第24話 『色とりどりの奇跡の名を』

《バトル・スタート!》


 ――――開始と同時に肉球が地面を蹴り、無数の蔓が発生した。


 ルーちゃんのHPは二〇三〇〇。対してルナちゃんは三〇五一〇。互いの純粋なステータスの合計値も、ルナちゃんが有利に見える。


「ワンワンワン!」

薔薇網ローズ・ネット!」


 捕まえようと広がる蔓を、ルーちゃんはなんなく躱してみせた。

 そして次の攻撃が来る前に跳び上がり、十本の衝撃波を飛ばした。


 レベルⅣ《戦士の爪》で追加された、中距離攻撃だ。


「甘いですわ! 総撃オール魔棘鞭パニッシュ!」


 大量の蔓が風の爪を弾き飛ばし、反撃を行う。


「ぐるるるるっ」


 ルーちゃんは唸りながら不敵に笑い、縦横無尽に空を駆けた。


「こ、これが飛行……ですが、以前の貴女はこの技に手も足も出ませんでした。いくら空を飛んだところで、結果は同じですわ!」


 多少の驚きはあったものの、ルナちゃんは攻撃の手を緩めない。


「すごい。あんなふうに動けるんだ」

「はい。私もあそこまで自在に飛ぶことはできませんでした。しかも見てください。ルー殿は蔓を足場にして、動きに緩急をつけている」


 言われてみれば、たくさんの蔓は当たらないどころか踏み台にされたり、逆に掴まれて鉄棒の代わりにされたりしている。


「な、なんで当たりませんのぉ!」


 ルナちゃんの顔からも余裕が消えてきた。


「……なるほど。ユキノ殿が言っていたユニークスキルのおかげのようです」


 浮かんだウィンドウには、ルーキーランクにはなかったスキルの項目が映し出されていた。


「嗅覚上昇B、聴覚上昇C。恐らくこの二つを駆使して、あの猛攻を先読みしている」

「す、すごい……この良質な毛並みってスキルは」

「体に付着した汚れや液体などを、通常より早く落とすことができるみたいですね。動きが鈍る原因になりますし、いいスキルです。ルー殿は当たりを引いたようですね」

「え、えっと、ルナちゃんは……勝利時マニーボーナスB、常時ショップ値引き一割、アイテムボックス増量B」


 あまりの差にこっちが泣きそうになってしまった。

 不憫すぎる。絶対にハズレじゃん!


「アリーナで生活するだけなら当たりですが、彼女にはかわいそうですね……」


 同情の視線が、必死に戦う女王様へ向けられた。

 負けじとルナちゃんも空を飛んだけど、お世辞にも速いとは言えない。


「ちなみに私は水中適正C。連勝数が増えるほどステータスボーナスがつく、歴戦の猛者B。衝撃によるスタンとノックバックを軽減する、ジェリードレスCです」

「カタナちゃんもすごい当たりじゃん」

「ひかる殿は?」


 一瞬答えに詰まってしまった。

 でもカタナちゃんならと思い、自分のスキルを読み上げる。


「妖精の羽、飛行時の姿勢制御と加速を強化。逆転の覚醒B、HPが一〇〇以下のとき、与えるダメージが大幅に増大。キュウソネコカミ、登録者が倍以上の相手との戦闘で一度だけダメージが倍になる。それと……もうひとつ」

「えっ?」


 弾かれるように、碧く光る瞳がわたしを見た。


「ブロンズランクで得られるスキルは三つでは?」

「そのはずなんだけど、なぜか四つ目があったの。名前は開花。説明も『蕾はいずれ冬を越し、美しき花を咲かせる。想いはいずれ形となり、大いなる力へ変わる』としか書いてなくて」


