第22話 逡巡
「ジョナサンお願いだ。今こそ助けて欲しい」
デイヴィッドのこの言葉は僕の自尊心を大いにくすぐった。危うくすぐにでも支援してしまうところだったが、何とか踏みとどまった。他人の資産をも運用する立場にある今、下手な投資をしては、顧客にそっぽを向かれてしまう。ファンドマネージャーとしての責任と経験が、僕の腰を重くしたのだった。
改めて事業内容を確認しようと、僕はデイヴィッドが立ち上げたファンドの目論見書を始めから終わりまで繰り返し読んだ。
投資型クラウドファンディング
名称:プロジェクト・バベル
目標金額:100億ドル
事業継続目安:10億ドル
事業内容:宇宙エレベータ設置・運用
設備設置費用:総計100億米ドル(地上施設含む)
設備設置までの準備期間:約3〜5年
年間ランニングコスト:100万米ドル
サービス:高度400km(ロワー)・高度35,786km(ミドル)・高度71,572km(アッパー)各プラットホーム提供、衛星設置代行、無重力圏実験代行、データセンター、電力提供、シェルター…
サービスのどれをとってもそこそこの稼ぎにはなりそうな項目が並んでいる。
プラットホーム提供・衛星設置代行については、ようは自分たちでやるか、はたまた、デイヴィッドに頼むかの違いでしか無いが、通信や軍事目的で衛星を使いたい国家や企業は多い。宇宙エレベータの場合、これまでのロケットのように打ち上げ時点で失敗が確定してしまう危険性が極めて低いのが魅力だ。将来的にはメンテナンスを請け負える可能性もある。
無重力圏実験は国際宇宙ステーションが担ってきた役割であり、その代行は言わば国際協力の枠内である。毎年一定額の継続的な収入には成り得る。
データセンターは地上のゴタゴタによる干渉を受けないという点で、一定の需要が見込めるだろう。この辺りは電力供給と併せてどの程度のランニングコストが掛かるかにもよるが、デイヴィッドとしては、ある程度勝算があるのだろう。
シェルターについては、超大金持ちからの需要は間違いなくあるだろう。宇宙旅行と絡める手もある。決め手としては、往復時、及び、施設の恒久的な安全性だろう。そこさえクリアしたならば、幾ら金を払っても欲しいと言う奴を僕は最低でも10人は知っている。
ものの5分でここまで考えた後、僕は溜息をついた。どれもそれなりに成功しそうな要素があるものの、莫大な利益をもたらす事業かと問われれば、肯定し難いからだった。
さて、どうする?彼が求める多額の投資をする奴が、僕以外にいるだろうか?いや、いまい。となると、自ら責任を持つファンドマネージャーという仕事と、デイヴィッドとの友情を天秤に掛けなくてはならない。僕は目を閉じて、デイヴィッドが示す宇宙エレベータの事業内容についてもう一度考えた。
ん?
何かが引掛り、僕は目論見書に掲示されたサービスの項目を見直した。そして、最後の最後に書かれた「廃棄物処理」という文言をまじまじと見た。そうか、その手があった!間違いなく大きな利益になる。何処にも真似できない世界唯一と言って過言でない事業の種を見つけた思いがした。
僕はクラウドファンディングサイト内の「投資」と書かれたバナーをクリックした。ページが変わるまでの刹那、投資事業の明るい展望、そして、己にひれ伏すデイヴィッドという甘美な誘惑が、頭の中を駆け巡るのを僕は感じた。ほくそ笑みながら金額欄に10億ドルと打ち込もうとして、何気なくこれまでに投資された金額を見る。
「10億ドル」
そこには、デイヴィッドが喉から手が出るほど求めているであろう金額が、何者かの手によって既に入金された事が示されていた。
怒髪天とはこのことを言うのだろうか?僕は、自分の髪の毛が逆立つのを感じた。
「馬鹿な!?」
手が痺れるほどの強さで、デスクを叩きながら、僕は呪いの言葉を叫んでいた。その対象が、10億ドルで掴めたはずの絶大なる立場を僅かな逡巡によって逃がした自分なのか、はたまた、見知らぬ誰かなのか、その時の僕はまだ解らずにいた。
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