第41話 『私のはじまり3』ーカタナ視点ー
「す……すごいすごいすごおおおおおおおおい! 突然の引退発言には驚きましたが、海月選手、ここでとんでもない新技を繰り出したぁ!」
「水流をこんな使い方する人、見たことないですよ。あぁもう、ウズウズしちゃうなぁ」
どうぞ皆様ご覧あれ。
あの人がくれた強さを。泣いてばかりだった少女が、かつての恩人を救う瞬間を!
「……死神を殺す? ちょっとケミカルちゃん意味わからないなぁー……まぁ、いいや。相手になってあげるよ」
風が強まり、雨が頬を打った。
「イエロー、ホワイト、サンダーボルト・リキッド!」
さすがに素早い調合だがモブ子の射撃のほうが速い。
流れる稲妻を躱し、二刀を構える。
「雨貫・
倍となった刺突の豪雨。
降りしきる雨粒と共に喰らえ!
「いけっ! ネズミさんたちぃー!」
汚れたスカートの中から無数のドブネズミが飛び出し、攻撃に割って入った。
「くっ!」
「シシシシシ! お前らが地下にいる間、なにもしてないわけないだろうが! モブ子が発電機引っぱって、ケミカルちゃんはお友達を増やしてたんだよ!」
見た目のインパクトはあるが、ネズミごとき脅威にはならない。
ケミカルの代わりにすべて貫き、再び本体を狙えばいい。
「ボム・リキッド!」
だがケミカルは、仮にも友と呼んだネズミごと爆撃した。
「小癪な!」
「まだまだぁ! カラスさーん!」
今度は号令と共にカラスが飛んできた。
漆黒の翼は視界を覆い、啄むくちばしと固い爪が地味にHPを削る。
「邪魔をするなぁ!」
まずい、ケミカルが逃げる。
恐らくはあいつが死神本人。お姉さん相手に薬使いを選ぶ性格の悪さは、過去を知っているからこそだ。
みすみす逃がしてたまるか。
大技で一気に決めてやる!
「うおおおおおおおおっ!」
二刀を重ね、生まれた大刀でカラスの群れを薙ぎ払った。
天に突き上げ力を乞う。絶え間なく降り注ぐ雨水も、私にとっては強力な武器だ。
「
本来は水中でしか放てない技も、この天気なら一度だけ繰り出せる。
眼光鋭く牙を剥き、とぐろを巻いて轟く咆哮。
青き竜よ、眼前の敵を喰らえっ!
「リキッドポーションはさぁー、なかなか繊細でさぁー」
SМの女王様も震えた水竜の顕現。
なのにケミカル・ビーカーは逃げることもせず、飄々と語り出した。
「混ぜる液体の種類と順番で、いちいち効果が変わるんだぁー。レベルが上がればさらに種類が増えるし」
「なにを言って」
剣士の勘が警告を発した。
またヘラヘラと笑い出したケミカルの手に、フラスコがない。
「馬鹿みたいに全部混ぜたら強いってわけじゃない。むしろ逆。大爆発を起こして自滅する」
ピンと突き出した指が私の竜を指した。
「レベルⅤの全部混ぜとか、大事故になるんじゃないかなぁー?」
周囲でとぐろを巻き、流れ続ける水竜の体。
その中に、五色の液体と丸型フラスコが混入していた。
「しまっ」
清流は瞬く間に濁流へ変わり、技の解除が間に合わない。
太陽に囲まれたかと思う光の炸裂のあと、目の前は暗闇に飲み込まれた。
気づいたときには体が地面を跳ね、瓦礫にぶつかって止まり、高らかに笑う敵を見上げていた。
「ぎゃははははは! せっかく一人で頑張ってたのに残念だったなぁー!」
「……ぅあ……」
ダメだ、一度にHPが減り過ぎた。
今まで経験したことのない体の重み。被ダメージによる行動不能時間は、どれくらいになるのだろう。
「海月カタナ、一転して大ピンチ! ケミカル選手はあの危機を上手く脱しました! しかし、すべて割れてしまったフラスコの回復には時間がかかります。まだ勝負はわからない!」
『立って! カタナ殿!』
『まだやれる!』
『カタナちゃん! しっかり!』
周りの言うとおりだ。
こんなところで終わってたまるか。こいつにだけはやられてたまるか。
お姉さんを傷つけて、桜色ひかるというVテイナーまで奪おうとする。
あんな最低な奴に負けてたまるか!
「すごいなぁー、HP九〇とか初めて見た。タキシードとかほとんどないし。ほぼ下着じゃん、ウケる」
スキル、ジェリードレスのおかげでなんとか首の皮一枚繋がった。
しかし、このスキルは纏う衣服に耐衝撃性を持たせるもの。この姿では、もはや効果を発揮しない。
ゆったりを降りてきたケミカルがほくそ笑み、身動きの取れない顔を踏みつけた。
「……体が触れてると実は音声に乗らない小声でも伝わる。特別に教えてやるよ、我は死神だ」
破れたストッキングの向こうに、倒すべき敵が笑っている。
「桜色ひかるになにをしたのか、お前はなぜか知っていた風だったな。まぁこの際、どうやって知ったかは問題じゃない。二人仲良く引退するんだからなぁー」
嗚呼、この足を今すぐ噛みちぎってやりたい!
「引退したあとに騒いでもいいが、どうなるかわかってるよな? このバトルでお前の個人情報もゲットした。広まることになるぞ? 花田未来と月島海の顔が」
きっとVギアの向こうでも、こいつは同じ顔をしているんだろう。
あのときの男と同じくらい最低で最悪な笑顔だ。
「く……そっ………くそぉ! 貴様あああああああああ!」
動け、動いてくれ!
海月カタナはこのために生まれた。
海月カタナは今動かなきゃダメなんだ。
海月カタナは絶対に、この戦いに勝たなきゃならないんだ!
「あぁ、そうだ。いいこと教えてあげるよ」
足が離れた。けれど大きな影が広がって、雨が止んだ。
「モブ子の射撃テクを警戒してたみたいだけどさ、真骨頂はそこじゃない。あいつのスキルは精密射撃の他に、自然回復Cと怪力B。タフさとパワーが売りなんだよ」
「おお、お待たせしました、ケミカルさま」
ケミカルが離れ、代わりに空から近づくものがあった。
モブ子が担いだ働く車。見慣れないが名前は知っている。
「タンクローリー!」
感情の読めない黒点の目が、大きな車体を投げつけてきた。
「……お姉さん」
ごめんなさい。やっぱり私は弱いままだった。
あなたみたいにできなかった。
悔しい、悔しい、悔しい!
今も頭の中では、あの歌が流れてるのに!
咄嗟に目を閉じると鼓膜を揺らす爆音が世界に満ちた。
Vテイナーとしても、剣士としても、私の物語はここで終わる。
そう、思っていたのに。
「――――待たせてごめんね」
肌を撫でたのは快い風。
雨上がりの空気が大好きな声を運んでくれた。夢のように熱い腕が、私の体を抱いている。
「あのときの約束どおり、助けにきたよ!」
雨が上がった。風が吹いた。
雲が流れて一筋の光が差し込んだ。
だれよりも強い私のヒーロー、桜色ひかるが立っていた。
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