第29話 『はじめての共同作業』

「帰れるもんなら、帰ってごらんなさぁい!」


 ウネウネとしなりながら、革の鞭が伸びてきた。

 まるでウミヘビのようだ。


「ふっ!」

 

 けれど、水中適正のある私に避けられない速さではない。

 攻撃をかいくぐり、一気に距離を詰める。


「お覚悟を!」

 

 イメージは凛と伸びるイッカクの角。

 トップスピードのまま、相手の懐に刃を突き立てる。


「甘いわ!」


 そんな馬鹿な。

 チーム戦では、同じ水中適正Cのスイマーが相手でも躱せなかった一撃のはず。

 なぜただのSМ女王に反応できるんだ!


「ザンネン。ワタシはね、竜宮城のSМクラブを支配してるって設定があるの。だからかしらね? ワタシの水中適正はBなのよ!」

「ぐあっ!」

 

 まるで棍棒で殴られたかのような、重い一撃が頭を通り過ぎた。

 二撃、三撃と鈍痛は全身に広がっていく。


「そらそらそらそらぁ!」


 私には出せないスピードで、タキシードの女王は周囲を回りながら攻撃を繰り出してくる。

 ジェリードレスのスキルで削られるダメージは軽減されている。だがこれでは間合いも詰められないし、技の狙いも定められない。


「ねぇ、あなた気づいてる?」


 黒い触手の隙間から、妖艶な囁きが聞こえた。


「ワタシのクセでねぇ。かわいい女の子と戦うと、つい多めに叩きたくなっちゃうのよねぇ。オ・シ・リ」


 彼女の言う通り、縦横無尽の猛攻のわりに下半身への攻撃が多い。

 てっきり機動力を奪うためかと思っていたが。


「おかげで、かわいい縞パンが見えてきてるわよぉ!」

「んなっ!」


 慌てて見ると、おしりの部分だけタキシードの損傷が激しくなっていた。

 Vの設定とはいえ自分で選んだ下着が晒されるのは、とんでもなく恥ずかしい。


「スキあり! 拘束のスキル発動!」


 なんたる屈辱。

 恥じらいで緩んだ防御を崩され、周囲に生えていた海藻で手足を縛られた。


「くっ、これは!」

「ワタシのもう一つのスキルよ。ステージにあるものを使って、相手の動きを封じることができる。まぁ、使える種類が限られてたりするけどね。はい、お口にはコレっ」

「むぐぅ!」


 どこから見つけてきたのか、小ぶりのタコが口に押しつけられた。


「んっ! んぐっ、むぅ!」


 気持ち悪い。吸盤で離れないし、足が口の中をヌルヌルと這いずりまわってくる。

 舌に吸い付く感覚が、全身をぞわぞわとさせる。


「いい顔するじゃない。ホント、そそるわねぇ!」


 なんとも嬉しそうな表情で、私のおしりを何度も叩いた。

 この歳でおしりぺんぺんだなんて、恥ずかしすぎる!


『耐えてください! カタナどのぉ!』

『負けないで! まずはそのまま様子を伺って』

『見てますから! わたしたち、ずっと見守ってますから!』


 やめて! この姿を見ないでください!

 ……ん? あの、なんかこの状況喜ばれてます?


「じゃ、楽しみましょうか。あぁ、パートナーの援護は期待しないほうがいいわよぉ。上で戦ってるウチの花嫁ちゃんは、実力だけならシルバーランク。ワタシにいじめられたいからブロンズにいる、ドМのヘンタイなんだから~!」


 そうだ、ひかる殿。

 私がこのままダメージを負えば、ひかる殿も追い込まれてしまう。


 それだけは、絶対に嫌だ。


「新しい扉、開かせてあげるわ~!」


 振りかぶった鞭。

 革が鱗のようにきらめき、武器そのものが意思を持った生物みたいだ。

 

「うぅ! んっ! うぐぅ! ふぅうん!」


 全身に走る衝撃とタコが与える刺激のせいで、望まない声が漏れ出てしまう。

 いや、いい。羞恥心など今は捨てて集中しろ、海月カタナ。


 ――――刀は手の延長、体の一部。そして水は私自身。


 相手の鞭のおかげでイメージが固まった。

 自由の効かない腕に代わり、生み出す水流が愛刀を包む。刀身を背骨とし、荒々しい姿へ変化する。

 眼光鋭く牙を剥き、とぐろを巻いて轟く咆哮。

 我が家に伝わる強さの象徴!


