第23話 驚愕

 ジョナサンに連絡をしてからの数分は、僕がこれまでに経験したどのような待ち時間よりも長く感じるものだった。SNSでファンドの立ち上げについて投函しながら、僕はひたすらジョナサンの連絡を待った。だが、すぐにでも来ると思っていた彼からの返事はもちろん、ファンドに大口の投資が振り込まれることも無かった。

「デイヴィッド君、この紅茶は実に美味しいね。茶葉の種類と入れ方のコツを教えてくれ給えよ」

ティーカップから立ち昇る香りを楽しみながら、アヴィアン・ローブナー教授が涼し気な顔で言う。

「たんなるセイロン産ですよ。最も標高の高い畑の物を取り寄せてはおりますが」

内心の焦りを悟られないように気を付けつつ、口角に微笑みを張り付けるよう意識をしながら僕は返事をした。

「ほう、セイロンの高標高のものね?それは宇宙エレベータの地上施設建設候補地を調べた結果として見つけた茶畑かな?金が集まったわけでもないのに気の早い事だな」

教授はにやにやしながら皮肉を言う。

「まさか。まだ候補地なんて絞り始めてもいませんよ。失礼ですが、あと数件だけメールを出したいので黙ってしまいますが、お許し下さい」

僕は自分が持つティーカップを教授に投げつけたい気持ちを抑えながら、あくまでも笑顔を保ったまま答える。

 もう待てない。僕はジョナサンの所在について誰かに尋ねる決断をした。彼の妹ニカに連絡を取るか?いや、この落ち着かない気持ちを彼女に気取られたくはない。では誰に?そうか、まず間違いなくジョナサンの状況を知っているはずの相手がいる!それに上手くすれば彼の尻を叩いて投資を促してくれるかもしれない。僕は自分の持つ全てのネットワークを駆使して、ジョナサンの姉ベアトリスへの連絡方法を探した。

 ベアトリスからの返事は驚くほど速く届いた。

「もしかしてバッキンガムシャーでお会いした芝生好きなデイヴィッドなの?ジョナサンとニカから度々お話は聞いているわよ。ご活躍のようね。ご用件は何かしら?」

「宇宙エレベータ設置のファンドを立ち上げたのですが、珍しくジョナサンと連絡が取れないのです。凄まじく忙しいか、あるいは、体調でも壊しているのかと心配になりまして。あなたなら何かご存じではないかと、問い合わせさせていただいた次第です」

「ジョナサンなら元気なはずよ。返事が遅れているのは、彼なりの理由があるのでしょう。デイヴィッド、あなたひどく急いでいるのね?わかったわ。いくら必要なの?私が立て替えてあげるから、金額と振込先を教えて」

僕は一瞬驚きの声を上げそうになった。脳裏には以前一瞬だけ垣間見た氷の様な微笑みと、ジョナサンからそれとなく聞いた彼女の話が浮かんだ。しかし、迷っている時間はない。

「最低限欲しい投資額は10億ドルです」

当然金額が大き過ぎると断られる覚悟だった。しかし、この途方もないお願いに対しても、ベアトリスの反応は冷静だった。

「わかったわ。将来義弟になるかもしれないあなたになら、喜んで投資するわよ」

「何ですって!…、いえ、ありがとうございます」

なんて決断力なんだ。ジョナサンが彼女の事を誰よりも苦手とする理由が身に染みてわかった。僕は寒気を感じて身震いした。それでも更にファンドのアドレスを彼女に向けて送付する。

 1分も待っただろうか。クラウドファンディングのホームページには10億ドルの入金が表示された。アヴィアン・ローブナー教授の顔色が変わったのがわかったが、そんなことはもうどうでも良い事だった。

 この先、一生頭が上がらない女王の存在に対する恐怖が、僕の胸中を支配していたのだった。

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