 カタナちゃんは顎に手を当て、ウィンドウを覗き込んだ。


「……これでは効果の内容も発動条件もわかりませんね」

「うん。四つあること自体あり得ないことだし。運営に言ったほうがいいかなぁ?」

「バグの可能性もありますが、ちゃんとスキルとして成立しています。もしかして、とてもレアなのでは? せっかくですから、このまま様子を見ましょう」


 わたしは頷いて、また自分のスキルに目をやった。

 もしかしたらレア、という考えは持っていた。だからカタナちゃんの意見に異論はない。


 ――――でも、もしそうだとしたら。


 スキルをランダムに分ける世界最高のAIは。

 どうしてわたしを選んだのだろう。


「もらったああああああ!」

「いやああああああああ!」


 勇ましい雄叫びと悲痛な叫びがこだまして、勝敗が決した。 

 ルーちゃんはほぼ無傷で勝利し、かつての雪辱を果たした。

 一方でルナちゃんは、項垂れてへたり込んでいた。


「よぉし! マニーは今日中によこせよぉ?」

「わ、わたくしが……こんな子犬に……」

「まぁまぁ。ルー殿はすでにブロンズの戦いを経験していましたし、そこまで気に病む必要は」


 なだめに行ったカタナちゃんの言葉に、ルナちゃんは勢いよく立ち上がった。


「初戦じゃありませんでしたの? わざと言いませんでしたわね、このズルパピィ!」

「聞かれなかったからなぁ! なんだ? 今のは無効にするか? 薔薇の女王様が往生際の悪いなぁ?」

「こんの……」

「ストーップ!」


 掴み合いになりそうな二人の間に、慌てて飛び込んだ。


「わたしたちは今から同じチームでしょう! もう喧嘩終わり! ダメ絶対!」


 子どもを叱るみたいに声を上げると、二人とも口をへの字に曲げて黙った。

 カタナちゃんと力づくで握手をさせて、なんとか四人でテーブルについた。


「じゃあさっそく、チーム登録しよう!」

「ではチームベースはこの宮殿をお使いください。このときのために購入したのですから」

「でも友達はいなかったんだな」

「ルーちゃんっ!」


 ウィンドウで拠点とメンバーを入力していく。

 最後に残ったのは一番重要で一番難しい項目だった。


「チーム名とリーダーはどうする?」


 わたしの問いに、三人は待ってましたとばかりに口を開いた。


「チーム名は『鉄血の牙』ってどうだ? めちゃくちゃカッコいいだろ?」

「オオカミ・ユキノさんのパクリですわね。『ビューティフル・フラワーズ』これしかありませんわ」

「『至高英傑』これこそ我らに相応しい」


 ダメだ、センスがバラバラだ。

 しかも、みんなこだわりが強いからぜんぜん譲ろうとしない。


「ちょっと三人とも落ち着いて」

「ひかるはどうなんだよ? なにかないのか?」


 ルーちゃんの言葉を合図に視線が集まった。

 どうしよう、絶対に言う空気だ。


「えっと、考えてたのは『カラフル・ミラクル』ってやつで……みんな個性的なカラーがあって、リスナーのみんなも含めた出会いは奇跡みたいだなぁって意味が」

「……採用」

「ですわね……悔しいですが」

「一番理由がしっかりしてます」

「えぇ! そんなあっさり!」


 ちょっと恥ずかしいんですけど。


「じゃ、頼んだぜリーダー」


 高まった顔の熱が追加の驚きで吹っ飛んだ。


「……リーダー? わたしが?」

「チームの名付け親だろ? 他にだれがいるんだよ?」


 なんで二人も頷いてるの?


「いや、ルーちゃんやらないの?」

「わたくしが許しませんわ」

「ならルナちゃん」

「ルーが許さん」

「カタナちゃ」

「私も器ではありません」


 どうしてこんなときだけ三人で阿吽の呼吸なの?


「で、でも、わたしだってリーダーって感じじゃ」

「考えてもみろ。全員に勝ってるのはひかるだけなんだ。当然の人選だろ?」


 三色の視線が熱い。

 こうなったら、さくらメイトとリスナーの意見を!


『いいと思う!』

『よっ! リーダー!』

『陛下が認めた方であれば』

『ひかる殿なら異論はありません』


 もう逃げ道がない!

 でも……でも、本当にわたしでいいのなら。

 リーダーをやってみたい。

 今は自信ないけど。

 わたしなら、桜色ひかるなら、きっとできるはずだから!


「――――やります。わたし、カラフル・ミラクルのリーダーになります!」


 意を決して飛び出した言葉は、風で舞った花びらと共に空を駆けた。


「んじゃ」

「えぇ」

「最後は全員で」


 モフモフと白い手袋と青いネイルが、わたしの指に重なる。

 四つの指の下には『チーム登録』のアイコンが点滅していた。


「ルーちゃん、ルナちゃん、カタナちゃん。改めて、これからよろしく。いっしょに楽しんで、がんばって、最高のチームになろう!」


 胸いっぱいに膨らんだ想いを、溢れる声に乗せた。


「カラフル・ミラクル結成!」


 四人で押したアイコンはすぐに《承認》へ変わり、渦巻く虹色の光がわたしたちを包んだ。

 ステータスの所属チームにはカラフル・ミラクルの文字が浮かび、わたしたちの新しい絆を教えてくれていた。


「よっしゃあ! このままの流れで結成記念配信だ!」

「子犬にしてはいい案ですわね。では、自慢の宮殿の中を案内致しましょうか」

「それは助かります。これから、私たちの家になるわけですから。さぁ、ひかる殿」


 カタナちゃんの細くてきれいな手が差し出される。

 ルーちゃんとルナちゃんが、どっちが先頭を行くか口喧嘩しながらも、わたしのことを待ってくれている。


「うんっ!」


 手を取って、みんなとお日様に照らされた道を歩いていく。

 なんて楽しくて、嬉しくて、素晴らしいんだろう。

 こんなふうに光に満たされた道が、ずっとずっと続いてくれる。

 わたしは心から、そう思っていた。

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