第41話 幕間

「宇宙エレベータを攻撃する計画として中々良くできているな、ジョナサン。まるで、障害物競走が始まるのをいまか今かと待つ運動会の観客のような気分だよ」

 父であるソール・レッドシールド男爵の言葉を思い出す。宇宙エレベータ施設を知り尽くした上に前方航空管制官だったアーサーが考えたプランを元に、更に僕と二人で練りに練ったプランだから良くできているのは当たり前だ。

「デイヴィッドが全てを失えば望外だが、彼が裸の王様なのかそうではないのか。あるいは上手く対処できたとして、そこにどんな力が働くのか。興味は尽きんな。これは見物だ」

運動会というより舞台を観る前の期待感のようなものが父の中で広がっていくのがわかった。今回の策略の演出家兼シナリオ作家として、観客を裏切らないだけの自信が僕にはあった。あとは役者がどう演じてくれるかだ。

 予め設置してある監視カメラからの映像と音声にプラスして、アーサー・グローヴナーから度々送られてくる状況解説のお陰で司令室の様子は手に取るようにわかる。デイヴィッドが僕にも内緒でレールガンを造っていたのには驚いたが、それによって引き出されたアーサーの反応が演技の範疇を軽々と超え、傍目にも緊迫感を添えてくれた。出だしは上々だ。

 廊下を足早に走る人びとの足音が徐々に強まっていく。当たり前だが皆慌てている。

「シェルター避難要請。宇宙エレベータに飛行機の体当たり攻撃?」

不穏な文字がSNSに踊り出した。追随する書き込みの数々。ついに始まった。予想通り、宇宙エレベータ株式会社はAn-225 ムリーヤ接近への対応に大わらわで、セレモニー招待客への情報統制に手が回っていないようだ。そして、制限を受けない情報の拡散は驚くほど早く、この会社が迎えた危機は、直ぐに全人類の知るところとなる。株価を確認すると、チャートが急激に下向き方向のロウソク足を伸ばし始めている。どうやら投げ売りが始まったようだ。

 さて、悪い話は良いそれの数倍早く拡散するというのは心理学での常識だが、何より怖いのは情報の消失だ。今、宇宙エレベータの状況についてSNSにアップしている人間は、この後シェルターに移動する事となる。分厚い鉛壁に阻まれて全ての電子機器は通信が容易でなくなり、SNSへの書き込みは止まる。結果として、

「宇宙エレベータは航空機の体当たり攻撃で全滅した可能性も」

各種メディアはそのような疑念を報道するし、多くの人間が検証する事なくそれを信じ込む。無という恐怖が世界中を包み込むのだ。

 ナポレオンの時代から我が一族のお家芸として伝わる手法は現代においても難なく通用する。何故なら人間は、何百年経とうとも本質的に変わらないからだ。僕は勝利の予感にうち震えた。


 「レーダー確認。レールガン発射後もAn-225 ムリーヤの機影は存続しています」

 アーサーの声が司令室内の音声を伝えるスピーカーから聴こえてきた。それに続く各スタッフの動揺が手に取るように伝わってくる。

 部屋の扉が再びノックされたのはその時だった。

「度々申し訳ありません。ジョナサン・レッドシールド様、シェルターへの退避をできるだけ速やかにお願いします」

扉の向こうから先程のホテルスタッフが声を張り上げる。

「後にしてくれ。今取込み中なんだ」

僕の返事にスタッフは困惑しているようだが、気にすることはない。物語が大きく展開するのはこれからなのだ。今ここを後にするのは、芝居の途中で劇場を後にする愚かな観客のようなものだ。

 僕はワインセラーからナポレオンが好んだとされるシュロス ヨハニスベルクの貴腐ワインを取り出してグラスに注いだ。幕間を楽しもうと口に含む。しばらく味わいを楽しんでいると、さながら開演ブザーのような警報音が施設内に鳴り響いた。第二幕の始まりだ。カストラートが朗々と歌うアリアに包まれたような気分に僕は浸っていた。

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