第29話 集結

 デイヴィッドは宇宙エレベータ株式会社を設立した。

 初めに地上港となる施設の土地造成が始まった。場所はインドネシア共和国パプア州ティミカ近郊、宇宙へ運ぶ物品を受け入れる貿易港と宇宙から垂らすテザーを接続する受紐装置兼指令室が、海に面した幅1キロメートルに渡る敷地に造られる。設計施工は日本の企業が受注したが、数年間に渡る実収入が生み出される建設作業員の多くとその後永続的な雇用となる港湾作業員を現地先住民から雇い入れることで、地元からの反対運動はほぼ抹消された。むしろ建設作業開始と同時に移住してくるインドネシア国民が多く現れたことでティミカの街には活気が生まれ、住民の所得は急激に上昇し、結果、都市としての膨張が始まった。宇宙エレベータの計画は地元民にとって希望と自慢の対象となり、その思いが現実に宇宙と繋がる日が待ち侘びられるようになっていった。

 数百キロに渡る海上・空域警備は、宇宙エレベータ招聘に名乗りを上げたインドネシア共和国政府との取り決めで、同国海空軍が正式に請け負うこととなった。過去、鉱山開発の一企業をインドネシア国軍が陰ながら警備するという、ある意味実績があったことが、この地を宇宙エレベータ設置場所として選ぶ際の大きな判断材料になったのだった。

 最初だけ必要となるロケットの組立てと打ち上げについて、デイヴィッドは一も二も無く米国とした。宇宙と地球を結ぶテザー運搬を経て宇宙港施設となるロケット造り。宇宙エレベータの重要部分を担う栄誉と莫大な費用効果が国にもたらされることになり、米国大統領の溜飲は下がった。

 これまでのロケットと違い、飛行士が地球に戻る際の広大な土地または海の手当てが必要ないことは、一企業が手掛け易い事業という上で大きな利点だった。宇宙エレベータ株式会社は設立後、着実に歩みを進めて行った。


万事、上手く事が運んでいた。


 米国、カナダ、ヨーロッパ諸国、日本。G7が送り込んで来た従業員候補の面接が進められていた。嘘か本当か真偽のほどはわからないものの、経歴書はどれも立派で甲乙つけがたく、宇宙エレベータ側としては、否も無く全員受け入れることが決まっていた。とは言え、今後の配置決定の為に100人近い人間の面接が必要だった。

「ん、アーサー・グローヴナー?」

英国から来た30手前の男性に対してデイヴィッドの目が留まった。経歴書には英国空軍前方航空管制官とある。なんとウエストミンスター公爵の係累であり、デイヴィッドより数年早くケンブリッジ大学を出ている。英国貴族が軍に所属することは、貴族本来の役割からすれば頷けることではあるものの、それにしても最前線の前方航空管制官とは…。

「何故この職業を?」

デイヴィッドは興味を覚えて質問した。

「航空機全般が好きだからだよ。攻撃と防御両方に頭を使えるのも前方航空管制業務の魅力だ」

「自分の価値を売り込むとしたら、何を一番に挙げる?」

この男は使える。受け答えから瞬時にそう感じて更に質問をしてみる。

「現在実用可能な航空機については、大きさから飛行性能まで全て空で言える自信があるね。つまり、戦略的利用方法、逆の立場での対処、どちらもプランニングが可能ということだね」

アーサーは、面接とは思えない実にフランクな話し方で簡潔に答えた。

『周辺空域監視員として使えるな』

デイヴィッドは考えた。

「わかった。この施設内では誰に対しても一定のマナーを心得て話してくれたまえ」

「了解しました」

即座に対応する。優秀なのは学歴と地位だけではないようだ。素直さも能力の内と考えていたデイヴィッドは、少しほっとした。

 飛行士としてロケットに乗り込むアキラ、アローン、アシュケナージ、最優秀であるが云え、後にトリプルAと呼ばれる男達と同格かそれ以上の能力を有する男は、こうして宇宙エレベータ株式会社にやってきた。

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