第37話 『わたしの終わり』ーひかる視点ー

『おれはひかるちゃんのバトルが好きだ。この一戦は絶対に勝とう』

『引退とか関係ない! 桜色ひかるのバトルを見せてくれ!』

『そのウェディングドレスの勝利を記憶に焼き付ける!』


 みんな、ありがとう。

 今まで関わった人たちが、わたしのためになにかをしてくれてる。

 

 昨日から眠れず、心はどん底に沈んでいたのに。

 どうしようもなく悲しいはずなのに。

 みんなの気持ちが苦しいほどに嬉しいよ。


「ひかる殿、このステージは障害物が多いですし、衝撃や時間経過で崩れる場所もあります。まずは相手を見つけましょう」


 カタナちゃんも、本当はたくさん言いたいことがあるはず。

 でも、いつもと変わらない様子でいっしょに戦ってくれてる。

 この背中をいつまでも見ていたい。


「……わかった。空から探してみるね」


 スキル妖精の羽で高く飛べるし速く動けるから、索敵はわたしの仕事だ。

 今にも泣きそうな雲の真下に来て、ボロボロの街を見下ろす。


 つくづく今の自分に似てるなぁと思いながら。

 ただ、それだけを感じながら。

 だれもいない廃ビルへ、マジックボールを撃った。


「ひかる殿!? 敵がいたのですか?」

『え、見えた?』

『流石ひかるちゃん!』

『いやいや、的外れなとこ撃ってない?』


 このバトルを見ている人たちが、いろんな場所で混乱しているのがわかる。


「ごめんね。いたように見えたから、焦っちゃったみたい」

「えっ、それでは居場所がっくっ!」


 マジックボールの直後、建物の影から攻撃が浴びせられた。

 花嫁姿のモブ子ちゃんが持つ二丁のサブマシンガンから、銃弾が襲いかかる。


「ファースト・アタックはケミカル、モブ子ペア! モブ子選手のサブマシンガンは、市街地戦では脅威! でも、二丁持ちはなかなか見ませんね。どうしてでしょう、立会人兼解説のオオカミ・ユキノさん」

「二丁使いは威力は出ますが、扱いが難しいですからね。ですが、モブ子選手はFPSゲームで世界大会に出た経験があるみたいです。マシンガン系の二丁持ちとなると、シルバーランクでもあまりいません。かなりの使い手ですね」

 

 バトル前にちょっと調べただけでも、モブ子ちゃんの実力は十分に理解することができた。

 どうして彼女が対戦相手に選ばれたんだろう。 


「くっ、見た目のわりに近代的な。ゴブリンだからてっきり棍棒かと」

「あの……ごめんね」

 

 咄嗟に隠れた花婿のそばに降りて、コンクリートが削られる音を聞く。


「久しぶりでしたし、仕方ありません。それより、これは明らかに倒すための攻撃ではなく、動きを封じる弾幕です。もう一人がどこかにいるはず。警戒を!」

「正解ぃー!」


 声は真上から聞こえてきた。

 本当は視界の端で飛び上がるのが見えてたけど、反応しなかった。


「レッドにイエローを混ぜればぁー、アツアツ広がるフレイムリキッド!」


 ケミカルちゃんの武器はレベルⅣの《リキッドポーション》

 四つの丸型フラスコに、四色の薬品がそれぞれ揺れる特殊武器。

 単体でも効果があるけど、特定の色を混ぜることでより強力な効果に変化する。薬品をかけたり、フラスコごと投げつけることもできる。


「アッ」


 現実も、Vも、体がまったく動かなくなった。

 記憶に植えつけられたトラウマが、全身に冷や汗をかかせた。強烈な吐き気を堪えるのに必死で、なにも考えられない。


 でも、だからこそ。

 もう一人の花嫁が振りかける炎の液体を見上げながら、理解した。

 こんなにピンポイントで、わたしの心をえぐるのは一人しかいない。


 ――――ケミカル・ビーカーは死神だ。


「ふんっ!」

 

 迫りくる熱さを物ともせずに、カタナちゃんは足下の消火栓を壊した。

 このステージにあるギミックのひとつで、勢いよく噴き出した水が炎を散らす。


「くそっ、咄嗟に思いつくかよ!」


 悔しがる顔に驚きが加わった。

 水柱の中を登って、殺気立つカタナちゃんが現れたのだ。


雨貫あまぬき!」


 止まない刺突がウェディングドレスを裂いていく。

 でも、相手はすべての数値で上回っている。手数のわりにHPは削れてくれない。


「ぐああっ!」

「ケミカルさま!」


 サブマシンガンの援護射撃。

 カタナちゃんはふわふわ泳ぐクラゲのように飛んで、ほとんどを躱した。


 そして刃先を後ろに向けてレベルⅣ《水流》の力を解放した。

 まるでルナちゃんと戦ったときの、わたしみたい。


「オぐぅ!」


 槍が降ってきたみたいな飛び蹴りをお腹に喰らって、モブ子ちゃんは瓦礫の向こうへ吹っ飛んだ。


「イエローリキッド! 痺れちまえぇー!」


 フラスコを投げつけ、ケミカル・ビーカーが吠えた。


凪肌なぎはだ


 着地の瞬間を狙われたにも関わらず、まったく隙がない。

 静かに向けられた刃の上をフラスコは従順に滑り、となりの壁に叩きつけられた。


「な、なんだお前ぇー!」

「まずは貴様からだ」


 見たことも聞いたこともないほど冷たい目と声で、カタナちゃんは飛びかかった。


「ブ、ブラックとブルー! アイアンリキッド!」


 持ち主の体にかけられた液体は、あっという間に固まって不格好な鎧みたいになった。


「はああああっ!」


 それでも構わず剣を振るっていく。


「すごおおおおおおいっ! さすが天才! さすが最強の海月剣姫! その実力は本物だぁっ!」

「消火栓の水を使った防御と、水中適正を利用した素早い上昇。しかもそのおかげで、水の供給も十分。水流の威力は通常よりも増しているはずです……なんてバトルセンスだ」


 実況のサンちゃんの興奮と、ユキノさんの感心が聞こえた。


「……カッコいいなぁ」


 わたしも思わず声が漏れた。

 戦う姿があまりにも輝いて見えて、震えが消えてしまったくらい。

 この子に勝てたなんて、今でも信じられないや。


「わたしならあそこで……このコンボを繋げて……」


 ありもしない可能性を考えてしまう。

 本当に自分がどうしようもない。

 

『ひかるちゃん! なにしてんの! 援護援護!』

『今のところ足引っぱってるだけだよ!』

『最後の試合がこんなんとか嫌だって!』


 飛んでくるたくさんのコメントが、背中を押そうとしてくる。


 わたしだってわかってるよ。

 本当ならもう何発マジックボールを撃ったか、わからないくらいなんだから。


『撃て』


 小さなもどかしさを感じていると、大量のコメントに紛れた短い言葉が目に入った。


 たった二文字が震えと吐き気をもたらして、わたしを支配していく。

 

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