第27話 『私が貴女のパートナー』
「……と、いうわけで。本日始まるイベントでは、私がお相手を務めます。よろしいですか?」
夜が明けてやっと、ひかる殿は私たちの前に現れてくれた。
いない間にペアを決めたことを謝罪すると、やはり笑って許してくれた。
「よろしいどころか、不束者ですがお願いしますって感じなんだけど……あっちは大丈夫なのかな?」
かわいらしい笑顔から楽しさが消え、引きつった笑みに変化した。
言いたいことは大いにわかる。
理由は先ほどから怒鳴り合っている声の主たちだ。
「だぁかぁらぁ! お前は後衛でわらわら花咲かせとけばいいって言ってんだろ!」
「なぁんでわたくしが貴女の援護をしなきゃいけないんですの? 貴女がわたくしに合わせて走り回りなさい!」
イベントの開始を待たず、二人はすでに離婚間近だ。
「ま、まぁまぁ二人とも。一度やるだけやってみても」
「元はと言えばお前がいなかったのが原因だろうがあ! おかえり!」
「そうですわ、心配したんですわよ! おかえりなさい!」
仲裁に入ったひかる殿が、両の頬をそれぞれに突かれた。
さくらメイトみなさんも、コメント欄でおかえりの弾幕を貼り出した。
「み、みんなもごめんね~。ちょっと……機材のトラブルで」
「お二方。どうしてもというのなら、もう一度ペアを選びなおしますか?」
「しない!」
「しませんわ、そんな情けないこと」
うん、やはり似ている。
このペアの行く末を個人的にはあまり心配はしていない。きっとバトルになれば、本能的にいい連携を見せてくれるはずだ。
「まぁ、決まったもんはやるしかねぇ。おい、花柄ドリル。ルーはタキシードでいくからな?」
「よろしくてよバカパピィ。わたくしのウェディングドレスに霞まないといいですけど」
「あ?」
「は?」
くれる……はずだ。
「えっと、わたしたちも決めようか。二人ともウェディングドレスとか、タキシードのペアとかも出来るみたいだね。カタナちゃんは元々ドレス着てるし、どうする?」
「うーん、私はちょっとタキシード着てみたいですね。動きやすそうですし」
「じゃあ、わたしはドレスにしようかな。今のセーラー服っぽいのもかわいいんだけど」
なんて平和的にすんなりと決まっていくのだろう。
じんわりと感動してしまう。けれど、どうしても声色を変えずにはいられなかった。
「なにかありましたか?」
Vギアに搭載された表情読み取り機能は、本当に精度が高い。
一瞬だけ浮き上がった動揺を、逃すことなく見せてくれた。
「な、なんのこと?」
「機材トラブル以外にもなにかあったのでは? 少しだけ声の調子が違いますし、顔に力が入っていたり、緊張していたり……」
口から出そうになった言葉を、咄嗟に飲み込んだ。
彼女から感じた、恐怖の感情を。
「お、お休みしちゃったからだよ! 罪悪感と、ルーちゃんになにか要求されるんじゃないかっていう緊張かな?」
――――言ってはもらえないか。
当たり前だ。私たちはまだ出会ったばかり。
同じチームになったといっても、絆を深めるのはこれからだ。
だから、今は。
「そうでしたか。じゃあ、無茶ぶりされても私があなたを守りますよ」
片膝をつき、手を取って、丸くなった瞳に微笑みかける。
「私はあなたのパートナーなのですから。花嫁を守るのは当然のことです」
――――優しく手にキスをする。
今まで読んだ少女漫画に出てきたキャラは、皆似たようなことをしていた。愛を誓い合うということは、ここまでが一連の流れのはず。
「はひゅううううううううう!」
三秒ほどの静寂のあと。
ひかる殿が顔から煙を出して倒れた。
「ひかる殿ー!」
「なにやってんだ馬鹿! ひかるにそんなことしたら倒れるに決まってるだろうが!」
「キャーッ! 意外に大胆ですのねカタナさん!」
あ、あれ?
なにか間違ってしまった?
