第28話 『開幕! ジューンブライド・マッチ!』
「ついに始まりました! 六月のバトルイベント、ジューンブライド・マッチ! ズバリ見どころはなんでしょう? ゲストのオオカミ・ユキノさん」
「やはりタッグ形式のバトルじゃないでしょうか。チーム戦よりも緻密なコンビネーションが求められますし、前回もあった『赤い糸システム』でステータスを共有します。急ごしらえのペアじゃ厳しい戦いになるかもしれませんね」
「今回から導入された『エンゲージ・パフォーマンス』についてはどうお考えですか?」
「面白いと思います。二人のパフォーマンスが生む、新しい必殺技。演出もペアによって変わるみたいですし、オオカミも楽しみで尻尾ぶんぶんですよ!」
「さぁ、それでは最後に。参加するVテイナーのみなさんに一言!」
「もちろん負けるつもりはありませんが、それ以上にみんなと楽しめたらいいなと思ってます。リスナーを巻き込んで、梅雨のジメジメを吹き飛ばしちゃいましょう!」
「ありがとうございます! それでは、今日のサン・ライト・ラジオはここまで! お相手はゴールドランク、チーム・銀の牙の団長。オオカミ・ユキノさんでしたー!」
「ありがとうございました! みんな、おつワオン!」
――――
「「バトルライブ・スタート!」」
イベントの初戦が始まる。荘厳な鐘の音が私たちを包み、光の粒が体を撫でる。
データ照合……桜色ひかる、海月カタナ。
チャンネル登録者数合計・一一六六九二人。HPに変換されます。
雑談配信、最高グッド数合計・八三九三四。最高ナイスコメント数合計・六四九五〇。最高スパチャ額合計・一九二四〇〇。分割後、ステータスに変換されます。
小指に繋がる赤い糸の光を通して、二人の成果が体に染みわたっていく。
お互いチーム結成から登録者が一万人近く増えたし、配信も調子が良い。
普段は柔らかなドレスだが、今は体に沿って濃い黒が伸びている。
なかなかいい感じだ。自然と背筋を伸ばしてくれるタキシードは、私の性分に遭っている気がする。
「がんばろうね、カタナちゃん!」
緊張しつつも元気な声に、思わず頬が緩んでしまう。
純白のウェディングドレスに包まれた彼女は、本当に美しい。
「きれいです、ひかる殿。私がそのドレスに土などつけさせない。全力で貴女を守ります!」
武器の選択が終わり、私は花嫁に誓いの言葉を立てた。
「よ、よろしくお願いしまひゅ」
うん。どうやら余計なことをしてしまったらしい。
『いやいや、お二人とも美しい』
『てぇてぇ』
『わたし女ですが、カタナさんのガチ恋になります』
まぁ、リスナーのみなさんが盛り上がっているみたいだし、これはこれでいいのかな。
《イベントバトル ジューンブライド・マッチ。バトル・スタート!》
舞台は孤島。海と砂浜とジャングル、三つの環境が揃うトリッキーなステージだ。
「スタートは海岸ですか……二人ともこのステージは初めてです。どう動きましょう」
「え、えっと、こっちにはカタナちゃんの水中適正とわたしの妖精の羽があるよね。だから、わたしは空。カタナちゃんは浅瀬を島に沿って移動しよう。でも、もし海中から襲われたらすぐに砂浜へ逃げて。わたしの攻撃が届かなくなっちゃうから」
「分かりました。では、陸地の警戒はお任せします」
さすがだ。初めてのバトルだろうと、彼女の知識と機転は本当に頼りになる。
「……どこから来る」
適正スキルのおかげで、膝下に纏う海水はさほど重くない。
しかし、降り注ぐ疑似太陽の熱射がタキシードには辛い。私よりも近くで浴びるひかる殿も、さぞ堪えていることだろう。
「来たっ! 正面の砂の中! すごい速さで突っ込んでくる!」
声を聞きながら、巻き上げられる大量の砂が見えた。
「散弾マジックボール!」
すかさず降り注ぐ弾幕。だが敵は身を隠したまま器用に避け、こちらに向かってくる。
「なるほど……狙いは私ですか」
面白い。受けて立つ。
刀身を海に沈め、心を鎮め、迫りくる砂の塊に向けて振り上げる。
「
特殊武器の水は、戦う環境によって威力減衰が起こるじゃじゃ馬だ。
しかし、ここなら最大の効果が発揮できる。
レベルⅣ《水流》と我が流派を合わせた、バトル・アリーナならではの技。止まらぬ流れが螺旋を描き、敵を砂から弾き出した。
「きゃあ!」
可愛らしい悲鳴が聞こえた。
飛び出してきたのは、ウェディングドレスの小柄な女の子。
――――だけだった。
パートナーのVテイナーが、どこにもいない。
「カタナちゃん!」
ひかる殿の声に導かれ、海原を見たときには遅かった。
黒光りする太い鞭が腰に巻き付き、抵抗する暇を与えず海中へと引きずり込んだ。
「ひかる殿っ! その子は任せました!」
せめて言葉を置き土産に、私は私の戦場へと辿り着いた。
「はあっ!」
「くっ!」
有無を言わせず、鞭は海底へ私を叩きつけた。
イベントのルールではHPを共有し、どちらがダメージを負っても減少していく。一方が追い詰められれば、パートナーにも衣装の破損と防御力の減少が始まるのだ。
「この程度ならまだまだ余裕ですが……うわっ!」
体が勢いよく引っぱり上げられ、第二撃を予感させた。
「これ以上はさせないっ!」
腰から伸びる黒い線に斬りかかる。が、切断はできなかった。
「ふふっ、無駄なことを」
敵の声とほくそ笑んだ口が見えた。
それでいい。最初から武器の破壊が目的ではない。
斬撃で大きくしなった鞭は、顔が見えるほどに使い手との間合いを縮めてくれたのだ。
「水断っ!」
私が受けた五倍はダメージを与えるつもりだった。
だが相手もこちらの狙いを察し、寸前で拘束を解いて距離を取った。とはいえ《水流》の効果で、叩きつけと同等のHPはもらったが。
「……やるじゃない。ルーキーでの活躍は伊達じゃないわね」
対峙する相手は同じタキシードの女。
普段はボンテージに身を包んだ、女王様のVテイナー。
対戦前に見た姿は怪しくも美しい大人の女性だったが、今は漂う黒髪が妖怪にも見える。
「ホントにタイプだわぁ、あなた。可愛がってあげるから、いい声で鳴いてちょうだいね?」
「残念ですが」
刃を向け、敵意を乗せた言葉を返す。
「浮気をする趣味はありません。花嫁を待たせていますので、すぐに帰らせていただきます!」
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