第21話 機会

「父ソール・レッドシールドが君の行動に対して不快感を露わにしている。遠くない将来、アヴィアン・ローブナー博士を通して通告がもたらされるはずだ。だがデイヴィッド、君の事だから準備万端なんだろう?これからの成り行きを楽しみにしているよ」

 父親との確執をもたらす事になるかも知れない。そんな危険を犯してさえ、付き合いを続けてくれるジョナサンに感謝の念を送りつつ、彼からの連絡は僕の背筋に冷たいものを走らせた。

 世界を影で牛耳る男と恐れられる人間からネガティブな感情を持たれて、冷静でいられる者がいるだろうか?計画が魅力的なものであれば問題ないのではと考えていたのだが、甘かった。調和・誠実・勤勉の三つを家訓とするレッドシールド家を長年治めてきた男なのだ。訓戒の中で筆頭となる調和を乱した者を見逃す訳がない。それどころか、自分が紹介した人間を裏切ったと捉えるのであれば、僕の行動は彼から見て不誠実ですらある。三つの内二つを破ったとなれば、関係の改善は極めて難しい。いや、無理と考えた方が合理的だろう。しかし、エレベータ設置という宇宙開発の最先端に躍り出るつもりでレースに加わった以上、アクセルを踏むしかない。腹を括り、僕は資金集めの第一歩を踏み出すべく、ファンド立ち上げの準備を進めた。

 運の良い事に米国大統領から会談の申し出があった。大統領選を控えたこの時期、人気取りの為に輝かしい未来を提案する研究者に会う事にしたと、もっぱらの噂だ。忙しい中ではあったが、僕は計画を世に広めるチャンスと前向きに捉え、勇んでホワイトハウスに乗り込んだ。世間の目が自分に注がれつつあると実感を持てた出来事だった。

 そんな特異なイベントをこなしつつ、予め用意してあった宇宙エレベータ構造設計に加え、工期設定、そして、将来の利潤目論見など、ファンドの計画立案がほぼ終わった。

 さて、実際にいつ立ち上げるのが良いかと助手達と相談していたその日、研究室の扉を叩く音がした。多忙を理由に度重なる呼び出しを拒否し続けた僕に業を煮やして、アヴィアン・ローブナー教授自ら、僕の研究室に現れたのだった。自分を無視された形での大統領との懇談が火に油を注ぐ結果となり、彼の怒りは頂点に達しているようだった。

「このような無謀な企みを大学として認める訳にはいかん。君はこの計画の大変さを解っていない!」

彼はこぶしを握って机を叩いた。肩書上は同じ教授に並んだものの、学内はもちろん、学会における地位については雲泥の差がある。立場上、先ずは彼の話を拝聴するしかない。

「アッパー・ミドル・ロワーの三施設を宇宙に展開、そして、地上には巨大なプラットフォーム。君はこの計画にいったい幾らかかるのか、わかっているのかね?私の試算では80億ドルは下らんのだが」

老教授の問いかけに答えようと、僕は椅子から立ち上がった。

「地上にはテザー製造工場や物流センターも用意しますから、あなたが考えていらっしゃるより金はかかるでしょう。全部でおよそ100億米ドル以上。とは言え、どんなに失敗が重なったとしても200億ドルを超えることは無いでしょう」

自らの見積もりを大幅に上回る金額の提示に教授は一瞬たじろぎ、そして、鼻で笑った。

「馬鹿な。寝言を言っているのかね。大した実績もない君に対して、そんな金を出す者がいるものか。大統領と会ったとは言え、まさか、国が補助してくれると都合良く考えているのではないだろうな?」

室内にいる数人の助手が肩をすくめるのがわかった。今この場で大声を出して怒鳴り続けている男は、学部長はもちろんの事、大学理事でもある。当然、教授職の人事権を把握している身だ。僕がこの大学を追われれば、研究室が一つ無くなり、失職は免れない。彼らがこの学者の怒声に耳を覆いたくなるのを必死でこらえていたのは明白だった。

「たった100億ドルで手軽に宇宙へ物を運べるようになるのです。世界の軍事が宇宙空間制圧を視野に入れ、その費用が数兆ドルを超えている現在、それほど大きな金額だと私には思えませんがね」

「隣接国との揉め事という発火点を常に抱える地上の軍事と、国境が無く不要不急である宇宙のそれとは違う。そんなこともわからんのか、君は!」

大統領科学技術諮問委員を長きに渡って務めている老物理学者は、政治的視点を考慮しているのは自分だと言わんばかりに、肩をすくめて横を向いた。

「なるほど。そんな金を出す馬鹿はいないと、そう仰るのですね。では教授、私個人が幾ら集めたなら、計画が実現可能だとお認めいただけますか?」

ここで引下がっては全てが水泡に帰す。僕はわずかに身を乗り出して言った。

「そうだな。100億ドルとは言わん。10億ドルも集められるのならば、学部として追認してやっても良いだろう」

無理に決まっているとでも言いたげに、老教授は目を瞑ったまま答えた。

「わかりました。それでは今すぐ寄付を呼びかけましょう」

いつやるか。時期について迷いがあったが、その機会が今なのだ。僕は脇に置いてあったタブレットを手に取ると操作し始めた。

「君、アヴィアン・ローブナー教授が見易いようにモニターを設置してくれ給え」

助手に指示を出すと、教授が画面を見られるようになるタイミングを待ってファンド情報をアップロードした。世界最大のクラウドファンディングサイトにおける支援者と資金の募集が始まったのだ。

「ちょうど午後3時です。一息入れながら、推移を見ることにしましょう」

お茶の準備を待つ間、僕は唯一ジョナサンとだけ結んでいるホットラインを開いた。震える手を抑えるのに苦労しながら、立ち上げたファンドのアドレスと共に、ただ一行だけを入力した。

「ジョナサンお願いだ。今こそ助けて欲しい」

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