第37話 乾杯

「やがては地球上で必要とする電力全てをわが社で供給する。そんな気持ちでこれからも邁進していきます」

 居並ぶ著名人と、立食とは言えテーブルに並ぶ美しい料理の数々。そして、高級酒とオーケストラの生演奏による静かな曲の香りに包まれながら、宇宙エレベータ各施設へのフィルム型ペロブスカイト太陽電池導入についてデイヴィッドは語っていた。小さな一歩を大きく話す彼を尻目にして、僕は会場の端っこに佇むアーサー・グローヴナーに声を掛けた。

「アーサー、久しぶりだな」

「よお、ジョニー元気だったかい?」

「ジョニーって言うな。その呼び方をして良いのは家族だけだ。何度も言わせるな、僕はジョナサンだ」

「くっくっく…、学生の頃そのままだな、君は」

アーサーが腹を押さえて必死に笑いを堪えている。

「相変わらず嫌味だなアーサー。だが、その性格を活かして探ってほしいと頼んだのはこちらだ。まあ我慢するよ」

「日々の業務を真当にこなすべく身を粉にして働く社員としては、宇宙エレベータの弱点を洗いざらいさらせという君の指示は自己矛盾に満ちていてやり辛かったよ」

小声でささやく内緒話とは裏腹にあっけらかんとした表情のアーサー。中世から続く貴族としての地位を保つだけでなく、レッドシールド家ほどではないとは言え世界有数の資産家として事業を拡大し続ける血筋だけのことはある。一族の端くれと本人は言っているが、抜け目のない性質を受け継いでいるのは間違いない。

「永く生き残るには欠点を補い弱点を克服しなければならない。その為に己自身を知り尽くすのが優秀な社員として為すべき仕事だ。未来ある企業のあるべき姿じゃないか。何を不満に思う必要があるんだい?」

「そうして見つけた穴を塞がないでおけと君は言う。忸怩たる思いを抱いてもおかしくはないだろう?」

「まあ言うな。永久に放っておけという訳じゃない。君の力に頼ることなく試練を切り抜けられるならば、デイヴィッドの先行きは安泰じゃないか」

「たった一人で解決するのは無理というものだよ。世の中に存在する純粋な敵意とそこから派生する破壊エネルギーを受け止めるには、いかんせん育ちが良すぎるんだ。つまり、予め何らかの対策を練っておくことなど出来る訳ないんだ、彼には」

「デイヴィッドが真に王足り得る存在であるならば、これから起こる事など乗り越えてしかるべき障壁でしかない」

黙って聞いているアーサー。

「乗務員達との連携に掛かっているが、そうは言っても、経営者と使用人は所詮相いれない関係だ。彼のような甘ちゃんは本来仲間であるはずの部下に陰で蔑まれ、まず間違いなく、潰れる。その後、大いなる未来を手に入れるのは僕だ」

「素晴らしいな。一族の思想に何の疑いも持たない。やはり君はレッドシールド家の正当なる後継者だよ」

アーサーは苦笑しながら僕の肩を軽く叩いた。僕はボーイを呼び特別に仕立てたシャンパンを運ばせると、グラスを渡すその手で用意したメモリーを彼の掌中に忍び込ませた。

「さて、指示通りにプログラムを組んでおいた。後はロードするだけだ。タイミングは君に任せる」

「わかった」

「では、勝利を祈って乾杯」

「乾杯」

僕らはグラスを合わせると一気に杯を開けた。

「このオークと微かに感じられるヨードの香りは…ジャック、…ジャック・セロスだね。僕というカードに託された使命そのものじゃないか。君らしい銘柄選択だよ」

ニヒルに笑うアーサーに対して僕は微笑みだけを返した。勝利への確信に酔っていた僕は、壇上にいる話者が意外に会場の隅々まで目を行き渡らせているものだということに、未だ気が付いていなかった。

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