最終話 希望
デイヴィットの演出は見事だった。地球を取り巻くネジ状都市建設について語った後、突然、資源採掘用として月に軌道エレベータを設置する計画まで発表すると、彼はその場で我が妹ニカと、同じく姉のベアトリスを壇上に呼んだ。
「ニカ、あなたを必ず月まで連れて行きます。私と結婚してください」
デイヴィットからのプロポーズをニカは驚きの中で受け入れ、ベアトリスを証人として、二人はその場で婚約の誓いを交わした。式典会場が湧きに沸いたことは言うまでもない。その感動はそのまま全世界に伝わり、また、老若の別なく多くの女性が落胆した。後にデイヴィット・ロスという言葉が生まれたことは言うまでもない。
「デイヴィッドさん、このタイミングで新規事業を発表された。その真意をお聞きしたいのです」
インタヴュアーがデイヴィッドにマイクを差し向ける。
「正確に言うと新規というわけではありません。私が最初にクラウドファンディングを立ち上げた時に掲げたサービス内容を改めてみていただきたい。ロワー・ミドル・アッパー各プラットホーム提供、衛星設置代行、無重力圏実験代行、データセンター、電力提供、シェルター…。地球にもしもの事が起こった時の避難場所提供は、そもそもの初めから事業の計画にあったんですよね」
「言われてみれば、確かに」
「核廃棄物のリスクは宇宙エレベータに限った話ではありません。地球上至る所にある原子力発電施設の内いくつかにテロ攻撃があれば、この地上は人の住めない土地になってしまいます。その時に避難できる場所へどのようにして辿り着くか。多くの人々を安全に低コストで宇宙に運ぶ。現在の地球においてそれができるのは、我が宇宙エレベータしかない。その事を皆さんが思い出してくだされば、弊社に対する評価は180度変わる。現在起きている大恐慌の発端はわが社ですから、唯一無二の企業価値に気が付いていただきさえすれば、この騒ぎを一瞬で鎮めることができる。そう考えたのです」
淡々と述べるデイヴィッドの話に一々頷くインタビュアー。
「最後に一つ、地球を囲う宇宙都市建設を事業の柱に掲げたわけですが、何故円型ではなくバネ状なのでしょう?」
「式次第では解り易くバネ状と書きましたが、これからは螺旋形と呼んでいただきたい。日本語で言う螺旋、この音が私は好きなのです。さて、SFの世界でしばしば登場する地球を取り巻く円型都市、いわゆるオービタルリングと呼ばれる代物ですが、環境への影響を考えれば現実的では無い事がわかるでしょう。赤道上空に帯状の都市が建設されたら、直下の国々は常に日陰になってしまいます。そんな事が許されるわけがない。我が社の回転式螺旋形都市でしたら、細い管が上空を通過するだけなので、雲が少し増えた程度の物です。どちらが現実的かは、わざわざ申し上げるまでもないでしょう」
「なるほど、全て仰る通りですね。いや、本日はお時間を割いていただいてありがとうございました」
インタビューを切り上げようとした相手に、デイヴィッドは人差し指を立てた。
「あと一つ、円周率が限りなく続くことで皆さん勘違いされているようですが、円は閉じた形と言えます。対して螺旋形は無限に伸びて行く。増え行く人類を恒久的に受け入れ続けることができるわけです。つまり地球はどこまでも大きくできるのです」
デイヴィッドの話を聞いて、インタビュアーは一瞬だけ空を見上げた。地球を取り巻く美しい螺旋形都市の姿が目に浮かんだのだろう。
「では、失礼します」
そう言って立ち上がりかけたデイヴィッドに対して、インタビュアーが右手を上げた。
「すみません、デイヴィッドさん。あと一つだけ。確かに螺旋形都市は素晴らしいアイデアです。普通の人間では思いつかない天才的な発想ですが、あなたはいつどの様にしてその形を思いついたのでしょう?」
不意の質問対して、何故かデイヴィッドは少し頬を赤らめた。
「それを言わなければなりませんか。…そうですね。幼い頃、私が地球を大きくすることを思いついたちょうどその日、母親が午後のお茶に呼んでくれたのです。そこで出されたおやつが螺旋形の焼き菓子だったんですね。それを見た時にこれだと思ったんです」
「つまり、天才の生みの親はやはり母親だという事ですね。今日はどうもありがとうございました」
はにかみながら赤らんだ頬を右手で隠すデイヴィッドをカメラが捉えたところでインタビューは終わった。放送を見て可愛いと叫ぶ女性たちの姿が目に浮かぶようだ。これで、改めて世界中に多くの女性ファンが増えてしまうだろうなと僕は考えた。
インタビュアーと握手して別れたデイヴィッドは、そのまま足をこちらに向けて僕の方に近づいて来た。
「ジョナサン待たせたね」
「いやなに、仕事はもう終わったんだ。少しぐらいなんてことないさ」
そう、僕の一世一代の大投資は、お祭り騒ぎの中で目標を達成して収束した。
「相当儲けたんだろう?」
デイヴィットが笑いながら訊ねる。
