第45話 写楽

「退避に協力していただいた皆様、係員の指示に従って、どうぞ安心してシェルターから出てください」

 優しいチャイム音の後に女性の柔らかい声が響いた。本日二度目となるこの放送を聞いて、招待客達は恐る恐るではあるもののシェルターから外に出るのだろう。先進国から来た国家首脳、世界有数の大投資家連中、そして、巨大なマスコミ陣営。その後、彼らが何をするかは火を見るよりも明らかだ。これまではアーサーの立案だが、ここからは僕、ジョナサン・レッドシールド自身が考えたものだ。もちろん、勝つのはこちらだ。心の底から湧き出でる喜びの感情を僕は抑えることができなかった。


「宇宙エレベータが二度目の攻撃も防いだって?ジョナサン、それは本当か?」

父、ソール・レッドシールド男爵が通信機の向こうで驚きの声を上げた。

「ええ…、アーサーにが言うには、今度はアメリカ人乗務員の助言を頼りに文句のつけようのない対処をしたようです。

「ふん…、思っていたよりも手下共との連携がとれているということか。裸の王様という認識は改めざるを得ないようだな」

「いえ、まだわかりません。そのアローンというアメリカ人は宇宙エレベータのロアー施設にいる男ですから、自分の命を守る方法を正しく提案しようとするのはある意味当たり前なんですよ」

僕は父に対して簡単に状況を説明した。

「なるほどそういうことか。さて、たしか三つ目の策は誰の命も奪わないものだったな。しかも相手が悪い。そうなると手助けを充てにできる者はいまい。破綻を目の前にしてデイヴィッドの落胆する姿が目に浮かぶようだが、いずれにせよ真実が露呈することは間違いない。結果の報告を楽しみにしているよ」

そこまで言うと、前置きなく通話は切れた。

 通信機を置いた後、これから起こる事への期待に高鳴る鼓動を抑えきれない自分に気が付いて、僕は冷蔵庫から一瓶の酒を取り出した。すっかり日本通になったデイヴィッドからもらったその酒の名は写楽。ラベルに書かれた日本の文字の美しさに心惹かれるものがある。50%まで磨いた米のみで作られたものらしいが、少しだけ口に含んで鼻から息を吐くと、何故だろう?使っているはずのない何とも芳醇な果実の香りを感じる。原料となる米の名はたしか、酒未来だったか。悪くない味に自然と笑みがこぼれ、これから現れるのであろう楽し気な世界が脳内に醸し出されていく。

「父さんの望んでいる地位をつかんで見せますよ。ただし、あなたの想像するそれとは少し違いますけれどね」

僕は瞼に写る未来絵図と柔らかく控えめな甘みの酒に酔いしれた。

「デイヴィッドは、…やってくれる」

僕の口からつい洩れた呟きを聴く者は、どこにもいない。

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