第46話 決意

 この数時間、世界主要国で繰り広げられる数々の報道を僕は指令室に設置された七つのモニターを通して見ていた。An-225 ムリーヤとストラトラウンチを退けた手腕など何処へやら。宇宙エレベータは地球が抱えるがん細胞である。全世界がその方向に押し流されていた。

 画面の中では各国首脳が声高に航空機突入を知らされた時の恐怖について語っている。インタビューを受けている場所はこの宇宙エレベータ地上施設、広々としたセレモニー会場だ。カメラは話し手を下からあおるように空を写し、今は宇宙に引き上げられていて視界から消えている、かつてテザーが存在した場所を画面に入れ込んでいる。時折、セレモニー時の華やかな画像を差し挟むことで、現在の宇宙エレベータ施設の殺伐とした雰囲気を見せることに成功している。本来、宇宙エレベータの輝かしい未来を取り上げるべく取材に来たはずのマスコミ陣は、報道目的をその存在の恐怖に絞り込んでいく。核廃棄物を大量保管するこの施設がテロ攻撃の対象となれば人類全体の存続に関わると、アナウンサーが唾を飛ばしながら力説する。放射性廃棄物の気流による拡散予想図が、日本のスーパーコンピューターによって美しく描き出されていく。宇宙エレベータの大規模爆発という「それ」が起きた時、世界の主要都市が何日後に放射能に飲み込まれるかを専門家と称する人間が冷静さを装って解説する。時には笑みさえ浮べながら言う彼らの結論は、ただ一つ。

「その」後、地上の全人類は一年以内に死滅する


 どうするデイヴィッド…自らに問いかけてみる。だが何一つ対策が思い浮かばない。全人類の思考が向かう破滅への大潮流を前に僕はあまりにも小さく無力だった。


 施設内にいるマスコミ陣からの要望により、航空機突入時の危機回避について代表インタビューを受けた。冷静に話す僕を見て少しは考えを変えてくれる人も現れるのではないかと多少の期待をしたが、案の定、非常時に対する危機感がないとの批判ばかりが報道されることとなった。落胆の後、指令室に戻ると、今後の方針を決めるべく改めて各種映像を見る。

「デイヴィッド?」

ヨーコがカップに入ったコーヒーを手渡してくれた。

「ありがとう」

一口飲んで、またモニターに視線を戻す。暴落しているのは宇宙エレベータ株式会社の株価だけではなかった。地球に未来はないと悲観した人々は、少しずつ積み立てたはずの各国国債を二束三文で売り払った。世界滅亡の中で株を保有する意味など無いと、全世界全ての銘柄が投げ売り状態となっている。有事として一時的に金価格だけが急上昇したが、保有しても命を買えるわけではないとの気づきにより今は沈静化している。全人類が起こしているヒステリー症状を前に胃がむかむかしていて、食事をとる気には中々ならない。

「待つしかないか…」

やはり何も思いつかず、独り言が口を突いて出る。

「解決を時間に任せるってこと?」

少し離れた斜め後ろを振り返ると、ヨーコが非難の意を含む視線をこちらに向けている。その瞳の圧力に負けて、僕は俯くしかない。

「誰か、何とかしてくれ…」

再び口から出た小さなため息に呼応するかのように通信コールが鳴った。ミドル施設にいるアキラからだった。

「デイヴィッド、ついにチャンスが来たな。やるなら今だろう」

モニターの中でアキラが言った。

「え?世界中が一斉に宇宙エレベータの存在を消しにかかっている今、僕らに何ができるって言うんだよ?」

僕は驚きの声を上げるしかなかった。

「宇宙エレベータが攻撃されたら、放射性廃棄物が拡散して全人類が死滅するって話の事を言っているのか?なら答えはこうだ。死滅するのは地上にいる人類だけ。宇宙は別だ」

「あ!!」

確信を持ったアキラの言葉に僕はハッとした。

「話が大きすぎて聞く耳を持つ者などいないと言っていた、かねてより君が抱えている地球を大きくするという望み。宇宙にシェルター、いや、新たな居住地建設。全世界が注目する今こそ、ニューフロンティア計画実行を君が宣言すべきなんだ」

アキラが熱い視線を送ってくる。「なんてことだ。世界で最も堅実と言われる日本人の君から、人類史上最も破天荒なプランを薦められるとは…アキラ、頼む。この会社を率いてくれないか?」

僕は愕然として鼻から小さくを息を吐いた。

「そう、その破天荒な話を世に広められるのは、そして、世界がついてくる人間は、デイヴィッド、君しかいない。君こそが王たるべき人間なんだよ」

モニターの中で、アキラがにやりと笑った。少し冷めたコーヒーを口に運んで興奮を抑える必要が僕にはあった。

「わかった、やるよ」


 その日、宇宙エレベータ株式会社の地上施設において盛大な式典が行われた。満面に笑みを浮かべるホテルスタッフに導かれてやってきた先進国首脳や世界有数の投資家達、それに、猛烈な避難報道を繰り広げていた大マスコミ連中が訝った表情を見せながらも指定された席に着く。先日行われたセレモニーを超える盛大な料理がテーブルに並んでいる。避難また避難、その後の報道合戦。腹が減っては戦はできぬと息荒くする彼らにして最適な時間での食事の提供だった。会場内の座席は、既に地上に再接続されたテザーの蛍光色に塗られた輝きがいやでも目に入る配置だったのは言うまでもない。


 プロジェクト・螺旋

 地球を囲う回転式バネ型都市建設


式次第に書かれた文言は、全出席者の度肝を抜くものだった。

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