「そうだな。まだ最終集計前だが、二倍は軽く超えて、三倍に到達したかどうかというところかな」
「それ、君の全資産の話だろう?」
「いや、我が一族の全資産さ。もちろん、ベアトリスやニカ、それに父も含めたね」
宇宙エレベータの株式だけでなく、全世界各国国債の大暴落が起こってくれたおかけで、我が一族にとって正に濡れ手で粟状態となったのだった。
「そりゃ凄い。まあ僕はもちろん、運良く取締役になる準備に入っていたアシュケナージ、アローン、アキラの三人共、一瞬にして大金持ちになったのだからね。おこぼれに預かったことに皆が感謝しているよ」
デイヴィッドは肩をすくめて言った。世界中の人々が宇宙エレベータの企業価値に気が付いたおかげで、株価は大暴落から一転して天井知らずの上昇を始め、それは今も続いている。元々多くの株式を保有しているデイヴィットや、社員持ち株会に入っていた全従業員がその恩恵を享受したことになる。
「さて、ジョナサン。個人的興味で一応確認しておきたい。An-225 ムリーヤとストラトラウンチのことなんだけど、実際は飛んでなどいないんだよね?」
ふいに発せられた質問は僕を無言にさせた。デイヴィッドは微笑みを絶やすことなくこちらを見ている。
「いつ気が付いたんだい?」
僕はデイヴィットに尋ねた。
「君がシェルターに避難しないと聞いた時だよ。一族の存続を大事に考えるレッドシールド家の一員である以上、絶対的に安全であると知っているからこそ避難しないのだ。そう確信したのさ」
「ああ、失敗したかな。投資の指示を出さなければならない可能性があってさ。電波の届き辛そうなシェルターに入る訳にいかなかったんだ」
僕は顔を歪めて返事をした。
「別に責めているわけじゃあないんだ。全ては君の父上から僕を守るための大仕掛けだった。そうなんだろう?そのために、我が社のレーダーと監視モニターに両機の機影と映像が表示されるように細工をし、さも本当に起きたことのようにマスコミにリークした。攻撃案を考えたのはアーサー、株価の操作はもちろん君の手腕だろう」
デイヴィッドは笑顔のまま僅かに首を右に傾げて言った。
「どこで誰が聞き耳を立てているかわからないから、秘密は墓場まで持って行かせてくれ。いずれにせよ、今回の事件のお陰で宇宙エレベータ株式会社の時価総額は天井知らずとなり、宇宙に美しい螺旋を描くことが出来ることとなった。また、我が一族の資産は少なくみても倍増し、僕は一生背負わなければならなかったはずのノルマから解放された。全ては地球を大きくするという、君が抱き続けた希望のお陰だ。ありがとうと言わせてくれ」
「こちらこそ。今後も何かと相談にのってくれたら嬉しいな、ジョナサン。いや、ジョニー」
僕は躊躇せず右手を差し出し、デイヴィットはその手を力強く握り返してくれた。
「さて、宇宙にいる皆が今回の式典について結果を知りたがっているんだ。そろそろ行くよ」
「王の玉座を用意すると乗務員が息巻いている。そうアーサーから聞いたよ。君にふさわしい地位が宇宙に誕生するのも間もなくの話だな」
「玉座より何より、僕にとっては君の家の芝の方が価値がある。実はヨーコに頼んで同じ品種の種を宇宙に運んでもらったんだ。今、ロワー・ミドル・アッパー全施設で栽培実験中なんだが、いずれあの寝心地を再現したいと思っているのさ」
デイヴィットの話を聞いて、僕の頭の中に遠い学生時代の思い出が浮かび上がった。
「成功するまでの間、いつでも遊びに来ると良い。庭師に手入れを怠らないように申し付けておくよ」
何より嬉しい言葉に僕は熱くなる目頭を隠したくなって、彼から視線を外した。
言いたいこと、訊きたいことは、全て語りつくしたような気がした。
「じゃあな」
僕は踵を返すと帰路に着くために歩き始めた。だが、ふとある事を思い出してデイヴィットを振り返った。
「忘れていたよ」
僕が声を掛けると、同じく背中を向けて歩き始めていたデイヴィットが足を止めた。
「デイヴィット君に賞賛の拍手を送らせてほしい。歴史上のどんなオペラよりも感動を与えてくれた素晴らしい戯曲と演出、そして、出演者だった。父、ソール・レッドシールド男爵はそう言っていたよ」
僕からの伝言を受けて、デイヴィットの肩がぴくりと震えた。しかし、軽く右手を上げると、振り返ることなく歩み去って言った。
北半球側をダビデ・ブリッジ、南半球側をヨナタン・ブリッジと命名する。程なく、宇宙都市「螺旋」構築に向けた宇宙エレベータ株式会社の発表が世界を駆け巡った。
数千年前の友情のごとく強固な宇宙への架け橋は、こうして建設が始まった。地球を大きくし、人類を宇宙へ導こうというその存在は、無限の未来へと静かに手を伸ばし始めたのだった。
完
螺旋 北澤有司 @ugwordsworld
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