水龍すいりゅう轟天撃ごうてんげき!」


 これぞ現実では不可能な、バトル・アリーナだからこそ可能な奥義。

 刀を呑んだ水龍が、その切れ味を携えて敵を討つ!


「きゃあああああ!」


 強力な不意打ちを受け、女王様の折檻はようやく終わってくれた。

 海藻を断ち切り、いやらしいタコには遠方へ退場してもらった。


『ざんね、よかったカタナどの!』

『もう少し見……信じてたよ!』

『かわいい! そそる! かっこいい!』

「……みなさんにはあとで聞きたいことがありますが……今は陸へ!」


 水中戦では相手に分がある。

 今はひかる殿と合流して、体勢を整えるべきだ。


「待ちなさーい! もっと可愛くしてあげるわ、お姫サマ~!」


 こちらが先に動いたのに、やはり適正Bは速い。

 このままでは海面に顔を出す前に追いつかれてしまう。


「きゃあ! な、なに!」


 黒いウミヘビが足に絡みつこうとしたとき、相手のタキシードがズタズタに引き裂かれた。

 どうやら、ひかる殿があちらの花嫁に強烈な一撃を披露したらしい。


「今のうちに!」


 眩しい世界が髪をなびかせる。

 島の方を見ると、空に浮かんだひかる殿がワンドを砂浜に向けていた。

 下で倒れるボロボロの花嫁は、なぜか恍惚の表情を浮かべていたが。


「カタナちゃん! 大丈夫?」

 

 即座にとなりへ飛んで行くと、美しい花嫁が顔を覗き込んでくれた。


「ご心配をおかけしました。ひかる殿、パフォーマンスで一気に決めましょう」

「うん!」

 

 小指の赤い糸が激しく光り、握った手を彩った。


「「エンゲージ・パフォーマンス!」」


 背後に現れた鐘の音が鳴り響き、絆を示す舞台を整えた。

 ジューンブライド・マッチ限定、二人で行うパフォーマンス。

 故に、通常なら練習や打合せを重ねるらしいが、私たちには必要なかった。


「……これは私たちの繋がり。大切な宝物」

「両手いっぱいの気持ちを込めて歌います!」


 最初の話し合いで、二人同時に提案した例の歌。

 私たちを象徴するかのような、熱意と希望と愛に満ちた曲。

 

 あの人が教えてくれた、魂の神曲だ。


「ちょっと! ワタシたちもやるわよ! 起きなさい!」

「あんっ! もっと叱って……いや、それよりも、ひかるちゃんのもっとスッゴイのが……」


 相手方のパフォーマンスを警戒していたが、杞憂だった。

 どうやらあちらの花嫁のほうが、ひかる殿に新しい扉を開かせてもらったようだ。


 エンゲージ・パフォーマンス結果。

 グッド数・一〇一二〇。ナイスコメント数・八八五二。スパチャ総額・六〇六〇〇。

 合計・七九五七二。


 エンゲージ・スペシャルスキル解放 《ラブ剣雨レイン


 繋いだ手の延長に、光を纏った巨大な水の剣が現れた。

 私たちは視線を交わすと頷いて、聖剣を振り上げた。


「「やあああああっ!」」


 桃色の水で作られた剣の雨が、キラキラと輝きながら降り注ぐ。

 引きつった顔の新郎と喜びに満ちた新婦は、悲鳴とも嬌声とも聞こえる声を響かせた。


 スペシャルスキルが消え、晴れ渡る海辺に澄んだ水飛沫が満ちると同時に、青い空に文字が浮かんだ。


 勝者、桜色ひかる、海月カタナペア!

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