有能すぎないか?
「……ルーの思った通りだ」
絞り出した声にコメントすらも静かになった。
「引退までの流れ、なんか見覚えあったんだ。小さい違和感くらいだったけど、さくらメイトと群れたちのおかげで確証を得た」
「ひかる殿にいったいなにが?」
投げかけた疑問に返された視線には、抑えられない怒りが溢れていた。
「ひかるは目をつけられたんだ。バトルアリーナの死神に」
荒唐無稽で過大な呼称。
しかしその名は、たしかな現実味を私たちに突き付けていた。
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