第30話 斥候

「ジョニー、元気か?今日は水中訓練だったよ」

「ジョニーって呼ぶな。僕をそう呼んで良いのは一族の者だけだ」

 アーサー・グローヴナーが度々連絡をしてきては、その時々の訓練状況や他のメンバーの様子、そして、宇宙エレベータ株式会社内の雰囲気などを伝えてくれた。世界有数の資産家であるグローヴナー家に属し、極めて優秀でありながらも末子の位置に甘んじ、空軍での仕事以外に特段の経営的活動をしていなかった彼。生来の楽観的気質が受け入れられるのか、エリア内の何処にでも入り込んですぐに友人関係を築いてしまう。父からの指令に準ずるある目論見を持ってスカウトしたが、情報収集・監視役としても、これ以上はない働きぶりをしてくれていた。宇宙エレベータ株式会社従業員の英国枠に滑り込ませた甲斐があったというものだ。

「計画は概ね順調なんだが、G7が送り込んだ人間の中には、質の悪い奴もいるんだよな。そこをどうするかが今後の課題かな」

「どうしてそんな人間を選んだんだろうな、その国は?」

「さあな。宇宙エレベータ計画そのものを潰したいのかもな。そんなことをしても誰にも何の得にもならないが、とにかく目障りなものは壊すに限ると考える国家元首が存在するということさ。世界の一部がああいう輩にコントロールされていると思うと、うすら寒い気もするよ」

「そこまで言うほど凄いのか?」

「ああ、とにかく破壊願望の権化みたいな奴がそこそこの割合で混じってるんだ。地球上ならともかく、宇宙空間であれは、やばいな」

「わかった。デイヴィッドとも話して、対策を練ってみるよ。重要な情報をありがとう」

「いや、何かあったらまた連絡するよ。じゃあな」

アーサーからの通信は切れた。

 デイヴィッドも時々連絡してきては、アーサーに触れた話題を提供してくれる。

「ジョナサン、君が送り込んだアーサーは実に優秀だ。Aチームの他の三人と互角以上に競いながら、全ての分野で頭一つ抜きん出ているよ」

「そうか。とすると、アーサーは最初に宇宙に行くメンバーに入りそうなのか?」

「そこは現段階では何とも言えないな。もちろん宇宙飛行士としての資質は申し分ない。ただ、彼の持つ知識と能力からすると、地上で周辺監視をしたり飛行士をコントロールする仕事を側で手伝ってもらえたら心強いとも思っているんだ。各国から送り込まれてきた鼻柱の強い奴らも、訓練を通して実力でねじ伏せてきた彼のいう事ならば、しぶしぶであっても従うだろうからな」

「なるほど。まあ君の好きにすると良いよ。いずれにせよ、彼ならばきっと君の役に立つ仕事をするさ」

「ああ、そう思う。もちろん君のにもね」

ある程度お見通しで、デイヴィッドはこのように話を締めくくった。こうじでなくちゃ面白くない。アーサーのこの先が宇宙だろうが地上だろうが、どちらでも楽しめるだけのゲームは用意出来ている。その中でもジャックとしての役割を担うだけの能力を彼は持っている。

「なんせ僕のメンターとして選ばれた男だからな。いずれにせよ、重要なカードは我が手に有り、っだ」

つい独り言ちる自分に苦笑しながらも、今後の展開を思うと一杯ひっかける気にはならなかった。賭け事に酒は禁物だ。棚に並ぶヘンリー四世のコニャックを開けるのはまだ先の話なのだ。

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