第15話 『ルーキーランク頂上戦』
ランキングの発表は日本時間で毎月の最終土曜日、午前零時ちょうどに行われる。
そして頂上戦は翌日の日曜日。
午前九時からの開会式のあと、各ランク帯は熱気と興奮に包まれていく。
「うぅ……緊張してきた」
「おいおい、大丈夫かよ」
「深呼吸してください。我が家に伝わる緊張をほぐす体操があります」
わたしたちは早めにログインをして、お互いの作戦を確認し合っていた。
戦う順番は組み合わせが下位のカードから行われる。まぁつまり、わたしは最後に戦うことが決定しているので、ずっとこの緊張を味合わないといけないのだ。
「気合い入れろよ? あのくそったれ女王に土つけてやれ! それこそピーッ」
「ルーちゃん、禁止ワード規制入っちゃってる」
「大丈夫です、ひかる殿。あなたの強さは私たちが保証する」
興奮気味なルーちゃんのとなりで、カタナちゃんはさすがの冷静さを保っていた。
「重圧に負けそうならあの歌を。私も今、心の中に流れています」
胸に添えられた手が呼吸のリズムを整えている。
誇らしげな表情が、大切なものを思い出させてくれた。
「そうだね……うん、落ち着いた。ありがとう、カタナちゃん」
「はい。絶対に勝ちましょう」
「時間だ。開会式の会場に転移するぞ!」
転移の光に包まれて、ふわりと体が浮き上がる感覚が襲った。
目を閉じ、次に目に入った世界は熱気と興奮の大歓声が支配していた。
「す、すごい」
思わず息を呑む。前にルーちゃんと行った特設会場のような、すり鉢状の巨大なコロッセオ。
規模は何倍も大きいのに、満員の観客で埋め尽くされていた。
「ここで戦うわけではないのでしょう? それにしてはすごい人の数ですが」
「ここで全試合の中継が入るんだ。にしても、ルーキーランクでこの盛り上がりは見たことねぇな」
「――――貴女たちが原因ですわ」
転移の光が見えたかと思うと、高く通る声が聞こえた。
わたしに向かい合うように、対戦相手のVテイナーが現れたのだ。
「はじめまして。わたくしがルナ・ローズガーデンですわ。ごきげんよう、みなさまぁ!」
観客に向けてにこやかに手を振ると、歓声はさらに強まった。
小さな薔薇が咲き、蔓が巻き付いた輝くルビーの髪。
派手なドレスに身を包み、ただそこにいるだけで際立つ存在感を放つV。
ランキング一位の貫禄が、すでに人々の視線を釘付けにしていた。
「ルーたちが理由って、どういうことだよ」
噛みつくような目でルーちゃんが威嚇を放った。
「貴女方の快進撃は、他のランク帯でも話題になっていますのよ? ネットでも記事になっていましたのに、子犬はご存じなくて?」
見下す嘲笑を返し、ルナちゃんはわざとらしいため息をついた。
たしかに、バトルやコラボの企画に夢中になって、ここ一ヶ月は外部の情報に疎くなっている。
「中でも貴女は注目の的なんですのよ、桜色ひかるさん?」
ルーちゃんと火花を散らしたかと思うと、鋭い視線がわたしの胸を突いた。
「世間でなんと言われているかご存じ? ミス・ジャイアントキリング、大物食い、天才新人。挙げればキリがないでずが、デビューからの活躍を考えれば当然の評価でしょうね」
「そ、そんな……わたしはべつに」
「顔がデレデレになってるぞ、ひかる」
「だから、わたくしは許せない」
――――空気が変わった。
煌びやかで美しさを体現したようなVから漏れ出る、不釣り合いな黒い感情。
敵意と怒りが、まっすぐに向けられている。
「デビューから準備を重ね、満を持して一位に上り詰めた。カタナさんにも勝った、企業Vにも忖度しなかった、勝率も計算してこの座を守り続けた! すべてはだれよりも目立つため。最も華やかに注目を浴びて、ブロンズランクへ上がるためです。なのにっ!」
カッと見開いた目は、真っ赤な炎が揺らめいているようだった。
「話題の中心はどこにいっても貴女! おかげでわたくしの華々しい計画が、台無しになってしまいましたの! この乱れを正すには貴女を倒すしか方法はない。組み合わせを見た瞬間、天の采配を感じましたわ」
燃え上がる激情と揺らぐことのない冷たい殺意。
交互に顔を出した二つの棘が、全身を締め付けてくる。
「今日は絶対に勝たせていただきます。お覚悟を」
「……わたしだって」
けれど、退く道はない。
たった一ヶ月だけど、アリーナでの日々は心から充実していた大切な時間。
その宝物を否定なんてさせない。
その集大成を情けなく終わらせるなんて絶対にさせない!
「勝ちます! たとえランキング一位が相手でも!」
九九九人にあたふたしていたわたしなら、きっと気圧されていた威圧感。
でも、今は真正面から向かい合える。
ルーちゃんとカタナちゃんと、みんなと強くなったから!
「いいでしょう。わたくしだって、ただ蹂躙しては面白くないですわ。楽しませてもらいます」
高圧的な笑みがスポットライトの中に浮かぶ。
わたしは初めて、武者震いというものを感じた。
「お前もせいぜい覚悟しとくんだな。そのテンプレ高飛車女王が崩れちまうのをよ!」
「そうですわね。貴女と戦ったときのように、手応えがなかったら大変ですものね?」
すごく自然な流れで、ルーちゃんとの口喧嘩が始まった。
本当に仲が悪いみたい。
「その髪のドリル捻じり切ってやろうか、ピーッ!」
「なんですってこのエロパピィ! よくそんな汚い言葉が使えますわね!」
「褒め言葉どうも! それでお前の配信よりも稼いでるからな!」
「おう、ルー。元気がいいのはなによりだが、お前さんの相手はワシじゃろう」
お腹に響く野太い声がした。
見るとルーちゃんの正面に万丈さんが、他にも頂上戦参加者が次々に転移を追えるところだった。
「さぁ、参加者全員が揃いました! 司会進行は実況部の新星、サン・ライトがお送りいたしまーす!」
ステージの中央で、五組のVが並び立つ。
ある者は好戦的に、ある者は冷静に、そしてある者は覚悟を決めて。
「これより! ルーキーランク五月期頂上戦。開幕です!」
ひと際大きな歓声が巻き起こった。
今までのすべてを懸けた頂上戦が、始まる。
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