第40話 防衛

 「レーダーに通常の旅客機航路とは違う機影が写っているから、あなたをすぐに呼べとアーサーが」

指令室に行く途中、並んで歩きながらヨーコが状況を説明してくる。

「どんな機なんだ?無人島を所有するどこかの大金持ちが遊びでプライベートジェットを飛ばしているとかじゃないのか?」

「監視映像の解析に拠ればAn-225 ムリーヤらしいと。どこかの大金持ちが所有するには希少、そして、大きすぎる機よ。デイヴィッド、どうする?」

指令室の自動扉が開く。中は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

「残っているセレモニー参会者を全て地下シェルターに誘導してくれ」

室内に入ってすぐに僕は第一声を発した。

「マスコミや投資家に知れたら大事になりますよ」

ヨーコが驚きの声を上げる。

「安全最優先だ。その後の事は都度考えれば良い」

「了解。…自国にミサイルなど落ちるわけがないと何の対策もしないあそことはえらい違いだわ」

後半は独り言のように呟きながら、ヨーコが接客部署に連絡を入れる。


 「An-225 ムリーヤ?かつて世界最大の輸送機と言われていたあれか。ロシア軍に破壊されたと聞いていたが?」

レーダーモニタを覗きながら、僕はアーサーに向かって尋ねた。

「製造途中で放棄されたはずの2号機が、実は完成していたのかもしれませんね」

アーサーが首をひねりながら答える。

「積載重量と翼幅は?」

「公称では250t、88.4m。爆薬を積んで特攻を仕掛けられたら被害は凄まじいものになりますね」

アーサーがちらりと視線をこちらに向けて言った。

「インドネシア海軍に、いや、インドネシア大統領にスクランブル発進の依頼をかけろ」

僕はヨーコに向かって指示を出した。

「了解。…大統領、海軍共に天候を理由にスクランブルが遅れると言っています。海軍はそもそも不明機の存在をつかんでいないと…」

ヨーコがすぐさま回線を繋いで連絡を取ったが、帰って来た返事は期待外れだった。南国特有ののんびりした対応か、あるいは、やはり自分たちの物でもない宇宙エレベータを本気で守る気などないのか…。目の前に暗雲が垂れ込めた気分になって、僕はため息をついた。が、すぐに気を取り直して、かねてより用意していた防衛手段を試してみることを思いついた。

「間もなく防衛ラインに到達するな。考え得る全通信回線を使って当該機に航路変更を呼び掛けろ。直進すれば撃つとな。こちらはレールガン発射準備に入れ」

最初期から所属している通信士の一人が僕の呼び掛けを受けて素早く対応を始める。

「は?レールガンに防衛ライン?何ですかそれ?」

振り向きざまアーサーが豆鉄砲を食らったような顔をして言った。

「ああ、君はここが完成してから来たので知らなかったっけ?」

「初耳ですよ。元前方航空管制官であることを理由に雇われた周辺空域監視員の俺が知らないって、酷くないですか?」

とぼけた僕の返答にアーサーが不満げな顔をする。

「悪い悪い。敵を欺くにはまず味方からなどと考えたわけではないんだ」

僕は苦笑しながら言った。

「そもそもレールガンって…そんなのいつ開発したんですか?」

不思議そうな顔で質問してくるアーサー。

「彼は宇宙エレベータを造りたいのか、それとも、新たな軍事技術を開発したいのか?リニアモーターシステムの実験映像を見てジョナサンのお父上が言った言葉がヒントになって造ったんだ。発射後の誘導システムも何もない、ただ砲弾を高速で打ち出すだけのおもちゃみたいなものだから、君のようなプロに言うのもどうかと躊躇している内に忘れてしまっていたんだよ。実際、これまで一度として必要に迫られたことは無かったからね」

口をぽかんと開けて聞いているアーサーの様子が可笑しくて、僕は笑いを堪えながら言った。

「性能は?」

「マッハ6、設計上の射程距離は200キロだ」

「理屈上の最高性能じゃないかですか!?」

「目標を設定すれば、君が監視しているそのレーダー網がつかんだ位置情報を元に自動追尾で発射できる」

「何発撃てるんですか?」

「そこが問題なんだ。あくまでも非常時の装備だから常時担当の人間がいるわけじゃない。すぐに撃てるのは1発のみ」

「テストも訓練もせずに1発必中で当てるつもりって、本気ですか?」

アーサーが馬鹿にしたような顔で言う。

「レールガンは100砲あるから100発1中で良いんだが、駄目かな?」

軍事に詳しくない僕はさすがに怯んだ。

「了解しました」

舌打ちしたような様子を一瞬見せたものの、物量で凌ごうという僕の戦略に納得したらしく、アーサーは視線をレーダーモニターに戻した。

「僕はこの宇宙エレベータを独立した国そのものだと考えている。とすれば、何より最初に軍事力を持たなくてどうする?国民と国土を守らなくてなんの国家か」

指令室内の全員、それぞれが管理する機器を見ながらも頷いてくれた。

「インドネシア大統領、同陸海空軍、および、周辺海域上の全船舶、航空機に砲弾発射を通達しろ。An-225 ムリーヤの防衛ライン通過をもってレールガンをぶっ放す」

「了解」

室内の全員が同時に答えてくれた。

「世界一巨大な航空機だろうと何だろうと、来るなら来い。誰にも邪魔はさせない。未来は僕らの手にある」

僕は目に見えぬ敵に対峙すると、心を決めた。

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