第40話 『私のはじまり2』ーカタナ視点ー

「うそ……カタナちゃんが……あの、ときの」

 

 過去の話を終えると、ひかる殿は呆然としていた。

 

 桜色ひかるの現実世界での名は、花田未来。

 私がVテイナーになった理由。ずっと探していた恩人。

 強くなった姿を見てもらいたかった、憧れの人だ。


「そう! そうですっ! 私、私っ!」


 言葉が出てこない。

 さっきまで普通に話せていたのに、言いたいことはたくさんあるのに、本人だとわかった途端、胸がいっぱいになった。

 お姉さんはずっといっしょに、こんなに近くにいたんだ!


「あのときのお礼を言いたくて! 本当に……会えてよかった」


 涙が止まらない、気持ちが溢れて終わらない。

 でも、なにがなんでも! 

 これだけは伝えないといけない!


「本当にありがとうございました。あなたは……私のヒーローです」


 やっと言えた。一〇年くすぶっていた想いが形になった。

 

『ひかる殿が恩人だったってこと?』

『なにこの神展開!』

『おめでとうございます、カタナさん。Vになった目的がひとつ達成ですね!』


 リスナーの方々も喜んでくれている。

 ただ、今の私はこれ以上冷静さを失うわけにはいかない。


 宿願を果たした今、解決しなければならない問題ある。


「……あなたの近況は、偶然会ったお母さまから聞いていました。あの事件以来、苦しみ続けていることを……私のせいで一〇年も」

「そ、それはっ、ちがっ」

「違いません。だって今も、そのせいで引退しようとしている」


 丸くなった瞳が隠し事を物語る。


 おねえさんにとって、広まって困るのは自身の顔。

 あのとき負った火傷が人生を狂わせた。この人は顔を見られることを、なによりも嫌うのだ。

 名前や住所を知られるよりも。Vテイナーとしての居場所を失うことよりも。


「言わなくていいです。わかってますから」


 記憶の彼女のように上手く笑えただろうか。

 

「あなたはここに。そしてどうか見ていてください。あなたのために戦う姿を、成長した私を」


 涙は止まり、吸い込む空気が心地よい。

 もはや迷いも未練もない。この人のためなら限界すらも超えられる。


「聞こえますか、サン殿。このバトル、我々の負けに海月カタナの引退も懸けます!」

「え? は? えええええええええええ! どうしてっすか!?」


 ざわめきと驚愕の声が聞こえた。

 一番大きかったのは、言うまでもなく背後の人だ。


「なっ、なんで! ダメ、カタナちゃんは関係ない! あなたはなにも」

「私がVになった理由を覚えていますか? 最優先の恩人探しは達成しました。あとは強さを求めることですが、戦いにも良し悪しがある。今このとき以上に誇り高く、尊いバトルがありましょうか」


 暗く狭い空から雫が落ちてきた。

 どうやら天候は雨に変わったらしい。


「いってきます。今度は私があなたを助ける番だ」


 返答を待たずに地面を蹴った。

 恐らくは待ち伏せの一斉攻撃か、罠が仕掛けられている。だが、関係ない。敵の思惑などなにが来ようと同じこと。

 

 すべてを懸けたこの剣を振るうのみだ。


『わたしはあなたの選択を支持します』

『いつかこうなると思っていました。後悔だけはないように』

『今こそ海月剣姫の真髄を見せるときっ!』


 てっきり批難が飛んでくると思ったのに、コメントのほとんどは行動に理解を示してくれている。

 短い間だが、いつも私を見守ってくれた人たち。彼らも大切な恩人だ。


「……こんなタイミングで今さらなんですが、ファンネームを考えていたんです。みなさんはコメントなどで、いつもいっしょに戦ってくれてるわけじゃないですか。だから『同志』と呼びたいのですが、よろしいでしょうか?」

『本当に今さらで草』

『同志! カタナちゃんらしい!』

『いいですね! いざ! 一世一代の戦いに!』


 ありがとう。背中を押してくれる言葉のひとつひとつが、この身に熱い力をくれる。


「では参りましょう、私の同志たち!」


 落ちてきた穴を抜けると、細かい雨が全身を濡らした。

 同時に、瓦礫の上でヘラヘラと笑う倒すべき女の顔が見えた。


「なんだか感動的なことしてましたねぇー。でも、引退なんて軽々言って大丈夫ですかぁー?」

「黙れ外道。もはや貴様と交わす言葉などない」


 切っ先を向けて睨むと、ヘラヘラ顔はイラつきを見せた。


「あっそ。じゃあそのまま逝っちゃってくださーい」


 わずかな違和感が体を這った。

 流れ落ちる雨粒の軌道が、纏わりついた糸状の粘液を教えてくれた。


「ブラック、イエロー、ホワイトで作ったスライムの網だよ。ここで問題でーす、どこに繋がってるでしょうか?」


 蜂の羽音に似た不快な音が聞こえた。

 見ると建物の陰にモブ子がいて、となりには運んできたであろうステージギミックの発電機が唸っている。


「終わり、です!」


 キラキラと光るスライムの糸が伸びている。

 恐らくこれを使った電撃で仕留めるつもりなのだろう。


「ふう……」


 息を一つ吐いた。

 世界から音が消え、私以外の動きが止まる。


 特殊武器の水はデビューしたての頃、刀や剣タイプの攻撃力不足に悩んでいた私に、同志が助言してくれて出会った。水量も形状もイメージ次第で変えることができるが、その分集中力が必要な扱いの難しさがある。

 だが今なら、この研ぎ澄まされた集中力なら、不可能なことなんてこの世にはない。


「はあああああ!」


 体を回転させて糸をすべて断ち切った。

 緑の指がスイッチを押し切る前に、モブ子の下へ飛ぶ。


「なっ!」


 さすが世界レベルのFPSプレイヤー。

 こちらの動きを察知し、即座にサブマシンガンでの迎撃に切り替えるとは。

 

 しかし、無駄だ。


 迫りくる銃弾をすべて捌き、一呼吸のうちに刃の間合いに入る。


「水断・こう


 かわいらしいドレスが引き裂かれ、布地と弾が散った。

 華奢な体が窓ガラス突き破り、廃ビルの向こうへと消えた。


「うぎゃあああああ! て、てめぇ、なんだそれはぁ!」


 背後でケミカルの悲鳴が聞こえた。

 モブ子の負ったダメージを共有し、破れたドレスからブラを露わにして睨んでいる。頭上に見えるHPは六八〇一〇。残り半分を切った。


「そちらの武器レベルが上がったのなら、こちらはこちらの限界を超えるだけ」


 周囲に満ちるのは激しさを増す雨音。

 この手が奏でるのは敵を討つ流水のしらべ。


転水双竜てんすいそうりゅう。死神すら殺す我が力だ」


 レベルⅣ《水流》になってから刀の切れ味は格段に増した。

 水を細く刃に流し、チェーンソーのようにぐるぐると循環させることで、流れが終わらない流水の刃を作り上げたからだ。

 

 左手に作り出したのはその応用。握る手の中で生んだ流れを伸ばし、刃の形状に保って再び手の中へ戻すことで、この怒りを具現化させた。


 今まで共に戦ってきた一刀と新たに生まれた水の剣。

 これが私の全身全霊だ!

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