「おい、起きろひかる! お前が休んでた間にバトル申請溜まってんだ。なんチームかピックアップしたから、そこだけでもバトルするぞ!」
子犬が飛ばした力強い檄に、目をハートにしていた妖精は跳ね起きた。
「ち、チーム戦っ」
「そうだ。カラフル・ミラクルの初陣だよ。イベントの前にこけら落とししとかねぇと、締まらないだろうが」
美しい庭園に背筋の伸びる空気が通った。
全員の目に、戦士の光が宿る。
「んじゃ、連絡ついたとこからバトっていくか」
「お待ちを。窓口の子犬がやり取りするのはいいですが、大事なところはやはりリーダーに任せませんと」
長いまつ毛の奥から、期待の視線が向けられる。
たしかに。と私も頷き、ひかる殿の顔を見た。
「それもそうだな。リーダー、一言頼むぜ」
「えっ、わたし? あ、えっと、えぇっと」
悩んだのち、桜の妖精は大きく息を吸い込んだ。
「――――カラフル・ミラクル、始動しますっ!」
見た目は可憐。しかし、内に秘めた力は底知れず。
我らがリーダーの声に高まった士気を胸に、さっそく初めてのチーム戦へ臨んでいく。
――――
「いきますっ!」
「おっらああああ!」
私とルー殿が前線で戦い。
「マジックボール!」
「おーっほっほっほ!」
ひかる殿とルナ殿が後衛から魔法を放つ。
初めてとは思えないほどの連携で、格上相手にもまったく怯むことはなかった。
結果、五戦五勝の大金星。
心配だったひかる殿の調子も、私の杞憂だったようだ。
「ありがとうございました!」
ルー殿が言っていたシルバーランクのチームにも快勝し、祝勝会をしながらイベント開催を待つことになった。
「いやぁ、思ったよりもやれるもんだな」
「まっ、わたくしたちなら当然ですわねっ!」
子犬と女王様の似ているドヤ顔を眺めつつ、自分の頬が緩むのを感じる。
となりの少女も笑っている。が、わずかに暗い感情がはみ出していた。
「どうしました? なにか気になることでも?」
「えっ? あ、いや……シルバーランクのチームさんのことを考えちゃって」
悲し気に見つめる先には、広がる深夜の星空。
イベント前だからか、いつもより流れ星が多い気がする。
「と、いいますと?」
「リーダーだった人とフレンドになったんだけどね。あのチーム、さっきのバトルを最後に解散しちゃうんだって」
この人はそんなところにも気を回すのか。
いや、元々Vテイナーが好きな人だ。
初対面だろうとなんだろうと、がんばっていたVの挫折は心にくるものがあるのだろう。
「そう、ですか。ですが、私たちが原因ではないでしょう?」
「うん。前からあんまり勝てなくて、いろいろ悩んでたみたい」
だったらいいんです、貴女がそんな顔をしなくて。
「まぁ、ずっと不仲説もあったしな。デビューしたてのチームに負けたら、そりゃ続けられないだろ。気にすんな」
「ですわね。進むか退くかの瀬戸際でわたくしたちを選んだのは、相手が悪かったとしか言えませんわ」
私が言いたかったことを、もっとずっと強い言葉が伝えてくれた。
「私も二人に同意です。ひかる殿が悩むことはありません。彼女たちの今後の活躍をお祈りしましょう」
「……だよね。うん、ごめん。もう大丈夫! あっ、もうすぐイベント始まるみたい!」
星の瞬きが強まり、流星の数もいよいよ増してきた。
その美しさと初のイベントへの期待感で、自然と首が上を向く。
だが、これはなんだ?
この胸に引っかかるものは。
ほんのささやかな違和感。
普段なら気にすることもなかっただろう、些細なもの。
しかし反応した。
磨き鍛えてきた、剣士としての直感が。
「あっ!」
弾けるような明るい声がした。
となりで瞳を輝かせる、無垢な桜の妖精。
彼女の平穏と笑顔を守りたい。
なぜだろう、心の底から強く思う。まるで幼い日に憧れた、侍の忠義に似た熱い気持ち。この熱情で、胸を引っ搔いた違和感など一刀両断してみせる。
そうすれば、私の願いは叶えられる。
そうすれば、私の想いは届くはずだから。
《ジューンブライド・マッチ! 開幕!》
星空を流れる文字が、新しい戦いの訪れを告げる。
手を握れないもどかしい距離の花嫁を、私はこの剣にかけて守ると誓った。
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