第34話 第二章最終話『想いはひとつ』

「死神、ですか?」


 冷たい塊が胸元を過ぎていく。

 現代ではあらゆる創作物で見受けられる死の象徴だが、この世界で耳にするのは初めてだ。


「あくまで噂レベルだったんだけどな。今回のことで、本当にいるってわかったぜ」

「もったいぶってないで、はやく教えなさいな」


 ルナ殿に促されると、あるデータが送られてきた。


「死神ってのは、対戦した相手を引退に追い込むって言われてるVテイナーのことだ。やり方はいろいろ説があったんだが、ひかるの件はその中でも一番有力視されてた手口だった」


 画面の中に五つの切り抜き画像が表示された。 

 どれもこのイベントで私たちが戦ってきたとあるVたちだが、共通点があるとは思えない。


「コイツとコイツとコイツとコイツとコイツ。全員中身は同じだ」

「えっ!」

 

 思わず声が出た。

 

「な、なぜわかるんですか?」

「そうです。バトルアリーナでは、同一人物による複数の登録は不正でしょう?」

「不正だからロクでもねぇんだろうが。コイツら全員、同じ音声変換ソフトを使ってやがる。けど、変換前の声が同じだって突き留めてくれた」

『これでも声関係のプロっすから』

 

 改めて群れたちのハイスペックぶりが垣間見えた。


「でも、だからなんなんですの? どうしてひかるさんが引退に?」

「これ見ろ。三年前、あるVの攻撃にウイルスが検出されて、アカウント取り消しになった事件。コイツと戦った奴は、八割がひかるみたいな引退に追い込まれたんだ。このウイルスが原因じゃないかって当時も話題になった」


 過去のネットニュースには、犯人と思われるVテイナーが笑っていた。

 やったことを考えると、可愛らしい見た目が不気味に思える。


「けっきょく、ウイルスからは動作遅延と通信妨害しか検出されなかったらしい。でもルーは、ひかるの件も同じだと思ってる」

「なにを根拠に?」

「……被害に遭った奴の中に知り合いがいたんだ。その子がさ、ルーがデビューするときにメッセージくれたんだよ。私はもうVテイナーはできないけど気をつけてって」


 振り上げる先を知らない小さな拳が、固く強く握られた。


「引退後も調べてたらしくてさ。この事件との関連とか、いろいろデータを送ってくれたんだ」

「なるほど。だから気づいたんですね」

「ちょっとよろしくて?」


 腕と足を組んだルナ殿がおもむろに手を上げた。


「三点疑問があります。ひとつは、なぜひかるさんだけが引退を発表したのか。イベント・バトルは二人一組です。犯人が死神で本当にウイルスが使われたのなら、カタナさんもなにかしらの被害があるはずじゃなくて?」


 たしかにそうだ。

 死神を疑うVとは私も刃を交えた。しかしバトルアリーナの生活も私生活も、なにも問題なく過ごせている。


「知り合いによれば、三年前にバレたからウイルスの効果を弱めてるんだろうって」

「なるほど。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ですか。言われてみれば、そのVの攻撃はだいたい捌いていました」


 戦いの様子を思い出すと、ひかる殿に攻撃が集中する場面が多々あった。


「あと、ひかるのほうが話題になると思ったんだろうな。昔みたいに人数稼げねぇから、一発がデカいのを狙ったんだろ」

「もう一点。なぜ貴女の知り合いは復帰できないんですの? 新しいアカウントでやればいのに。最後にそのウイルスとやらは、ひかるさんになにをしましたの?」


 まくしたてる女王様をコメントたちが丁寧になだめている。


 今回の原因が人為的なものだとわかった時点で、ルナ殿からは激しい怒りが垣間見えた。きっと今すぐにでも動きたいのだろう。抑えられない感情が言葉に宿っている。

 私も同じ気持ちだが、今はまだ冷静を保たなくては。


「……その二つの答えは同じだ」

 

 歯を食いしばった口から白い牙が顔を出した。


「個人情報を抜かれて、引退しなきゃ公表するって脅される。ペア組んでたVもそれをネタに脅されたんだろ」


 それは配信者にとって禁忌、業界のタブー、Vの存在を揺るがす猛毒。


「それは……ダメでしょう」


 嗚呼、私も抑えられない。

 腰の刀に手をかけ、外道の行いに憤りを抱いた。


「そうだ。絶対に許しちゃいけないんだ。ルーは……あたしは、ひかるを失いたくない!」


 想いは一つ。そして私たちはチームだ。

 ――――結論はすでに出ている。


「ひかる殿を助けましょう。死神の呪いから解放するのです!」


 目的を得た私たちは、強い想いで動き出した。 


 私は沈黙を続けるひかる殿に連絡を取り続け、引退前にもう一度イベント・バトルができないか交渉した。


「うん……カタナちゃんには……迷惑、かけちゃったし。い、いいよ。あっ、えっと、なら……戦いたいペアが……い、いるんだけど」


 久しぶりに聞いた声はとても弱々しく、止まりかけのオルゴールのようだった。

 対戦が決まったことをルー殿たちに伝え、私たちも準備を進めた。


 そして迎えたイベント最終日。

 絆を誓った花嫁との最後の夜が始まる。

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