第30話 『同じ瞳の人』

 泡立つ光に誘われて、孤島からホームの花園へ戻ってきた。

 照り付けていた太陽は穏やかに微笑み、整った石畳が靴底に馴染む。


「やったね、カタナちゃん!」


 パートナーがとびきりの笑顔を見せてくれた。

 私も勝利の喜びはあるが、その笑顔の前には陰ってしまう。


「すいませんでした。私のせいでひかる殿にもダメージを」

「いやいや、わたしもけっこうピンチだったりしたよ? 相手の子、武器がドリルでさぁ。すごく強かったんだけど、なんかあえて攻撃を受けてくれたみたいで。おかげで助かっちゃった」


 海で聞いた「ドМのヘンタイ」というワードが蘇る。


「初戦を勝てたのはよかったですが、改善点はたくさんありそうですね。あとでアーカイブを見ましょう」

「そうだね。でも今は」


 二人そろってウィンドウを操作し、あるバトルの観戦を始めた。


「ルーちゃんとルナちゃんを応援しよう!」


 映像では激しい戦いが繰り広げられていた。

 相手は盾持ちの新郎が弓使いの新婦を守り、距離を取って堅実な戦法を取っている。一方で、我らがカラフル・ミラクルの二人はというと。


「あぶねぇ! どこ狙ってやがんだバカ! 今のはルーが死角に回り込むとこだろうが!」

「貴女に攻撃が集中してたんですから、わたくしが仕掛けるのがベストだったでしょう! 邪魔しないでくださいませ?」


 痴話喧嘩というかなんというか、バトルとは別の戦いまで並行している。

 事前に前衛後衛は決めていたらしいが、それ以上の作戦が成り立っていない。


「……あれでも一応戦えてるからすごいよねぇ」

「見えているものや発想は同じなのですから、噛み合えばすごいペアになるはずなんですが……」


 まだイベントは始まったばかり。

 回数を重ねる中で、この犬猿の中がどうにかなればいいが。


「あと二分か」


 とはいえ制限時間も迫ってきている。

 そろそろ相手にもなにか動きがあるはずだ。

 

「「エンゲージ……」」


 案の定、仕掛けてきた。

 盾に隠れたまま強く手を握っている。


「「きた!」」


 あんなにいがみ合っていた二人が、揃いの不敵な笑みを浮かべた。

 

 瞬きの間に相手の足下から大量の蔓が伸びあがり、握られた手を無理やり引き離した。

 分かたれた二人は互いに手を伸ばす。しかし、蔓の発生を予見していたかのように登ってきた子犬の爪が、もう守れない盾使いを好き放題に切り裂いた。


「うわああああ!」

「いやああああ!」


 若き二人の悲鳴がこだまする。

 悲劇の主人公とヒロインが、絶望に打ちひしがれれているようだ。


「ギャハハハハハ!」

「おーっほっほっほ!」


 儚い二人を無情に包む高笑い。

 花婿にトドメの爪が、花嫁には花弁の刃が振り下ろされ戦いは決着した。


 勝者、ワンワン・ルー、ルナ・ローズガーデンペア!


 カラフル・ミラクルの四人は、ジューンブライド・マッチ初戦を勝利で飾った。

 ……のだが。


「悪役でしたね、どう見ても」

「怖かったよ……」


 見事な逆転劇だったが、カラフル・ミラクルのイメージ的に良くない。


「いやー勝った勝った!」

「まっ、当然の結果ですわね!」


 当の本人たちは満足そうな笑顔を浮かべているが。


「お、お疲れ様」

「おう! ひかるたちも勝ったんだな! いい滑り出しじゃんか」

「パフォーマンスへの対応だけでも、具体的にしていてよかったですわ。本当にこのバカパピィはうろちょろと」

「あん?」

「はい?」

「やーめーなーさーれー」


 この二人が和解する日は来るのだろうか。


「ん? お前らあのSMコンビと戦ったのか!」


 私たちの戦績を見てルー殿が笑った。


「面白かっただろ、あいつら。前にコラボしたことあってフレンドなんだ」


 通知音がしてウィンドウを見ると、先ほどの二人からフレンド申請が来ていた。

 どうやら、ひかる殿とルナ殿にも届いていたようだ。


「おぉ、箱で気に入ってくれたみたいだな。あのドМは金持ちだし、女王様はマジで夜の店で女王様してるぞ。だれかさんとちがって」

「……鞭で躾してほしいのかしらね、この子犬は」


 ルー殿たちが戦ったペアからはなんの音沙汰もなかったが、新たな交友関係を得ることもできた。

 そのあとは互いのバトルを見返し次の戦いに備えた。


「さて、ルーたちは経験積んどくか?」

「もちろんですわ」


 なんだかんだ息の合う子犬と薔薇の女王様は、鼻息荒く立ち上がった。


「がんばってね! えっと、カタナちゃんは」

「……すいません。このあと、どうしても外せない用事が」


 本来であれば、私たちもイベントを謳歌したいところ。

 しかし、私にはリアルの世界に帰らなければならない理由があった。


「ううん、気にしないで。カタナちゃんの分まで応援しとくから!」


 優しく明るく笑うこの人には、本当に元気をもらえる。


「よろしくお願いします。では、リスナーのみなさんも応援ありがとうございました。お疲れ様でした」

 

 温かいコメントに見送られ目の前が暗転する。

 顔を覆っていたVギアを外すと、小さな風が顔を撫でた。白い日の光が差し込み、磨かれた床に反射している。

 幼い頃から慣れ親しんだ実家の道場。 

 ここが私の配信部屋だ。


「いつの間にか晴れたみたいですね」


 今はべつの場所に新しいものが建ってしまい、他の門下生が来ることはない。

 掃除などの管理を条件に、諸々の機材を持ち込んで使わせてもらっている。モーション・リンク・システムを活かすなら、ここ以上に相応しい場所はない。


「よし、急がないと」


 配信に思ったより時間がかかってしまった。

 予定の時間まであまり余裕はない。


うみ、いるかい?」


 重い門が開き父親が顔を出した。

 一見すれば眼鏡の優しい中年男性だが、これでも祖父の跡を継いだ月島流剣術の師範。私よりも強いし、怒るととんでもなく怖い。


「あ、お父さん。今終わったところです」

「もういらっしゃってるぞ。客間でお母さんとお茶を飲んでるから、急ぎなさい」

「え?」

「一本早いバスに乗れたって、連絡があっただろう?」


 しまった、イベントが楽しみですっかり忘れてた!


 父の苦笑いに手を振られながら、慌てて走り出した。母屋と道場を繋ぐ飛び石を駆け、笑い声のする客間へ飛び込んだ。


「す、すいません! お待たせしました!」


 母親の正面に座った女性に頭を下げる。

 柔らかいお茶の香りとチョコレートの甘い香りがした。


「いいのいいの。配信されてたんでしょう? お疲れさま、海さん。さ、座って?」


 恥ずかしそうに頭を下げた母が退出し、代わりに私が座った。

 客間の椅子は大きくて、やけにおしりが沈む。


「忙しいのにごめんなさいね? ご両親にも、いつもおもてなししていただいちゃって」

「いえ、気になさらないでください。だって、あなたは特別なんですから」


 湯気の向こうに見える瞳。

 この瞳を見ると、まだ昼だというのにあの記憶がぐずぐずと蠢いてくる。


「あなたの娘さんが私を救ってくれたんですから。花田かおりさん」


 私がVテイナーになり、バトル・アリーナで戦う理由。

 この人と同じ瞳をした女性が私の恩人なのだ。

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